Angel -壊れた世界の革命劇-
楪葉奏
#00 -prologue-
死ぬことは、怖くなかった。
元々、
だから生きるということも、何も分からなかった。
実感は全て予め定められた通りの感覚が与えていて、自分自身で体験したことなど何も無かったのだから。
だから自分は、ただの
与えられた任務を淡々とこなし、ただ主人と決めた人の為だけに使い潰される道具でありたい。
その日まで、そう考えていた。
「……分かっていたよ。全て、何もかもな」
崩れゆく基地の中で、黒いコートに身を包んだ青年が呟く。
コートに隠れてはっきりとは分からないが、青年には腿から先の左脚と右腕の肘から先がなかった。ぐったりとひび割れた壁にもたれ掛かる青年に、立ち上がる気配はない。
髪の隙間から時々電気が漏れ出て、ぱちぱちと鋭い音を立てている。
青年は――人間ではなかった。
人形、と呼ばれる兵器がある。それは人間の欲求の成れの果てとも呼べる、芸術作品に近い兵器だ。
人は自分の似姿を作りたがる不思議な生き物である。
より精巧に、より緻密に、誰よりも美しい人形を作りたがる。ある者は好奇心から、ある者は芸術への憧れから、そしてある者は――狂気から。
そして人類の一部――北に位置する『帝国』と呼ばれる国の人間達は、取り分けその似姿を作ることに心血を注いでおり、出来上がったそれに『人形』という総称を付けた。
人形の見た目は人間と寸分違わず、最初に完成した試作モデルは他の人間同様笑ったり泣いたり怒ったりと豊かな感情表現を行うことができ、また確たる自我があった。
そして青年は、その試作モデルと同等の機能を持つ電脳を備えた人形だ。
人間同様に、自我や感情がある。
「俺達が、本当は必要ないことも……全て……」
青年の口の端から、どろりとした灰色の液体が垂れる。電脳が次第に処理能力を失っていくのが分かる。
完全な機能の停止――死は、すぐそこまで青年に迫ってきていた。
不気味の谷というものがある。
作り物の見た目があまりにも人間に似すぎると、かえって気味が悪くなるというものだ。
そしてその言葉の通り、帝国の人々は人形達を忌み嫌い、差別するようになった。最初の人形はそれを悲しみ、人前から姿を消した。
しかしそれでも、人々の気持ちは変わらない。
人形を気味悪く思った帝国は、いつしか人形を自分たちの代わりに戦線へと駆り出すようになった。
そして人間と寸分違わない人形を作るだけの技術を追い求め到達した帝国の人間達にとって、人形用の兵器を作ることは大して苦では無かった。
その時帝国は既に、神をも超える科学を手にしていたのだから。
「はは。所詮俺たちはただの戦争用の兵器で、人間と同じにはなれないってか。籠の中の青い鳥だなんて言葉も、あながち間違いではないのかもな」
青年が笑い、天井を見上げる。所々穴の開いた天井からは雲一つない青空が広がっており、太陽の光がとても眩しかった。
誰かが青年の手を優しく握る。誰かまでは青年には分からない。もう、首を動かして確認する力も残っていなかった。
精根尽き果てた青年の中には、不思議な満足感が漂っている。
つい十数分前まで、青年は戦っていた。
青年は誰よりも、何よりも強かった。だからこうして今――ただ一人、生き残っている。
だがそれは何も不思議な話ではない。
彼はただの人形ではなく【天使】なのだから。
人形は性能によって厳格にランク分けされており、その中にごく少数【天使】と呼ばれる最高性能機体が存在している。
その性能は科学の域を超えた魔法の様なもので、他の何であろうと追随を許さないほどに強力である。
兵器と呼ぶにはあまりにも強力すぎる、世界最強の人形達。
青年はその内の一体だった。
青年の手を握っていた手が、今度は青年の頬を優しく撫でる。
その手はとても温かくて、青年は穏やかな気持ちになった。
「……嗚呼。もう……疲れた」
帝国と、帝国から盗んだ技術を使ってロボットを作った共和国との戦争。
幾百、幾千の機械や人間達との果てない戦い。
全てを変えるために、文字通り全てを擲って進めた『計画』。
その全てに、青年は疲れてしまっていた。
だがそれらも全て、もうすぐ終わりを告げる。
青年の『計画』は成就し、全てが終わって全てが始まる。
穏やかな、どこまでも安らかな満たされた表情のまま、青年は静かに瞼を閉じた。
これは世界の悉くを変えようと足掻いただけの、ただそれだけの人形達の物語である。
そして彼らが救われることは――ない。
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