第5話

 近くの森でゴブリンの姿が複数目撃され、村の家畜にも被害が出始めているのでこれを退治、討伐して欲しいという依頼を出していたのはイニジア村という村であった。

 場所はレイン達が滞在している街から徒歩で一日ほどの距離にある。

 ここでレインは初めて、自分達が滞在していた街の名前がクレアシオンということを知ったのであるが、街の名前くらい自分で調べておけとクラースに軽く説教されてしまった。

 傭兵団の団員だった頃にはどこの街がどんな名前をしていようが関係がなかったレインなのだが、これから冒険者をするにあたってはそれではいけないのだなと再確認させられる。

 依頼を受けて仕事に行くには、色々と必要な物があった。

 荷物を入れる袋から移動中の食料や、何かあった場合の薬に着替えなどである。

 レインもクラースも、今までの傭兵稼業で使ってきたものがあることにはあったのだが、稼業を変えるのだから心機一転して新しい物に買い替えてしまおうというクラースの提案に乗る形で、一旦シルヴィア達と別れたレイン達は日が暮れるまで雑貨店などで商品を調べ、それらを購入することになった。

 明けて翌日、あらかじめ待ち合わせ場所として打ち合わせてあった街の東側出入り口に向かったレイン達はそこでシルヴィア達と合流し、一路東へと徒歩で移動することになる。

 移動のために乗合馬車でもあればよかったのであろうが、街から街を繋ぐような便はいくつかあっても、あまり大きくない村へ向かうような馬車の便はなかった。

 仕立てて行くというのはあまりにも費用のかかる話であり、朝出発すれば何度か休憩を挟んでも夕方くらいには到着できる距離ならば問題ないだろう、という話になったのである。

 道中は特に何事もなく旅人やいくつかの商隊とすれ違うようなことがあっただけであった。

 なにせ街から歩いても一日。

 馬を飛ばせばもっと早く到着できるような距離でしかなく、治安もそれなりの水準に保たれているような場所である。

 むしろ何かあれば誰かが不幸の種を抱えているとしか思えない。


「こっちには幸運の女神様の神官がついているんだしね」


 ルシアの言葉に微笑みを顔に浮かべるシルヴィアだったのだが、レインとクラースは二人してこっそりとであるがシルヴィアの健脚に感心している。

 ルシアについては斥候という名乗りからしても、それなりに訓練を受けていると考えてよく、傭兵である自分達の足についてこれたとしても何ら不思議ではない。

 しかしシルヴィアは神官を名乗っている。

 漠然とであるのだがレイン達が持つ神官のイメージというものは教会の奥に引っ込んで、小難しい経典をさもありがたそうに読み耽るようなものであり、自分の足で移動したりするようなイメージがわいてこなかったのだ。

 だがシルヴィアはあまり動きやすそうには見えない神官服のまま、さらにそこに自分の荷物を背負い、腰にメイスを吊るした状態でしっかりと他の三人の移動速度についてきたのである。

 もしもイメージ通りの神官であったのならば、移動一つとっても問題であり、さらに仕事中も何かと面倒なことになりかねない。

 その点シルヴィアならば、問題は少なそうだと胸を撫で下ろす二人であった。

 こうして途中何度か休憩を挟みながらも日が暮れる直前くらいの時間帯にイニジア村へと到着した一行は、すぐに村の村長を尋ねる。

 依頼主は村長となっており、仕事を引き受けた以上はまず挨拶が必要だろうという考えからの行動だったのだが、夕暮れ時の訪問者に村長は驚きながらもその訪問者が村で問題にしていたゴブリン退治を引き受けた冒険者だと知って表情が和らぐ。


「これがどうもご丁寧に。村の者達が次は娘や妻が被害を受けるのではないかと怯えておりまして。できるだけ早い解決を祈っております」


「善処する。ついては情報が欲しいがもう日が暮れる。どこか一晩明かせる場所はねーかな?」


「それでしたら空き家がいくつかございます。手入れをしていないのですが」


「構わねーよ。雨露を凌げりゃ十分だ」


 村長との交渉はクラースが行った。

 これはなんとなくそういう流れになった感じだったのだが、元傭兵団団長という肩書を知ったシルヴィアもルシアも、交渉役をクラースに任せることについては何ら異議を唱えなかったのである。

 こうしてレイン達は村長が使っていいと提示した空き家の中から、状態の良さそうな一軒を選び出してその夜はそこに宿をとることになった。

 空き家と一言で言ってもその状態は様々である。

 中には到底泊ることができるとは思えないような物件もあったのだが、少し掃除をすれば問題なく使えそうな一軒があったことはレイン達にとっては幸運なことであった。

 聞けば村の人口というものは結構頻繁に増減するもので、その度に家を建てたり壊したりしていたのでは面倒過ぎるという理由から、ある程度の空き家を維持することになってはいるらしい。

 しかし、農作業などが忙しい時期になるとどうしても空き家の維持に手間を取られるのを嫌がるようなことになり、一旦放置されるとそのまま放置され続けて駄目になる空き家が出てきてしまう。

 レイン達が村を訪れたのはちょうど畑に苗を植え付ける作業の真っただ中といった時期であり、空き家の手入れもおろそかになってしまうタイミングであったのだが、掃除をするくらいの手間はなんでもないことだとそこを借りたレイン達は、一夜明けてから再び村長宅を訪問することになった。


「で、ゴブリンってのはどこにどれくらい出たんだ?」


 老人の域に大分年齢が踏み込んでいるであろう村長に応接室へと通されたレイン達は村長がお茶の準備をしてくれるのを待ってからクラースがさっそくとばかりに切りだす。

 村の周囲の地図などという便利な物は当然村にあるわけもなく、近くの森というものがどの程度の規模の森なのか分からない状態ではあったのだが、日が暮れる前にどうやらそこがその森なのだろうと思われる木々の生い茂った場所は、外から見る限りでは何の手がかりもなしにゴブリンの痕跡を探すのは非常に苦労しそうな気配であった。


「そうですなぁ。私が聞いている限りでは村の東側の森で見たという者が何人かおります。村には樵を生業としている者もおりますが、それほど深く森に立ち入るわけではありませんので、およそ森の浅い部分での話かと」


「家畜にも被害が出ているって聞いたぜ?」


「そちらは夜のうちにやられておりますので、見た者はおらんのです。奴らは小賢しく、見張りを立てた夜は出てこないようでして。それでもこれまでに村のロバや山羊などが何頭か姿を消しておりますので間違いないかと」


「人がやられたって話はまだねーのか? 特に女子供はどーだ?」


「今のところは幸いなことに。ですが怪我を負わされた者は何人かおります。軽い打ち身やひっかき傷程度ではあるのですが」


 クラースと村長の会話を聞きながらレインは考える。

 あまり詳細な情報だとは言えないものの、ゴブリンの目撃情報は村の東側がほとんどだ、という情報を見逃すことはできない。

 ゴブリンについての知識は、小柄で肌が緑色をしており、力はそれほど強くはないのだが性格は残忍であり、群れを成すというくらいのことしかレインは知らなかった。

 だがその知識からすればゴブリンとはそれほど頭のいい生物ではないらしい。

 自分の巣穴の位置を誤魔化すために、わざと森の中を迂回するほどの知恵がないような生物なのだとすれば、村を目指して巣穴から真っ直ぐに移動した可能性が高いように思える。

 ならば、とりあえずは村から東側へ突き進んでみるのがいいのではないかと考えたレインはその考えを他の三人へと告げてみた。


「俺はレインの考えに一票だな」


「ボクも賛成。シルヴィアは?」


「えぇ、私もそんな風に考えましたので」


 異論が出なかったということで行動方針が決まった一行は、村長宅を出るとそのまま村の東側から森へと踏み込むべく、移動を開始することになった。

 その中でレインは気になっていたことをクラースに尋ねる。


「兄貴。女子供の被害を聞いたのはなんでだ?」


「真面目な答えと不真面目な答えとどっちがいい?」


 質問に質問を返すなと思うレインなのだが、クラースの会話につきあうことは傭兵時代からそれほど嫌だと思ったことはない。

 さてどちらから確認していこうかと考えるレインより先に、ルシアが口を開いた。


「じゃあ不真面目な方」


「子供を助けりゃ姉ちゃんやら母親に感謝されんだろ? 追加報酬に甘い夜の一つでもプレゼントしてくれるかもしれねーじゃねぇか。女性が攫われてんなら、こいつを助けりゃさらにお礼に期待が持てるってわけだ」


 へらっと表情を崩しながらのレインの答えに、ルシアは呆れ返った視線をクラースに向けることになり、シルヴィアは何か楽しげにくすくすと笑い声を漏らす。

 レインに至ってはいつもと変わらないクラースの答えに、そんなもんかという感想くらいしか抱くことはなかった。


「兄貴。真面目な方も聞かせてくれ」


「そっちは胸糞の悪い話だな。子供を攫えばゴブリンはそいつを食う。つまりゴブリンが人の味を覚えて凶暴化しちまう」


 クラースが言うにはゴブリンとは悪食であり、およそこの世に食べられない物はないのではないか、とすら言われている。

 実際には石や鉄まで食べるわけではないので、その言い方は誇張にすぎないのだが、人の子供くらいならばそれこそ骨の一つも残さないくらいに綺麗に平らげてしまうらしい。

 人の味を覚えた獣は人を食料とみなして襲うようになる、と言われているがそれはゴブリンも同じであり、一度人を食ったゴブリンはその残忍な性格に火を点けられて人を襲うようになるのだ。

 そうなったゴブリンは人を食っていないゴブリンよりも、厄介な相手になるのだとクラースは説明した。


「女の方はさらに胸糞が悪ぃ。ゴブリンってのは普通、同族で繁殖するんだが、他の種族の女の胎を使って繁殖した場合はその速度が爆発的に早くなりやがる」


 ゴブリン同士で子を成す場合はそれほど脅威ではないのだとクラースは言う。

 だがこれが他の種族を介在した場合は、ゴブリン同士の場合の数十倍近くの早さで繁殖してしまうらしい。

 これを放置してしまうとゴブリンハザードという一種の災害になり、酷いときにはそれこそ小さな国ならば滅んでしまうようなことすらあると言う。


「まー、食い物とかの関係上、滅多に起きることじゃねーんだけどな。どんだけ増えても食い物がなけりゃ飢え死にするだけだからよ」


「そこまでいかなくとも、女性が攫われている場合は群れの規模が情報より大きくなっている可能性があるということですね」


「なんだ、ちゃんとした理由があるならそっちだけ説明してくれればいいのに」


 真面目な方の理由に納得した顔のシルヴィアと、不満そうな顔をするルシアであるのだが、レインからしてみればどちらの理由も同じくらいの比重で考えているのがクラースという男であり、真面目な理由ばかり考えられてしまったのではむしろどうかしてしまったのではないかと心配になってしまう。


「目撃頻度と家畜の被害から考えても、そんな大きな群れじゃねーな。精々が二十前後の小さな群れだろ」


「見てゴブリンと分かったということは、おかしな個体もいねぇということだな」


 一口にゴブリンといっても、実はいくつかの種類がいる。

 体の大きなホブゴブリンなどは有名なところであるのだが、中には魔術を扱うゴブリンマジシャンや、多数のゴブリンを率いるゴブリンロードといった上位種も存在しているのだが、これらはゴブリンとはまるで違った恰好をしているので目撃されていればその情報があるはずであった。


「だからって油断するんじゃねーぞ? 一つ間違えば奴らの腹に収まるか、下手すりゃ奴らの慰み物だ。そうはなりたくねーだろ?」


 あまり面倒な話にはなりそうにないようだと弛緩しかけた雰囲気へクラースが低い声音で釘を刺す。

 それに対して戦場においては一つの油断が全て終わりに繋がることもあることを知るレインは表情を引き締めたまま頷き、シルヴィアとルシアは改めて顔に緊張感を漂わせながら少しばかり慌てた様子で首を縦に振るのであった。

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