第24話

 その後、レイン達は今回の依頼に参加した冒険者達が使っていた馬車から馬を外してしまうと適当に逃がし、さらにおそらくは襲撃してきた黒尽くめ達が使っていたのだろうと思われる馬車を発見。

 こちらに関しては馬を放すだけに留まらず、馬車自体もすぐには使えないだろうと思われるくらいに破壊してしまってから一目散に自分達の馬車を駆ってその場から逃げ出した。

 遺跡の中で死んでしまった冒険者達の荷物や、残されたままになっている襲撃者達の荷物を少しでも回収していこうかという考えが、レインやクラースの脳裏を横切らなかったわけではないのだが、、シルヴィアが渾身の力を振り絞って張った壁がどの程度もつものか分かったものではなく、上り下りに使ったロープも念のために切ってはあったものの、いつ襲撃者達が姿を現すのか分からない状況では、一刻も早くその場から離れることこそ優先であり、レインもクラースも断念してしまっている。


「ちっとばかり勿体ねーんだけどな」


「命あっての物種って言うからな、兄貴」


 そんなやりとりをしながら帰途に就いたレイン達は、少々強行軍的な行程で急ぎ街へと戻ることになった。

 行程が急ぎのものとなったのには、追いつかれでもしようものならばろくなことにならないことが分かりきっている黒尽くめ達の存在もあったのだが、逃げる時間を稼ぐために力を使い果たし、意識を失っているシルヴィアを心配してのことでもある。

 レインやクラースは傭兵時代に魔術師や神官といった人種と付き合いがほとんどなく、シルヴィアとの付き合いが長いルシアもこれまでにシルヴィアが力を使い果たしたところをみたことなかったのだ。

 つまりシルヴィアの身に何が起こるのか誰も分からず、少しでも早く医者に診せるべきであろうという考えから、帰り足を急がせることとなったのだが、周囲の心配をよそにシルヴィアは意識を失ってから数時間ほどで、意識を取り戻すことになった。

 意識を取り戻したシルヴィアが説明したところによれば、術者にとっての力の枯渇というものはそれほど珍しい事態ではないらしい。

 体への負担に関しても、レイン達が心配するほどのことはないようであった。

 実際は修行中に何度も起きるような現象であり、睡眠や休息によって力を回復させさえすれば、特に問題なく意識を取り戻せるような程度のことだとシルヴィアは笑う。


「心配させてしまったでしょうか?」


「そりゃ仲間のことだからな。それなりに心配するに決まってるじゃねぇか」


「それは……このことは内緒にしておくべきだったでしょうか」


「止めてくれ。無駄に肝を冷やしちまう」


 ぶっきらぼうにそう応じてそっぽを向いたレインの様子に、さも嬉しそうな笑顔になるシルヴィア。

 そんな二人の姿を御者台の上から眺めていたルシアは、隣で手綱を握って馬の制御に没頭しているクラースの脇を肘で突く。


「ねぇクラース。ちょっとねぇってば!」


「なんだよ? 後ろの二人がなんだかいい雰囲気で羨ましーって話だったら後にしてくんねーかな。俺ぁ馬を走らせてんので手一杯なんだからよ」


 邪険というほどでもないのだが、言葉の端から面倒くさいと感じていることが丸わかりなクラースなのだが、めげずにルシアは話しかける。


「あぁいうシチュエーション、ボクのとこにも来てくれないもんかな」


「俺とじゃお断りだってーんだろ? だったら俺に言うなよなー」


 面倒事を避けるためなのか、予想される展開を先回りして潰しにかかるクラースの言動はルシアの機嫌を損ねるには十分なものであったらしく、隣の席から首を絞めようと手を伸ばしてくるルシアを、クラースは器用に片手だけであしらい続けながらも馬車を走らせ続けた。

 こうして街まで戻ってきたレイン達はその足で真っ直ぐ冒険者ギルドへと向かうと、遺跡から持ち帰ってきた正体不明の金属塊と共に事の顛末を報告したのである。

 クラースが行った報告は、傍で聞いていたレインからしてみると少しばかり誇張が過ぎるのではないか、と思ってしまうような代物であったのだが、大筋では嘘を並べたてたようなものではなかったので、指摘することもなく黙っていた。

 大きな声で言えるような話ではないのだが、傭兵というものはその戦果によって報酬が上下することがあり、一般的にとまでは言わないものの多少話を膨らます傾向にある。

 レインもそれをよく承知していたからこそクラースの報告に口を挟むことがなかったのだが、このクラースがもたらした報告は冒険者ギルドに少なからぬ衝撃を与えることとなった。

 何せ第九級冒険者のパーティが二つと、第六級冒険者のパーティ一つが壊滅したのみならず、その中から裏切り者が出たというのである。

 冒険者達を統括し、かつ今回の依頼を仲介した冒険者ギルドとしては面目の立たない話であり、襲撃してきた正体不明の黒尽くめ達の存在と相まって、ギルド中が大騒ぎとなったのだ。


「どうもロベリアです。そんなわけですぐ調査隊が編成されますが……参加します?」


 報告と納品を終えればお役御免となるはずのレイン達も、追加で事情聴取を受けることとなり、その身柄はしばらく冒険者ギルド預かりとなることになった。

 やや自由を制限されるという仕打ちにルシアは文句を口にしていたのだが、レインやクラースはそれほど悪いことだとは考えていない。

 何せ、話が終わるまではギルドが面倒を見てくれるということであり、宿泊費や食費が無料になるからである。

 特に隠しておく情報もないのだから、聞かれたことには素直に答えてせいぜいのんびりさせてもらおうかくらいに考えていたところへ、面識のあるギルドの職員がそんな話を持ってきたのだが、これはクラースがきっぱりと断った。


「冗談じゃねーよ。こちとら命からがら逃げのびてきたってのに、好んであんなヤバそうな奴らに近づきたくねーよ」


「そうですか? その割にクラースさん、ちょっと興味ありげに見えましたが」


「んなわけねーだろ。見間違いだ見間違い」


 左の手の平で口元を覆い隠しながら、クラースはロベリアを睨む。

 睨まれたロベリアは、釈然としないような表情を見せながらもあっちに行けとばかりにクラースが手を振ると、素直にその場から離れて行く。


「兄貴、何かあったのか?」


「何にもねーよ。妙な気、回すんじゃねーっての」


 軽い口調でそう答えたクラースに、レインはそれ以上は追及してみたところで無駄であろうと考えると、口を噤んだ。

 あの遺跡から逃げ出す際に、クラースが何を見たのかレインは知らない。

 だが、あまりいいことではないらしいと考えて溜息を吐き出したレインの左腕を、待ちきれないとばかりにシルヴィアが引っ張った。


「レインさん、あのときの機能に関して是非詳しい調査をさせてください」


「お前……ブレねぇなぁ……」


 少しばかり真面目な話をする雰囲気であったというのに、自分の趣味に邁進しようとするシルヴィアの姿は、なんとなく救われたようでもあり、気が抜けてしまうようでもあり、レインは疲れた口調でそんなことを言った。

 だが、意識がレインの義手に完全に向いているシルヴィアはレインの口調など意に介した様子もなく、その義手を抱きかかえるようにしながらレインの腕を引く。


「これだけ高性能な魔道具の義手というだけでも珍しいですのに、あんなどう考えても無駄だとしか思えない機能が同居している遊び心! これはきっと名のある魔道具職人の手による物に違いありません。是非に調べてどなたの作品なのかつきとめなくては!」


「そういうもんなのか魔道具職人てぇのは……」


「意識のままに動く義手、というだけでもかなりなものです。そこに高性能な魔法解除機能までついているとなると、下手をすればこれ一つで貴族の身代が傾きかねない値段がつくはずです。そこにあの絶妙に無駄な機能!」


「あんまり無駄って連呼してくれんなよ……」


「絶対名のある人が造った名品に違いありません。是非分解させてください!」


「おいおい……これが使えなくなると俺、困るんだが」


「大丈夫です。私これでも魔道具職人の技能をそれなりに習得してますから、分解復旧くらいならお手の物です」


「お前、神官なんだよな?」


 いくら趣味が高じたとはいってもそこまでやるかとばかりに呆れ返るレインの腕をシルヴィアが引いていく。

 おそらくは冒険者ギルドの建物の中にある宿泊用の部屋がレイン達にあてがわれることになっているので、その一室に連れ込む気なのだろうとクラースは二人の背中を見送ったのだが、つれこむという言葉に対して実情は随分と色気のない話だと肩を竦めた。

 そんなクラースに、取り残された形となったルシアが声をかける。


「ボクが口を出していいことか分からないけど、本当に大丈夫なのクラース?」


「心配し過ぎだぜルシア。けどそんなに心配してくれんなら、是非今晩俺のことをベッドの中でねっとりと慰めてくれねー……」


 皆まで言い終わる前に、クラースの顔面にルシアの拳が叩き込まれた。

 体重の軽いルシアの一撃であるので、それほどの威力はなかったのだが、思わず呻きながら仰け反るクラースにルシアは罵声を浴びせてからその場から駆け出していく。


「まぁこいつは俺のけじめみてーな話だからな」


 拳を打ちこまれた場所をさすりながら、クラースはひとりごちる。

 自分に恥をかかせ、弟分であるレインの左腕を奪った黒い鎧の男。

 傭兵を続けていたのでは、再び会うことはないのではないかという漠然とした予感のようなものに従って傭兵を辞めた矢先に、いきなり出会うことになるとはクラースも思ってはいなかった。


「やっぱ俺の勘は冴えてやがんな。今回は状況が悪かったが、きっといずれまた……」


 今回入手した正体不明の物は、冒険者ギルドと商人ギルドとが合同で保管することになっていた。

 冒険者を続けていれば、いずれそれにまつわる別の仕事に係るようなことがあるはずであり、そこにはあの黒い鎧の男がいる可能性が高いのではないかとクラースは考えている。


「借りは必ず返す……絶対にな」


 呟くクラースの表情からはいつもの軽薄さが消え、目には暗い光が灯っている。

 レインすらもしかしたら見たことがないような表情でクラースが低く吐き出した言葉は、誰の耳に届くこともなく、冒険者ギルドの喧騒の中に消えて行ったのだった。

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