始まりと終わり2
「お待たせいたしました」
瑠美はカウンター越しに声をかける。すると、慣れた手つきで文庫本をカバンに入れる。
フォークとスプーンをテーブルに置く。それからナポリタン大盛りとカップに入ったコンソメスープ、サラダを並べた。
「いただきます」
彼は幸せそうな顔をして、ナポリタンを食べ始める。
時間は五時半。最後の客になりそうだ。
ナポリタンが半分なくなったところで、もう一つの注文メニューを届ける。
「アイスミルクティーです」
「ありがとう」
彼に用意するミルクティーはミルクが少なめで、シロップが多め。それが好みだと知っている。
彼が店に通い始めたのは開店して間もなく。
その日も同じくナポリタンとコンソメスープとサラダ、アイスミルクティーを注文した。
ずっと変わらない注文。
だからナポリタンだけはメニューから外すことはしない。価格も出来るだけ変えないように努力してきた。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
彼がそう言って手を合わせたのは、閉店まで残り十分というあたりだ。
「お会計、お願いします」
「はい」
瑠美はいつも通り、カウンター越しにお金を受け取り、お釣りを渡す。
「ありがとうございました」
長かったような短かったようなカフェ生活がついに終わる。そう思うと瑠美は切なくなる。
――――でも、こんな脱線した人生も悪くないかも。嫌なこともあったけど、それでも充実していたから。
瑠美はふと、カウンター席から立とうとしない男性客に目をやる。帰り支度をするわけではなく、ただ黙って下を向いていた。
「……あ、あの……?」
瑠美が恐る恐る声をかけると、彼はやっと顔を上げた。その瞳が揺れるように潤んだから、瑠美は驚きでどんな言葉をかければよいか迷う。
「瑠美さん。お疲れ様」
「……え」
「今日で終わるんでしょ?」
彼は壁の方に一度目をくれ、そこにある閉店を知らせる紙を睨む。
「はい。今日で終わります」
「……寂しいな」
「いつも、ありがとうございます。すごく嬉しかったです」
瑠美は彼の目を見つめて言う。すると、なぜか急に切ない気持ちになった。
この常連客とも会えなくなるのだと、改めて思ったからだ。
終わりを実感したのは、まさに今だったのかもしれない。いつもの笑顔が作れないことに、瑠美は戸惑う。
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