2-6

気が付けばそこは広大な平野だった。この山の何処にそんな広く拓けた場所が有るのか疑問視してしまう程に広大な平野。まるで地平線の彼方まで続いているかの様な錯覚を起こしてしまう程続いている大地に、その広大な大地故に丸く円状にさえ見える空。

夜も更けてきているのでその空模様は星空だ。それは今まで見た事の無いような満天の星空。一瞬、何処か遠くの片田舎にワープしたのでは無いかと錯覚してしまう程に星だけがしずかに輝いていた。余りこう言った物に無関心な僕でも息を飲まずにはいられない。一つ一つの星星が、その存在価値を示す様に強く輝き、その眩い光には生命の息吹さえ感じる。


「綺麗だろう。私の棲家は。」


此処が。この星空の全てが、この広大な大地の全てが、彼女の住まう所。果てしない。そりゃあ僕のマンションになんて上がらない筈だ。天來のマンションならいざ知れず。僕のマンションはワンルーム六畳程。


「この中の一つが天井宗。だなんてそんな浪漫溢れる事は柄でないので言わないが。そうで有ればな、と想える位には気に入っている。」


竜西先輩は悠々とした声でそう言うと、一歩、また一歩とその大地を踏み締めながら、僕から5メートル程離れた。そしてゆっくり僕の方を振り向くと


「之は天井宗しか見た事が無いのだけれど。」


と小さく言い、地面を強く踏み鳴らした。グラグラと僕の足元が揺れ、地震が起こったかの様な振動に僕は脚を踏ん張り耐え忍ぶ。目の前を見やると空の星が落ちてきそうな、地球そのものが揺れている様な振動が響く大地の中、彼女。竜西九だけは微動だにせず静止していた。まるで彼女だけがこの世界から切り離され、隔離され、時が止まったかの様な。

そんな竜西九の周りを砕けた大地の欠片が包み込み、彼女を軸にする様にくるくるとぐるぐると回転し始めた。欠片はどんどんと数を増やし、僕はもう竜西九の姿を目視する事が出来なくなっていた。風が強くて目を開けるのも幅かれるが、僕は揺れと風に対抗しながら、ただその岩の塊と化していく物体を見ていた。


「りょ…さい先輩っ!」


僕が途切れ途切れに彼女の名前を呼んだ後、それに反応するかの様に塊になっていた岩の欠片がボロボロと欠け落ちた。いつの間にか地震の様な揺れも、嵐の様な風も止んでいて僕はやっと普通に目を開ける事が出来たのだが、そんな僕の見た光景は背後に煌めく幾千の星よりも息を呑む、いや息さえ出来ないような真実だった。


「それは……。」


彼女、竜西九の真髄とも真理とも言える姿。


「昔は、疾風飛龍シュツルムフリューゲンドラッへと呼ばれていたかな。」


私は飛ぶのは苦手なんだけれどね。と、付け加えながら目の前の竜西先輩、もとい四龍は言った。星に照らされたその身体は、僕が長身女性を好む正常な男子高校生だとしても、申し分無い高さだ。他の竜なんて見た事が無いので比較しようも無いのだけれど、確かに翼竜と言うにはその背後の翼は少し小さい様に感じた。この巨体を浮かせるには些か不安なサイズである。然し竜に成っていても目立つ長いその四本の脚は地を確りと踏み締め、今にも光速を越えて走り出しそうな勢いを秘めていた。白銀に煌めくその身体に星がキラキラと反射して眩い。飴細工に七色の光を当てたかのような輝きを放っている。

一言、素晴らしいに尽きる。

僕の語学力ではこれ以上の言葉が出て来ない。精一杯だった。


「急にこんな姿で、驚かせてしまって申し訳無い。」

「いえ、なんと言うか…御馳走様でした。」

「なっ!?」


僕の頓珍漢な返し言葉に少し動揺した素振りの竜西先輩はオタオタと地面で地団駄を踏んだ。圧巻。竜の照れている姿を見たのなんて人類史上、僕が初めてだろう。取り敢えず、落ち着いて下さい。なんて口では言ったものの、実際に落ち着かなければいけなかったのは僕の方だったと思うのだが。事の他、脳の許容範囲を超える神秘的なもの見てしまったせいなのか、初めて竜と御対面した人間としては冷静さを保っていた。有難う、美しくて。


「天井真、君の方がいたく冷静だったみたいだな。流石、宗の血を引いている。」


竜西先輩は咳払いの様なもの(なにせ竜なので、様なものとしか言い様が無い。)をしつつ、僕が見えるよに首を擡げた。そしてその動作とほぼ同時に彼女は元の姿、と言うには語弊があるが、人型へと戻った。見慣れた、竜西先輩の姿だ。


「私は今、三分間しかあの姿で居られないんだ。」

「カップラーメン!?」

「ん?」


竜西先輩は疑念のある声で言った。まさか一人暮らしの強い味方であるカップラーメンを知らないのだろうか?まさか、そんな。


「カップラーメンとやらの存在は後で伺うとしよう。」


知らなかった。これはビックリ新情報である。


「私は一日の終わり、必ず寝る前には竜の姿に戻って就寝するのだが。」


そうか、それならこの広さも納得だ。


「だがこの数年、日に日に竜に戻れる時間が減ってきている。今では見ての通り三分が限界なんだ。」


僕は淡々と話す竜西先輩と見つめ合う形で話を聞いていた。竜に戻れる時間が減ってきている?一日の内に三分間しか竜で居られないなんて。そんなの、そんなのどちらが本当の姿か分からない。竜西先輩はかなり切羽詰まっているのか、眉を少し顰めながら続けた


「私は、もしかしたら竜より人に近しい存在に成って来ているのでは無いだろうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る