コンソメスープが重たくて

和瀬きの

不釣り合いな恋愛



   *



 大学時代の相原瑠美は、近寄りがたいものがあった。優等生タイプというのか、真面目で曲がったことが嫌い。


 見た目は清楚で綺麗なのに、几帳面なその性格が勿体ないと思うほどだ。


 そんな瑠美に彼氏が出来たのは、入学して半年ほど経った頃。



『なあ、教科書見せてくれない?』



 彼女に臆することなく話しかけてきたのが彼。

 講義を受ける際、無遠慮に隣に座ってきた。



『授業を受けに来て忘れたのですか?』

『まあ、そう怒らないでよ』

『あきれているだけです』



 茶髪で屈託の無い笑顔。両耳にピアスをして、長い指には指輪。腰にはキーチェーンをジャラジャラいわせている。


 どう見ても瑠美とは不釣り合い。



『見せてくれんの? くれないの?』

『……今日だけよ』



 だからこそ瑠美は彼に惹かれたのだった。


 初めて出来た彼氏に舞い上がっていた。

 そんな自覚が持てるほどの経験はなく、瑠美は流されるように彼との時間を過ごしていく。


 それが終わったのは交際一年目。記念日だった。

 夕食を振る舞おうと、瑠美は時間をかけて食事を用意した。


 唐揚げ、サラダ、スープなど。特にスープはこだわっていて、野菜を煮込み一から本格的に作ったコンソメスープ。



『お前、馬鹿じゃねえの?』



 瑠美の住んでいる狭いアパートに、彼の声が響く。その時の引き攣った表情は忘れられないものとなった。


 喜んでもらえると思っていた瑠美は、驚きと戸惑いで声が出せない。



『普通にレストラン行けばいいだろ』

『でも……』

『お前、重すぎる。もう、付き合ってらんねえよ』



 激しく叩かれた古いテーブルが揺れ、料理が皿から飛び出す。まるでスローモーション。


 自分で作ったものが簡単にテーブルから落ちるのを眺めていた。


 最後に瑠美が見たのは、去っていく彼ではなくて零れるコンソメスープだった。



 常に彼は瑠美に対して思っていたのだ。重い、と。コンソメスープはただのきっかけにすぎない。



 "お前、重すぎる"



 その言葉は瑠美を傷つけ、恋愛に対して恐怖に近い感情を抱くようになった。そして人を好きになることもなくなってしまった。


 人は居心地の良いものを求める。

 地面に沈み込みそうな重さを持った人も、重力に逆らってふわふわした軽い人も、なかなか受け入れてもらえないもの。


 二人は元々、重さが違う人間だった。だからこそ居心地の悪さを感じる。


 でも、初恋だった瑠美にはわからなかった。

 彼氏がいるという事実が嬉しくて居心地の悪さなど感じなかった。

 居心地が良いと錯覚してしまったのは、舞い上がっていたから。


 本当に彼を愛していたのか、そんなことまで疑問に思う。


 こうして瑠美は自分は誰からも必要とされていない人間と思うようになった。


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