【7/14発売の新シリーズ!】"あやかし嫁入り縁結び"の特別お試し読み!

椎名蓮月/富士見L文庫

【零】


 あのとき、どうして泣いていたか、憶えていない。

 とにかく、悲しくて、泣いていた。誰も傍にはいなかった。声をあげて、顔を覆って、泣いていた。涙は止まらなかった。

 気がつくと、膝に何かがさわる気がした。同時に、くうん、と鳴き声が聞こえて、顔を上げると、いつの間にか、すぐ傍に仔犬がいた。

 最初、結(ゆ)維(い)はその仔犬を見て、稲荷寿司の色だな、と思った。淡い茶色に近い毛に覆われていて、体はまだ小さいが、鼻面は長かった。色のせいもあってきつねのようだったが、よく見ると犬だった。

 仔犬はくんくんと鼻を鳴らしながら結維の膝に手を掛けると、涙でよごれた顔をぺろりと舐めてくれた。薄いひらひらした犬の舌に、結維は目を丸くするばかりだった。

(なぐさめてくれるの?)

 結維が訊くと、仔犬は、きゅうんと鳴いた。そうだよ、と言われている気がした。つぶらな目は、以前に曾祖父が見せてくれた、琥珀という宝石にそっくりだった。

(ありがとう)

 結維は手をのばして、ぎゅっと仔犬の首を抱いた。

 もふもふの毛は、おひさまのにおいがした。




 あの犬はどこから来て、どこへ行ったのだろう。

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