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言葉と言うのは聞く者や見る者にとって様々な多種多様の受け取り方や感じ方がある。例えば、"神"と見聞きし、叶う側では慈悲があり無償の愛を注いでくれる絶対者、となり。叶わぬ側では平等も不平等も無い見て見ぬふりを決め込む偽善者、となる。不思議な事に見方が違えば印象は真逆である。不幸な者は神に助けを求めるか、神を恨むか、なのだ。僕は前者でも後者でも無く、神を信じない者である。だからこんな事になったのかは定かでは無い。其れこそ存在を疑うレベルの神のみぞ知る、だ。


そしてここに一人の美少女、いや僕にとっては悪魔がいる。神をも信じていないのに、悪魔がいると言っても信じて貰えないだろうが、如何せん僕は虚言者なので其れはそれで仕方ない事なのだろう。


「てんちゃん先輩!ねぇねぇてんちゃん先輩!」


昼食を済ませたその悪魔は教室へ向かう僕の後ろを小走りで付いて来る。最早この二ヶ月間を思えば憑いて来ると言った方が幾分か心休まる。

紺色のブレザー制服に地面につきそうなぐらいの青黒い髪、まさに小さな悪魔に憑かれている。悪魔と言うのは天使よりもその見た目や見栄えが良いらしい。何分に置いても人を騙さなければいけない彼等彼女等は、その容姿や要領は天使を上回っていないといけないのだとか何とか。確かに容姿端麗、才色兼備、自分の理想とする風貌の相手から誘われれば賢者だろうが聖者だろうが魂を売ってしまい兼ねない。それを思えばこの天來美心、確かに悪魔的である。あくまでも、敵である。


「天來、その綽名を僕が受け入れたとしてもお前の要望だけは頑として受け入れ難い。」


僕は振り向くことも歩く速度を緩める事もせず、後ろを付いて来る悪魔にそう言った。此の儘足の速さで撒いてしまえれば楽なのだが、ここ二ヶ月でそれも無理な希望なのだと思い知らされている。神出鬼没と言うのも説明に加えたい。


「受け入れ難くても、受け入れ辛くても、てんちゃん先輩はここにサインする事になるんだよぅ!そう決まってるの!運命なの!宿命なの!天命なの!」


そんな天命を託した天界の奴を呼んで来いとも言いたくなる僕だけれど、それは置いといて、本当に執拗い。有り体に言うと換気扇内部やレンジ回りの油汚れさながらの執拗さだ。その汚れ達だってハウスクリーニングの手が入れば素直に綺麗に清白になると言うのに。

しかしここまで強情に強欲的に求める天來の言うサインとは僕が有名人だから頂きたいなどと言う色紙的なサインでは無い。


"赤頭赤尾高等学園 部活動設立申請書"


「はぁー」


僕は肯定や否定の返事では無く溜息を漏らした。之だから高校に入れば勝手に部活動や同好会を設立出来ると言う間違った教育観念が生まれるのだ。そんなもの、普通は皆無だ。零に等しく零より零に無い。大体、何処の漫画やアニメなんだそれは。宇宙人や異星人に会いたいから部活を作る?友達が居ないから部活を作る?ナイフを投げたり登山をしたり学園のトラブルを解決したりホストになったり、そんなものは存在しない!

そもそも一学生風情がそんなにポンポンポンポンと量産型如く部活動や同好会を設立するなど普通は有り得ない。

厳密には、部員が規定の人数以上そろうこと。活動場所が確保できること。顧問を引き受けてもらえる先生が見つかること。最低限この三つは必要不可欠であり最低事項だろう。


"赤頭赤尾高等学園 部活動設立申請書"


本当に、この学園は僕のような虚言者を受け入れるだけあって御心も懐も深いと見える。今となっては今現状としては実に不快な結果だけれど。不覚にも深く不快。


「美心はてんちゃん先輩とこの部活をする為に赤頭赤尾高等学園に編入して来たんだよ!?」

「そんな馬鹿な話があるか。お前、天來よ。この学園の高校偏差値を知ってるのか?」

「んー、88」

「そんな馬鹿な!」


知っていた。と、言うよりこの学園のこの高校の制服を着ているのだ。知っていて当然。いや知っていた所でたかが僕とたかが部活をする為にその高い偏差値の壁を越えてきたと言うのか?天才とは紙一重の馬鹿だ。編入して来たと言っても試験や面接などは免除される筈がない。何故なら僕も中学生の時にその片鱗を味わっているから分かる。赤子から老婆まで歓迎とは良く言ったもので、確かに何日どのタイミングでも編入学、休学、復学、退学、留学が可能なこの学園にとってどんな事情でいつ学園の生徒に成ろうと自由なのだ。自由過ぎる程に自由。


資格さえあれば。


しかし只只に頭が良いだけでこの学園に居るとは限らない者も多くは無い。感性に長けるもの、芸術に長けるもの、直感力に長けるもの、技能に長けるもの、行動に長けるもの、言葉に長けるもの…

その全てが何かを補い合い、総合的にその偏差値を超えていれば良いのだ。簡単に言うと頭が極度極端に悪くとも万人を泣かせる絵を描ければ学園に入学する事が可能なのだ。


そうなれば僕の後ろにいる天來美心も芸術肌の類なのだろうか?僕がこんな事を言うのも至極申し訳の立たない話なのだが、どうしてもこの天來が頭脳明晰!と言う風には見えない。


「ちなみに天來、お前…偏差値は?」

「測定不可能!」


嘘をつけ!と、虚言者の僕が突っ込みを入れるのさえ追い付かないほど気持ちの良い言い切りだった。実に清々しい!

この学園で測定不可能?そんな事がある筈無いのだけれど。そうか、やっぱり天來美心は芸術性に長けたタイプなのだろう。他にもそう言った生徒が何人か居るとは聞いたことがある。何せ芸術性観点だけは数値化出来ないのが今の技術の限界。まぁそんな技術や技能を更に飛躍させようと奮闘している生徒もこの学園の中には居るのだけれど、それは僕の様な一般学生が知る所では無い。


「てんちゃん先輩、そんな偏差値なんて至極詰まりもしない数値なんかより美心と部活に勤しんだ方が今後の人生役に立つよ!」


僕が自分の教室まで後数歩、と言った所で天來はその足の速度を上げ、僕の前にくるりと回り込んだ。角度を変えればそれはとても愛らしい行動だった。背丈は僕の半分と少し、上目遣いも自然的で申し分無い。文句のつけようも隙の突きようも無い。だからこそ僕は


「僕の人生で役に立つのは現実と真実だけだ。」


と冷たく天來美心に言い放った。


僕は虚言者だ。


だからこそ現実が好きで真実を愛している。嘘も虚言も絵空事も偽りも夢物語も全部全部全部、嫌いだ。それは嘘じゃない。

だから僕は天來美心の提供してきた部活になんかには決して入らない。それは過去に僕が捨てた物を、消し去った物を、その行為が間違いだったと言わしめるからだ。それこそそんな冷えた展開は無いだろう。誰もがみんな過去の自分に後悔と疑念はあるものの、それを間違いだったとは認めたくはない。認めてしまえば今の自分が無くなってしまうからだ。過去の自分が間違いならば、今存在している自分もまた、間違いの産物で出来損ないの結果だ。

そうは成りたくない。僕は嘘つきで虚言者で妄言癖のある大ボラ吹きだけれど、捨てた過去を、消した記憶を、諦めた夢を、いつまでも甲斐甲斐しく女々しく追いかけるほど子供でも無い。


「てんちゃん先輩の御心のままに。」


天來が去っていく僕に小さく何かを発したけれど昼休憩の終わるチャイムに掻き消されそれは届かなかった。届いた所でその意味も分からなかっただろうけれど。

僕はどうしたら天來美心のストーキング行為を止めさせられるかをぼんやりと考えながら教室に入り、自分の席に着くのだった。

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