『もしドクター・イースターが冲方作品の二次創作を描くために、冲方作品の登場人物を水着審査したら』

木村浪漫

『もしドクター・イースターが冲方作品の二次創作を描くために、冲方作品の登場人物を水着審査したら』

 

 ドクター・イースターが目を覚ますと、そこは真夏のビーチだった。


 正確には真夏のビーチが知覚眼鏡テク・グラスに画像投影された、真っ白なオフィス・ルームだ。新手のエンハンサーによる視覚攻撃だろうか──天井からは『マルドゥック・シティ・水着審査会場』『集まれ! たわわに実った完熟メロン!!』『夏! それは身を焦がす灼熱の情熱!!』の三枚のパネルが、気が抜けたようにぶらんとぶら下がっている──うん。シリアスな状況というわけではなさそうだ。

 「うーん。どういうことなのかな、これは」

 ぐるりと目を回してみれば、目の前には金髪碧眼の水着の少女──ホット・パンツのように水平に裾を短く切ったボーイレッグ/緑と黒の野戦色の水着の上/肩から羽織ったぶかぶかの軍用ジャケット/フラジャイルかつアンバランスな魅力を発揮──少女のかたちをした危険な水着のエンハンサーかな?

 「……これは、何だか眩しい光景だねぇ」

 「どうしたのさ、ドクター。水着審査の途中で、居眠りなんかして」

 「えぇっ!? 水着審査の真っ最中に、居眠りなんかしたのかい僕は!? なんてことだい、なんて失礼なやつなんだろうね!!」

 「いいよ。それだけあたしに魅力がないってことだろうし。ドクターが気にすることじゃないよ」

 「いやいや、全然、まったく、そんなことはないよ! あぁ、そうか。わかって……いいや、思い出してきたぞ。僕は並居るエンハンサーたちの日々の検診の疲れからか黒塗りの高級車とぶつかってしまい提示された示談の条件が……、あぁいやいや、違う。そうじゃない。原稿に煮詰まっていた僕は、何かこうグイグイ創作意欲が刺激されるようなイベントを求めてどうしてこうなったんだ……? 病院が来い。ドクターは僕だ。……でもなんで水着審査なの? 今の時代、色々と問題があるんじゃないかなぁ」

 「あたしに聞かれたって。夏の暑さで脳がられたんじゃないの?」

 「どうだったかなぁ……。まぁ、そういう趣旨のコンテストみたいだから、そういう感じで進めていこうか。感じ大事。それじゃあ、自己紹介と自分アピールをよろしく頼むよ」

 「アビゲイル・バニーホワイト。アビーでいいよ。でも、見ての通りアピールするところなんかないよ。あたしあんまり可愛くないし。ライムに唆されてきただけだし。これもあいつが選んだ水着だし。胸はちっちゃいし。やせっぽっちだし。目の前で審査員が居眠りをするくらいには、魅力が皆無みたいだし」

 「はい、合格、合格だよもう! きみはとってもチャーミングだよ! 何故だかグングン創作意欲が湧いてきたぞぅ! 僕が最高のアビーを書いてあげるんだからな! 自己評価ガンガンに高めていこうな!」

 コイツ本当に大丈夫か、という訝しげな視線を向けながらアビーは去っていく。

 「水着コンテストには字数制限があるからね。今回はテンション高めでサクサク進めていこうね。──次の人どうぞ?」

 普段着のごとく着こなされた赤いハイ・レッグ/スピード感のある切れ長の灰色瞳/ドラゴンの尻尾のような長く燃え盛るような赤髪/トルクがたっぷり詰まっていそうな力強くも均整のとれた豊満な両胸/ジャキーン、という効果音が鳴り響きそうな脚線美──バイクを褒める時とか、こういう慣用句が使われるよね?

 「──はい。じゃあ、自己紹介とストロング・ポイントをどうぞ」

 「陽炎・ザビーネ・クルツリンガー。──キス以外は何でもする。でも、コンドームくらいはつけてくれると嬉しいかな」

 「僕そんなことなんにも要求してないよね!?」

 「忖度してみた」

 「大外れだよ! 不正解ですぅ!! もっと相手の気持ちになって!!!」

 「それで、私は合格か? それとも不合格か? 私は今すぐミハエル隊長と幸せなヴェーゼをして結婚したい。──頼んだぞ」

 「合格しかないよ! 任されたさ! これから全問不正解だろうけど合格だよ! 年の差なんてご都合で縮めてみせらぁ! 最高のハッピーエンドってやつをみせてやるからな!」

 「よーし言質は取ったからなドクター。結婚式では純白のウェディング・ドレスが着たい。お姫様だっこでブーケを投げたい。カンカラがついたランボルギーニでハネムーンに向かいたい。抵抗は無駄だ。先ほどの言葉は既に録音済みだからな」

 「えぇ……これ録音されてたのぉ……」

 「大胆な水着を来て見知らぬ男と密室で二人きりになるのだ、当然の措置だと思うが」

 「この状況化にド正論を持ち込まないでよ……。正論で返すけど、それ無許可の録音だから、脅迫には使えても法廷では使えないからね。許可なら出すから先に言ってよ、もう。……無言でこっちを睨むのやめて。わかった、わかったよ。真っ白なウェディング・ドレス。お姫様だっこ。ランボルギーニで新婚旅行っと。いいさ、任せなよ。僕が二次創作界のドクトル・マグスと呼ばれていることを、思い知らせてあげるからさ」

 「楽しみにしているからな」

 陽炎は微笑みを残して、来た時と同じように颯爽と退場していった。

 陽炎の携帯端末から話し声が漏れ聞こえてくる『──吹雪くんか? 今すぐに式場の予約をして欲しい。うん? 二件目? あの女狐め。考えることは同じという訳だ。他の二次創作家に自分の結婚式の描写を手配させたな。ただちに特甲を転送してくれ。急襲する。それは誤解だと思う……だと? 馬鹿な。この私がミハエル隊長に関して間違えることがあるはずがないだろう!』

 「どうしてこう、冲方作品の女の子は面倒くさ……ごほん、難しい子が多いかなぁ。正直、男の子のほうが可愛いまであるぞ。次の人はわかりやすい、描きやすい人がいいなぁ──!」

 背中が大きく開いた白いワンピース・ビキニ/青い鍔広の帽子の下──銀に淡く蜂蜜を溶かしたような柔らかな髪/翡翠色の両眼・つよい意思が宿る眼差し/その白く輝くような背中から覗く肩甲骨が、微かに震えている──飛び立つ直前の天使の姿を連想。

 「──これはもう物語が僕の手には負えない段階に移行してしまったのでは。大体きみ、微睡みのセフィ……」

 ワンピースの少女の白い背中から、水晶のように美しく透明な超胞体の翼が、ドクターの脳に伸びた。優しく抱き締めるようにドクターの認識を書き換える。

 「……あぁ、いや、違ったかな。きみは“楽園”の超能力研究部門に所属する超能力兵士で、超次元の影から僕たちの任務を支えてくれていたんだっけ?」

 「──創作者によくある思い込み。勘違い、というやつですね。間違いは誰にでも起こりうることです。寛容にいきましょう。私はもう許しました」

 「ありがとう。きみが優しい子で救われるよ」

 「……………………私もちょっと、こういうのに出てみたかったのです」

 「え、今何か言った?」

 「いいえ。何でもありません。ラファエル・リー・ダナー。特技は超能力です。なんでもできます」

 「同姓同名なのは偶然の一致ってやつだね。いやぁ凄い偶然だなぁ!」

 「認識のいじり方がまだ甘かったでしょうか……」

 再び翼が伸びた。ぎゅーっと抱き締める。打ち寄せる波のように激しく。熱烈な愛撫のように。二翼の翼が四次元的に展開する。水鳥が水面から飛び立つように、水晶の翼がドクターの脳内で羽撃はばたいていく。

 「いやぁ、徳間デュアル文庫は本当にいいレーベルだったねぇ」

 「……いじくりすぎてしまいました。認識が第四の壁を跳躍してしまったようですね。まぁ、きっと、これくらい常識が緩いほうが、後々やりやすいことでしょう。親切です。これは多分。メイビー。めいびーぐっど。めいびーばっど。──良かれ悪しかれ」

 「うーん、なんだか頭の中が羽箒きで掃除をされたみたいにスッキリしたぞう。想像力の泉からイマジネーションがこんこんと湧き出るようだ。──時間軸に対して垂直方向に沈んでいく連続殺人事件。今まで確かに存在していた登場人物が次々に消失していく。シティで渦巻く超能力犯罪。秘密結社<黒の月>。時間的密室トリック。解決のためにマルドゥック・シティの暗闇を駆けるのは──ラファエル。きみだ」

 「その時は、私の横に頼れる優しいジャーマン・シェパードと、イチジク好きの不器用な大男を、描き忘れたりしないでくださいね?」

 「あぁ、もちろん。大丈夫さ。……何だかやっと自分のペースで喋れたような気がするなぁ。この調子だぞ、僕。この調子で、知的でナンセンスでハイコンテクストな会話を心がけようじゃないか。次の人、どうぞ──」

 トランプを意匠した赤白黒のトリコロール/コントラストが映えるツーピース・ビキニ/右手に王杓セプター/小振りの宝冠コロネットを斜めに冠り/胸にクラブの女王のマーク──“最終勝利の女王”──お腹には痣のように青黒いタトゥー/三つの『P』──小さいpetite<プチ>/誰とでも寝るpickup<ピックアップ>/淫売ですprostitute<プロスティテュート>──。

 「──うん。背中から嫌な感じの汗が流れてきたけど、一応名前から聞いてみようか」

 ≪ルーン・バロット・レジーナ・オルタ・水着・ピクリーン、です≫

 「……これはまたソーシャル・ゲームでガチャが回りそうなデザインだねぇ。きみはきっと、別側面的な別のバロットだよね? そうだよね? ……ここまでやるかぁ。そうかぁ……。それに、なんだい。肌に刺青まで入れちゃってさ」

 ≪読者ウケがよいかと思って。先に自分で自分を料理、、しておいたの。下品なほうが興奮するかと思ったから。刺青はフェイク・タトゥーだから洗えば大丈夫。それとも≪GET BLOWN≫──お口でする、とか、≪NUTS LICKED≫──なめなめする、とかのほうが良かった? ──パパ?≫

 「そういうところだぞ……。そういうところだからな……。それこそ『NtM』──《ナッツ・ザ・マター》──気が遠くなる事態ってやつだよ。……それからその恰好で僕をパパと呼ぶのはやめなさい、バロット。パパは絶対にだめ。きみがユーザーをパパ呼びするのはまねくまでガチャを回す猛者が出現するからやめるべきだ。社会問題になるぞ」

 ≪──私を回してくれないの、パパ? 私を買ってくれないの、パパ? 私が欲しくないの、パパ? ここは暗くて冷たいよ。私をガチャからたすけて、パパ!≫

 「悪魔よ去り給う! 全力できみを救い出してみせるからな! 爆死上等! 課金は家賃まで! 極小確率だって乗り越えてみせらぁ! オーヴァーベヴァイゼン! 克服あれ! 次の人どうぞ!!」

 漆黒の競泳用水着/──黒!/それは地上で最も美しい色彩/より早く/誰よりも早く/機能美のみに特化した水中戦闘服──深緑色の瞳が幼くも妖しく輝きを増して挑発的に向けられる/悪魔と目を合わせてはならない/小悪魔的に発散される蟲惑的フェロモン──これ多分だけど毒物反応が出るやつだね?

 「ディミリアよ。はじめまして」

 「これはこれは、今日一番で問題児がいらっしゃいましたね……。きみ、まだアノニマス本編にだって未登場でしょ?」

 「2018年、六月号のハヤカワSFマガジンでは未登場を確認しているわ。ゲーム特集をしている場合なんかじゃないわ。私の実存はまだなのかしら。ASAP! 早く早く! 現状できる最終確認はフラグメンツでウフコックがわずかに触れてくれたのみ。つまり私は原作というくびきから逃れた自由なキャラクター。名前だって口調だって衣装だって一人称だって自由自在。──今ならだわさ口調でスクール水着を装備して空だって飛んでみせるのだわさ!」

 「登場前から自分で自分を弄くり倒すのやめなよ……」

 「かれこれ十年近く放置する原作者の方が悪いと思うわ。北極圏でも大気圏外でも好きなところに行けばいいと思うの。──大体、ハンターの描写が長すぎる。あんなのに頁が割かれるくらいなら、もっと私の悪魔的でカワイイ魅力が描かれるべきだったじゃない?」

 「それ、句読点つきで怒るところ? カクヨムでは列を跨ぐとルビが振れないから、おこってないように見えるけど。──おこなの?」

 「激おこよ。まぁ、貴方にもそのうち判ると思うわ」

 「……あれ、そういえばきみって、フラグメンツによれば、ナタリアと一緒の同じ名前──『ナタリア』じゃなかったっけ。──あぁ、ディムズデイルから『ディム』を。ナタリアから『リア』を貰ったのか。なるほどなぁ」

 「急に親戚の叔父さんみたいな顔をするのやめてくれる? 別に、そういうのじゃないから。──苛苛してきた。唾でも吐いてやろうかしら」

 「怖いよ。止めてよ」

 「私は愛のかたちに触れたことがないの。そのかたちを知らないの。その熱を、その音を、その輪郭を、その手触りを。──私はまだ知らないの。貴方は私に、愛のかたちにふれさせてくれるかしら──」

 「きみが吐いた唾くらい飲んでみせらぁ! ガロンで飲んでやるともさ! 愛はマジで炸裂するんだからね!? この身をもって証明してやろうじゃないか!!」

 「その意気よ。アノニマス本編でも頑張ってね。クリストファーなんかにキャラで負けないように。──あぁ、そうそう、言い忘れていたわ。一番の問題児は、最後に来るわ」

 「えぇー、これ以上はもうないでしょ。これ大分問題行動だよ。叱られ案件だよ。……まぁいいか。切り替え大事だよね。最後の人、──どうぞ」

 画像投影されていた真夏のビーチが、夜の闇に切り替わる──ゴンドラに乗った大柄な女性らしきシルエット──ゴンドラが近づく/大柄な女性、、の相貌が露になる/無感動な無表情/眠りを忘れたという顔/夢など見ない男/その衣装──夜を溶かして織り上げたような漆黒のゴシック・ロリータ・コスチューム/星々を夜に散りばめたような小さな銀色の斑点模様/紛う事なきアイドル衣装/その男は──星空に浮かぶステージを見上げるように手を差し伸べていた──無表情がすごくこわい。

 「ディムズデイル・ボイルドだ。──俺をマルドゥック・シティで一番のトップ・アイドルにしてみせてくれ」


 「うーん。……むにゃむにゃ、……訳あっての……シンデレラ……ってことなんだね……任せなよ……ボイルド。僕が……なんとかしてやるから……さ……」

 「……ドクター。……ドクター? ドクター・イースター!」

 「……うん? ……うん! ドクターは僕だよ。ウフコック……? きみも、アイドルになり、たぁいの……?」

 「まだ寝呆けているみたいだな……。ドクター。コーヒーを淹れて来たらどうだ?」

 「……あぁ、なんだ、夢か……。ごめんよ、ウフコック。ちょっと疲れていたみたいだ。きみの言うとおり、僕にはカフェインが必要みたいだ。寝呆けた頭を、鋭く叩き起こしてくるとするさ」

 「この事務所も随分と大所帯になった。休める時には、休んだほうがいいとは思う。──それで、一体どんな夢を見ていたんだ? なんだかひどく困っているような、それでいてとても楽しそうな匂いがしていた」

 うーん、と唸りながらドクターは夢の内容を思い出す。確かにそれを見ていたはずなのに、その夢は蜃気楼を追いかけるように遠く消えていく。

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ボイルドが女装をしてアイドルの恰好をしていた?」

 ウフコックはしばらく考え込むように腕を組んだ後、記憶の何かに思い当たったように表情を柔らかく変える。

 「それは、ハロウィンの時の思い出じゃないか。楽園にいた頃の。確か、何かの余興で、ボイルドが化粧をして女性に化けていた」

 「……そんなこともあったっけねぇ。ラナとオードリーが亡霊と騎士の出で立ちで、ジョーイとハザウェイがジャック・オー・ランタンの仮装をして楽園を走り回って──教授から大目玉を食らっていたっけな」

 「オセロットが地獄の番犬で、──クルツはその獄使の恰好だったな」

 「ワイズとレイニーはずるかったな。能力ギフトまで使っちゃってさ。走り回るジョーイとハザウェイたちの足音を分裂させて、楽園を立体音響でお化け屋敷に変えてしまった──その癖、教授たちには見つからないんだよなぁ」

 「優秀な斥候兵と通信兵だった。かけがえのない、仲間たちだった」

 「そうだねぇ。……そうだったねぇ」

 「──あの時のボイルドは嫌がってはいたが、楽しそうな匂いだった。当時は随分と不思議な匂いだと思ったが、今なら少しだけわかる。ボイルドは嫌がって、楽しんでいたんだな?」

 「さぁ、どうだろうね。でも、きっとボイルドにだって誰かに背中を押してもらいたい時も、あったってことさ。あいつはあんまり、輪の中で馴染めないやつだったからさ」

 「──ふむ。それは今も変わらず俺たちが抱えてしまう問題だな。──ドクター。一つ、俺から提案がある。イースターズ・オフィスの新メンバーの親睦と懇親を兼ねて、何かパーティを企画してみてはどうだろう?」

 「ははぁん? さては、昔話でパートナーが恋しくなったな。親睦パーティという名目なら、バロットもここに訪れやすいだろうし。──結局、一番変化を怖れているのは、実はウフコックなんじゃないかい?」

 「そ、そんなことはないぞ。そんな下心のようなものはない。断じて違うぞ、ドクター。しょうもない詮索は止めにすることだ」

 「……いいさ。こんなの気にするなよ。それに、そいつはいいアイデアだ。この事務所の信条ともマッチする。──不安や不信、疎外感なんかも<カトル・カール>──四分の一を四つずつ、みんなで分け合ってみるとしようか」



                                 〈了〉

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