藤花走狗乃譚~蛇抜けの章~
日向葵(ひなた・あおい)
序
それは、奇妙な風体の二人連れであった。
まず目を引くのは、赤い打掛。艶やかな柄は縁起物で、まるで良家の娘の晴れ衣裳だが、それを羽織る長身痩躯はどう見ても男のもの。緩やかにうねる長髪を首の後ろで一つに結わえ、人懐こい笑みを浮かべながら歩を進める。
対するもう一人は、一見すれば、ただの胡散臭い薬売りだ。手入れとは無縁のざんばら髪と使い慣らされた旅装が、彼が流れ者であることを雄弁に物語っている。総じて容貌の整った部類であるが、眉間のしわと鋭い眼光が、すべてを台無しにしていた。よくよく見れば、背負う薬箱には随所に呪符が貼り付けられ、それが、近寄り難さと怪しさに拍車をかける。
場所が場所ならば、香具師の興行にも見えたかもしれない。だが、それも山に閉ざされた集落とあっては、ただ異様な道行きである。
「ああ、ほら、藤十。人だ」
赤い打掛の男が、畑で作業をする人影を認め、薬売りを呼び止めた。
「ああ、そうだな」
薬売りは足を止め、顔をしかめて舌打ちする。
「おれが行く。辰、おまえは」
「わかっている」
辰と呼ばれた男は、にこにこと笑んで頷いた。
「私は、ここで待っているよ」
辰の返事を確かめてから、藤十はため息をつき、畦に沿って人影に近づいた。
「もし。ちょいとお訊ねしたいんだがね」
「はあ」
集落の住人だろう。よく日に焼けた男は、農作業の手を止め、藤十を見る。胡乱な視線は、余所者に対する当然の警戒心の表れだ。
「山奥の村で、薬で治せん病を治せる者を捜していると聞いた。心当たりはないかい」
「そ……」
言葉を詰まらせた男は、誤魔化すように笑みを浮かべ、「そいつぁ怖い」と言う。
「そんな病があるのかい」
「ああ」
藤十は、射るような視線で男を見据える。しばしの間を置いて、再び口を開いた。
「おれなら、その病、治せるかもしれんぜ?」
「……」
「本当に、心当たりはないか」
「……」
男は傍目にもわかるほど狼狽し、視線をさまよわせてから、ちらりと集落の方を振り返る。
「その……村長の家に……」
「案内してもらおう」
言って、藤十は返事も待たずに踵を返し、辰のもとへ戻る。
「行くぞ、辰。話のできる奴のところへ案内してもらう」
辰は藤十の後ろからついてきた男を見やり、苦笑した。
「威嚇でもしたの」
「してねぇよ」
「おまえは、笑わないと顔が怖いのだもの。かわいそうに」
藤十は不機嫌もあらわに「ふん」と鼻を鳴らした。
「愛想を振りまいたところで、碌でもねぇもんは碌でもねぇんだ」
山に閉ざされた集落がどこか生気を欠いて見えるのは、淀んだ天気のせいばかりではないだろう。
彼らの奇抜な装いに、奇異の目を向けられ、警戒のまなざしで見られるのは、当然のことである。傾き者と笑われ、芸を乞われるならば、平和な証拠だ。怪しい奴と追い返されるならば、仕方がないとため息ひとつで受け入れられる。
だが、男は警戒し、怪しみながらも、彼らを一笑に付して追い返しはしなかった。追い返せなかった。
「まったく、因果な商売だ」
男について歩きながらぼやく藤十に、辰は苦笑を浮かべるばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます