第5話 さぁ、みんなで考えよう~ナオミ~
トポトポ、トポ
物体に検液を滴下する。
しかし、液滴は物体に浸透することなく、ポンポンと弾かれていく。
これで二十八液目。
やはり反応なしか。
つまり、そういうコトだ。何をしても無駄。しかし、困ったな。報告書に何て書けばいいんだ。
バタン
研究室に、特捜部のユウジさんがやって来た。
あぁ、もう
最低最悪
厄介なモノに、厄介なヤツ
面倒極まりない。
「ナオミくん。どうだい、その装置が何か分かったかね?」
「おそらく、この装置はツクツクボウシ製ですね」
「やはり、ツクツクボウシか。あそこ、何でも作るのはいいんだけど。仕事を選ばないからな。誰から依頼を受けて、こんなモノを作ったんだ」
「さあ。それを調べるのが、特捜部の仕事なんじゃないですか」
「そんな冷たいこと言わないでよー。ナオミちゃんさあ」
ニタつきながら、猫なで声で言うユウジさん。
いや
マジ無理
気色悪くて、吐きそうだ
四十過ぎて、その面で、その声。精神的に受けつけない。
「だって、あそこのマコトくん。どんなに問い詰めても、顧客情報を、絶対に明かしてくれないんだぜ。こうなったら、ヤツの仕事場に忍び込んでみるしかないか」
「不法侵入で訴えられますよ」
「はっ、冗談だよ。俺らだって、法を犯すようなコトはしないさ」
そう言って、メモ帳を引っ張りだしたユウジさん。メモ帳に、何やら書き込んでいる。
つまり、忍び込むわけか
特捜部は、そんな部署だ。血の気が多いヤツらしかいない。そんな人間達と関わるなんて、まっぴらゴメンなのに。しかし、この会社にいる限り、こういった面倒事は避けられない。
何より、厄介なのは
特捜部のアホたちが、どんなモノでも解析できると勘違いしていることだ。出来ないことの方が、圧倒的に多いのに。
とはいえ、仕方ない
一応、コレも報告しておくか。
「ユウジさん。コレを見て下さい。あの機械の中に、変な物質が入っていました」
「それは、何だね?」
「分かりません」
「分からない? ナオミくん。それじゃあ、困るんだよ。君は、物質解析のスペシャリストじゃなかったのか」
クソッ
一から十までムカつくヤツだ。
「えぇ、そうですね。この研究室は、世界トップレベルの研究・実験設備を保有しています。だからこそ、分かるのです。コレが、私達の科学技術では到底理解できない物質なのだと」
「おいおい。どういうコトだ? 私達の科学技術では到底理解できない物質って?」
「私達の概念にはない物体であるということです。つまり、これは別次元の物質であると推定されます」
「ふむ。なるほどね。別次元の物質か。しかし、異次元物質など、君らは腐るほど扱ってきているわけじゃないか」
「そうですね。ですが、コレは初めて取り扱う物質です。この装置、どこで発見されたんですか?」
「特務部の連中が、南町の住宅街の外れで見つけたそうだ。この機械を使って次元の歪みを発生させたヤツがいたらしくてね。こんなモノが世に出回ったら、大事件だろ。そんなわけで、特捜部も、本件を最重要案件として捜査することになったんだ」
「なるほど」
「だからこそだよ、ナオミくん。その物質を何とか特定してくれ」
「分かりました。最善を尽くします」
それから扇風機のような装置を入念にチェックして、ユウジさんは帰っていった。
分かりましたと言ってしまったが。
おそらく特定できる代物ではないだろう。
コレが高次元物質であるということまでは推定できるが。分析するにあたり、測定装置の軸が足りないというのは致命的。
装置から物体に信号を流しても、反応が返ってくることは稀。原因は、測定できない軸に情報が散逸していくからであって。仮に反応が返ってきたとしても、三軸がランダムに選ばれてしまう為、同じシグナルが検出されることはない。
つまり、どうしようもないわけだ。
報告書には、お茶を濁した形で書くしかないだろう。
大事になるか…
それでか
つい一時間前に、次元開発部の人間がここにやって来たのは。
ヤツらは、この物質に興味があるのだろう。未だに、安定的に次元の歪みを作る技術は完成していない。先月、社内で大きな事故があったとも聞く。次元の歪みを作って、何のメリットがあるのか。まったく理解できないが。その取り組みは延々と続けられている。
しかし、それで四次元空間との行き来ができたとして。
この会社は、何がしたいんだ?
私達人間は、四次元世界で、その生命を維持することが困難。理論上、不可能ではないが、非常に大きなリスクを伴うことになる。三軸しか情報を持たないモノが、どうやって、もう一軸の情報を補完するのか。現状、それに対する明確な答えはない。
それを分かっていながら、次元の歪みへと飛び込んでゆくヤツらがいるというのも、信じがたい話だ。ヤツらは、気が狂っているに違いない。だって、そうじゃなきゃ、説明がつかない。
わざわざ望んで、死に向かっていくなんて。
それとも、そうまでして命を懸けるべきモノが、何かあるのだろうか。
あの歪みの中に…
新物質を手に取って眺めてみる。これが、この世界で大きな価値を持っていたりするのだろうか。
ゴム状の金属光沢。だけど、どこか焦点を結ばない物体。何が楽しくて、私は、こんな物質を解析しているのだろう。
分からない。
まったくもって、、、
んっ?
気づくと、私は机の上に突っ伏して寝ていた。
おかしいな
急に意識を失うなんて。特に疲れているわけでもないのに。
あれっ
おかしいぞ
先ほどまで手にしていた多次元物質が、なくなっている。
辺りを探す。
やっぱり、ない。
これは、まずい事になった。
盗まれたのだろうか。でも、もし仮にそうだとしたら、一体、誰がこんなことを。
直ぐに特捜部に連絡を入れると、別の部の人間がやって来た。
長身の若い男。肩書きも、名前も名乗らず。無礼なヤツ。
「内部の人間の犯行ですね。我々が調査します。やれやれ、最近こんな事ばかりですよ。反乱分子が、不穏な動きをしていましてね。悪く思わないでくださいよ。ナオミさんの周辺から捜査させてもらいますので」
それだけ言って、彼は去っていった。
ヤツは、何者なのだ。
反乱分子?
不穏な動き?
何なんだ。この会社で、一体何が起きているんだ。
静かな研究室。疑問をぶつけようにも、ここには、私以外の人間はいない。
そう
だから、私が放った言葉も、何の応答もないまま、辺りに空しく霧散していった。
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