第4話

 とにかく一度、組んでみなければいいか悪いかも分かったものではない。

 そのような結論に落ち着いた、と言うよりは落ち着かせたレインはクラースに何かしら適当な依頼が貼りだされていないものか、調べてくれるように頼む。

 仕事を選ぶという行為に関しては、現在四人いるレイン達の中では傭兵団の団長として働いてきたクラースが最も経験を積んでいるはずであり、その経験に託した方がいいだろうというのが表向きの理由。

 実際はできればレインも同行したかったのだが、義手の観察を止めようとしないシルヴィアが手を離してくれず、席から立つことができなくなっていたのいうのが本当の理由であった。


「大丈夫なの? 君のおにーさん」


 心配そうにそう言うのはルシアである。

 最初からいきなり信頼度が低くなってしまったものだと思いながら、レインはそんな思いなどおくびにも出さないような顔でゆっくりと頷いてみせた。


「女さえ絡まなけりゃ、問題ねぇよ」


「依頼人が女の人だったりして、無茶でお金にならない依頼とかに引っかかりそうな気がして仕方ないんだけどな、ボクは」


 それは確かにありえると思ってしまうレインであるが、そんな思いを表情に出してしまえばさらにルシアやシルヴィアからの信頼が低くなるばかりであり、そこはぐっと堪えるべきだろうとレインは表情を引き締めた。


「その心配はあるんだろうが、兄貴も元々は傭兵団を率いてた男だ。手前ぇの欲で目がくらむようなことは……多分、ねぇよ」


「おにーさんを信頼してるんだ」


 問われた言葉に、レインは今度は即座に答えを返した。


「血が繋がってねぇが兄貴だ。俺が信頼してやらねぇでどうするってんだ」


「いいご兄弟なんですね」


 レインの返答を聞いて、シルヴィアが柔らかな笑みと共にそんな感想を口にした。

 その表情と口調はそれだけでなるほど彼女が神官であるのだということを納得させるようなものではあったのだが、レインの義手をしっかりと握りしめて離そうとしていない手が色々と台無しにしてしまっている。

 まだ飽きないのかと呆れながらも、クラースが帰ってくるまでならば好きなようにさせておいてやろうと思うレインの肩を、誰かが少しばかり強い力で叩いた。

 長く傭兵をやっていたレインには、冒険者の知り合いなど今しがた知り合ったシルヴィア達以外にはいない。

 肩を叩かれる覚えもなく、背後を振り返ってみればそこには数人の冒険者だと思われる男達が何やらにやにやとした顔で立っている。

 軽く腰を浮かしたルシアを手で制し、ちょっとだけ力を入れてシルヴィアの手の中から左の義手を引き抜いたレインは、にやついている男達と対峙するように椅子から立ち上った。


「俺に何か用か?」


「お前、さっき登録したばっかの新人だろ? ギルドの紹介でイイ女と組めてラッキーだったじゃねぇか」


「日頃の行いがよかったんじゃねぇか?」


 答えながらもレインは目の前にいる男達の恰好をつぶさに観察している。

 着ている革鎧や腰に吊るされている武器は、それなりに使い込まれた雰囲気を醸し出している代物であり、冒険者としてはいくらか経験を積んでいるように見えた。

 しかし、兵士として見た場合はどうだろうかとレインは考え、目の前にいる男達の誰もがおそらくは最初か次の戦場で屍を晒す程度のものだろうと値踏みする。


「そのラッキーをよ。俺達にもちっとばかりお裾分けしてくんねーかな」


「何を言いたいのか分からねぇな。具体的にどうして欲しいんだか教えてくれ」


 この手の輩というものは、傭兵の中にもいたことをレインは知っている。

 大体が何故かは分からないが多少の時間的猶予は与えらえるものの、その時間の間に考え方や行動が治らない限りは、その内いなくなってしまうものだったのだが、冒険者の中にも同じ手合いがいたらしい。


「ちょっとそっちの女、俺達に貸してくれりゃいいんだ。一晩経ったら返すからよ」


 最初にレインの肩を叩いた男の言葉に、仲間達があまり品がいいとはいえない笑い声を立て始め、ルシアがシルヴィアの手を引いて身構えるのを肩越しに見たレインは顔だけをルシアの方に向けて尋ねた。


「なぁ、俺ぁ冒険者とやらの習いに詳しくねぇんだが。こういう場合のいざこざってのはどう処理されるもんなんだ?」


 荒事になることを示唆するレインの問いかけに男達の視線が険しくなったのだが、それを無視するレインへルシアはシルヴィアの手を取ったまま答える。


「死人が出てもやられ損だよ。ギルドは基本的に冒険者同士の問題は当事者で解決してくれってスタンスだから」


「死人が出りゃ官憲が飛んでくるだろうからなぁ」


 ギルドは不干渉であったとしても、それで法が見逃してくれるわけはない。

 戦場でもない限りは人を殺せば、犯罪として裁かれるのは当たり前のことである。

 そう思ったレインだったのだが、ルシアの言葉を補足するシルヴィアの声がそんな思いを否定した。


「冒険者は登録された時点で国の庇護下から外れますから、冒険者同士の場合はギルドの決まりごとしか強制力を持ちません」


 想像していたよりも冒険者ギルドと言う組織は力を持った組織であったらしいと、レインは驚く。

 つまりはそれ自体が一つの国家のようなものであり、他国家の法は適用されない、と言うのだからかなりのものである。

 そう思いながら周囲を見れば、確かにギルド職員達は騒ぎの気配に気づいていながらも制止しようとはしていなかったし、とばっちりを受けるのを恐れてなのか他の冒険者達はレイン達から距離を取ってはいたものの、何かしら面白い見世物がこれから行われるかのような雰囲気で状況を見守っているだけだった。

 傭兵同士の争いに、国が出てくることはほとんどない。

 所属する傭兵団の規模にもよるが、基本的に傭兵とは戦うことを生業としている専門職であり、それを力で封じ込めようとすればかなりの被害を覚悟しなければならず、それならば放置しておいた方がいいだろう、という判断が働いているのだろうとレインはクラースや前の団長から教わっていた。

 似たようなものなのだろうかと思いながら、レインは目の前の男を見る。


「先達の言葉ってのはそれなりに重要視しなきゃならねぇことは俺も分かっちゃいるんだが、手前ぇの話は聞く義理がねぇ。消えろ」


 押し殺したレインの声は、その体格も相まってかなりの威圧感を醸し出す。

 おそらくレインにちょっかいをかけにきた冒険者達は、レインの体格のよさは理解しながらも数を頼みに押せば、簡単に折れるだろうという甘い見通しだったのだろう。

 しかしレインが真正面からそれを拒否したことで、男達の顔が怒りに歪む。


「いい度胸じゃねぇか手前ぇ……」


 怒鳴りながら胸倉をつかみに来た男の手首を、レインの右手が掴み止める。

 掴まれた手を振り払おうとした男は、レインが掴んだ手にそれほど力を込めているようにも見えないというのに、すぐにその手首に走る激痛に顔を歪めた。

 元々レインの使う得物は、常人では扱いに困るような重量武器である。

 それを戦場において容易く扱い、数々の戦場を経験してきたレインの腕力はいかに鍛えてはいるといっても、おそらくは常人の域を出ていない者では耐えられるような代物ではない。

 腕を握り潰されるような重圧と痛みに男が悲鳴を上げると同時に、レインは男の腕を掴んでいた手を軽く捻った。

 それだけで男の手首から先があらぬ方向へと折れ曲がり、激痛にその場にしゃがみ込んで悲鳴を上げる男の胸板を、無造作な前蹴りで蹴り飛ばす。

 かなりの勢いで床を転がっていった男が、壁に当たってそのまま立ち上がって来る気配がないことを見た他の男達が、すぐさま腰の得物へと手を伸ばしたのだが、その反応はレインに対してはあまりに遅すぎた。

 その存在自体が既に凶器である左の義手が空を裂き、回避しきれなかった一人の男が顔のど真ん中を撃たれ、砕けた歯と鼻血を撒き散らしながら倒れる。

 返す拳の甲がようやく得物を抜き放った男の横っ面へと振り抜かれ、きりもみするように吹っ飛ぶ男の陰からやっと最初の一撃を放った男は、レインの鋼の義手に剣の刃が当たり、あっさりと折れてしまったのを呆然と見つめることになった。

 その男も、レインが適当に振り上げてから振り下ろした拳に脳天を撃たれて、白目を剥いて尻餅をつくように床に座り込んで気絶してしまう。

 この時点で四人の男が無力化され、呻き声を上げながら床に蹲るような惨状になっていたのだが、まだ相手は残っている。

 得意の槍を使うまでもなく、素手で制圧しようと身構えたレインだったのだが、残った冒険者達は構えるレインに反応することもなく、武器を手にしたままその場で力なくくずれおちるところであった。

 彼らの背後から姿を現したのは、依頼の書かれた紙らしきものを指に摘まみ、身構えたレインを呆れた目で見ているクラースである。


「何してんのお前?」


「こいつらが絡んできやがったんで喧嘩。そういう兄貴は何をした?」


「蹴り易そうなところに金的があったんで、背後から蹴った」


 残った男達が意識を失ったのはクラースの攻撃によるものであった。

 あまりに派手なレインの暴力に気を取られている間に、背後からこっそりと忍び寄ったクラースによる一撃を防ぐ手立ては男達にはなかったのである。

 レインの腕力は常識外れの代物ではあるのだが、クラースとて長年傭兵として戦場を渡り歩いてきた人物であり、その手足は鍛えあげられていた。

 そんなクラースに無防備に金的を蹴られれば、どのようなダメージがもたらされるのかはレインとしては想像したくもなく、なんとなく腰の辺りがぞくぞくするのを抑えながら椅子へ戻ろうとすると、周囲で見守っていた冒険者達が次々に動けなくなった男達の体を調べだすのに気がつく。


「何しようってんだ?」


「身ぐるみ剥ぐに決まってんだろ。こんなとこで喧嘩して、動けなくなる奴が悪ぃんだ」


 装備や財布が男達の体から抜き取られ、身ぐるみを剥がされ終わった体は店の外へと無造作に放り出されてしまう。

 ここはスラムか何かだろうかと思うレインに、同じく椅子へと戻ったクラースが小さな声で囁いた。


「油断してると明日は我が身ってやつだ。気をつけろよ」


「兄貴は一度、女達にあぁいう目に遭わされるべきだと俺は思ってる」


 真面目な顔でレインがそう答えると、クラースはなんとも言えない表情で肩を竦め、二人の話を聞いていたルシアとシルヴィアがそろって堪えきれなかったように吹きだした。


「二人とも強いんですね」


「これなら仕事の方も期待できるってもんだよね。それでクラースはどんな仕事を引き受けてきたの?」


 ルシアに聞かれてクラースはテーブルの上へ持ってきた紙を広げる。

 冒険者ギルドには冒険者を評価するランクシステムというものがあり、それは簡単に十級から始まって一級まで上がっていくというものであるのだが、登録したての冒険者であるレイン達は当然十級冒険者であった。

 紹介されたシルヴィア達もまた同じクラスの冒険者であるので、あまり大した仕事は引き受けることができないのだが、その中でクラースが選んで持ってきたのは非常にオーソドックスな仕事の一つだったのである。


「ゴブリン退治ってのを受けることにしたぜ。やっぱ駆け出しならこれだろ」


「どんな理屈だ、そりゃ?」


 自信満々の顔でそう宣言するクラースに、レインが入れた突っ込みは冷たく淡々としたものであった。

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