遊坐遊楽 について。

3-1

次の日の昼休み。僕が高等部の食堂で日替わりランチをいそいその食べている時、彼女は現れた。そう、お馴染みの天來美心である。全く飽きない奴だ。


遊坐遊楽ゆざゆうらちゃんです!」


天來は聞いてもいないのに開口一番そう言った。遊坐遊楽ゆざゆうらちゃんと紹介された彼女は天來の左隣に座り、僕を見つめていた。見つめていたと言えば語感は良いが、正確に言うならば睨んでいた。それもかなりの敵意を隠す事なく惜しげも無く撒き散らしながら。軽蔑の眼差しと言ってもいいくらいだろう。これでは昼食も何もあったものでは無い。なんだ?僕、知らない間に彼女のご両親でも殺していただろうか?それとも前世で裏切りの果て彼女を何かしらの極悪な組織に売り渡したりしたのだろうか?


「えぇと…。」


僕は箸を置き、ちらりと紹介された彼女を見た。何だこの、僕を射殺しそうな目で見つめる黒髪おかっぱの少女は。その制服とピンの色から高等部の一年生である事は分かる。然し、天來が紹介してくれなければ幽霊かと見間違えたかも知れないほど薄い、良く言えば透明感のある少女である。その視線とは正反対の存在感。吹けば消えてしまいそうな不確定要素。顔立ちこそ幼いが、天來と並んでも中々に甲乙付け難い程に顔立ちの整った少女である。僕にロリータなコンプレックスがあればお持ち帰りしていても可笑しくない。

とは言えそんな少女にここまで悪意のある視線を向けられると何だか分が悪い。本当に僕、この子に何かしたのだろうか?居心地の悪い昼休憩だ。


「どうも初めまして天井さん。御紹介に預かりました遊坐遊楽ゆざゆうらです。美心ちゃんには遊ちゃんと呼ばれていますが、貴方は是非とも遊坐さんとお呼び下さい。」


嫌われていた。僕はこの遊坐遊楽と名乗る少女にかなり確実に嫌われている様だ。初ぱなからかなり太目の釘を刺された。初対面なのに魔訶不思議。


「遊坐ちゃん。」

「……………………。」

「遊坐ちゃん。」

「……………………。」

「遊坐さん。」

「はい、何でしょう。」


こ、こいつ。徹底して本気だ!僕は大人気なく何回かちゃん付けで呼んでみたのだけれど尽く無視され、心が折れた。後輩に圧力で負けてしまった。完膚無きまでの敗北。


「遊ちゃんは美心と同じクラスで、大親友なんだよ!」

「そんな、大親友だなんて…もう。」


何だ何だこの僕との態度の違いは!?月と鼈、雲泥の差!そのハニカミながら照れる遊坐ちゃんの姿は、さっきまで僕を亡きものにせんとばかりに睨んでいた子と同一人物だとは思えない。裏表が激し過ぎて清々しい。そんな事を思っていると、またも遊坐ちゃんは僕を睨み付け差して心も篭っていない声で


「今、私の事をちゃん付けで呼びましたね。」


と言った。エスパー遊坐。


「初対面の女子を呼び捨てにするとは。噂に違わぬクソ野郎ですね。」


え?今この子、僕の事クソ野郎って言った!?言ったよな?その驚きに全ての感情を持って行かれてしまった僕は、またもや発せられたエスパー発言をスルーしてしまったのだけれど。それにしても驚いた。確かに初対面の女子を呼び捨ても如何なものだが、初対面の先輩に向かってクソ野郎発言も如何なものだろう。驚きを通り越して注意し損ねた。まぁいいか。僕はこう見えて懐の大きな男なのだ。遊坐ちゃんにはクソ野郎に見えているらしいけれど!僕は全然気にしていないし、根にも持っていない。ただ一つ、僕の心の中で一生彼女をちゃん付けで呼ぶ事が決まったぐらいだ。


「因みに遊ちゃんは部員三号です!」

「この子が!?」

「竜西先輩は良いとしても、貴方よりナンバリングが下と言うのは私の人生に置いて最大の汚点であり、恥ずべき事実です。」

「酷い言われようだな。そもそもそのナンバリングも天來が適当に僕のサインを真似て書いただけで、僕は何号でもいいんだけれど。」


もう部に入る事自体は聴き入れたかのような発言だった。まぁ昨日、それこそ二号である竜西先輩と色々話し合った結果も後押しして僕の中で決まった事なので良いのだけれど。


「何番目でも良いと?自分の意思を持たない無味乾燥な人間なのですね。どうして美心ちゃんはこんな人を…。」


後半は声が小さく聞き取れなかったけれど、どうせ毒を吐かれたのだろう。天來を呼び捨てにした事を含め、眉を顰めながら遊坐ちゃんは言った。僕はこの数分である程度、遊坐ちゃんの性格を理解出来た様な気がした。こうなればここまで嫌われる理由も知りたい所なのだけれど、その件に関しては中々教えてくれ無さそうだし、大親友である天來の前でする話でもないだろう。天來美心のパーティーに毒舌キャラが加わったと思えば何の事は無い。そう思えば竜西先輩は騎士っぽいな。凄く似合う。実際は竜なのでドラゴンだけれど。


「んじゃ!てんちゃん先輩!今日は遊ちゃんを紹介しに来ただけだからね!もう戻るとするよ!」

「ん?あぁ。じゃあなー」

「では失礼致します、天井さん。」


帰り際に超絶毒舌娘の舌打ちが聞こえたのは気のせいだろう。にしても遊坐ちゃん。毒舌を抜きにしても天來と性格は真反対そうなのに、大親友だなんて。人間は人付き合いに自分の欠けている部分を求めると言うのは意外に的を得ているのかも知れないな。一歩間違えれば病弱そうな幽霊そのものとも思える出で立ちや、初対面でもお構いなく炸裂するその毒舌には驚いたものの、天來の大親友と言う言葉にあれだけ頬を染め嬉しそうに照れる遊坐ちゃんを、決して悪い子だとは言えないだろう。寧ろ感情の起伏が激しいだけで、本当はとても良い子なのだろう。

それにあのタイプはにかなりモテそうだ。ん、僕は今かなり悪態をついているな。いや本当に気にしていないよ。無視された事とかクソ野郎だとか無味乾燥な人間だとか舌打ちだとか。本当に気にしていないよ。僕は大人。大人だからね。年下の言う戯言なんて。本当に気にしていないよ。

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