その7 一悶着

 ルートは街のことをもう少し調べようと思い、戻って来ていた。教会を見ておきたかったのだ。本格的に調べるとしたら、声の主が活動していると思われる夜間帯だが、それまでに下調べくらいはしておきたかった。


 酒場の前を通りかかった時、そこでは一騒ぎ起きていた。どうやらチンピラ共が酒場で客と喧嘩騒ぎを起こしたらしく、店の外で争いをしているようだった。チンピラは十人ほどいた。相手となっている客は二人だ。その両者で言い争っていたが、ついにチンピラの方が手を出した。二人に手を出したのだ。それは、一方的なリンチだった。ルートは、この手の騒ぎは見て見ぬ振りなのだが、今回ばかりはそうも行かなかった。その騒ぎの渦中には、なんとユリアーナがいたからだ。どうやら彼女は、外にまで広がった喧嘩騒動に、お節介にも活を入れに行ったらしいのだ。可愛い顔して、なんと大胆なことをするものだ、とルートは意外に思った。


「ちょっとあなた達、この街でケンカなんか起こさないでよね!これ以上暴れるのなら、出てってよ!」ユリアーナが啖呵を切った。しかし、チンピラ供はなんとも思わない様子だった。

「姉ちゃん、先に文句つけてきやがったのはこいつらだぜ」チンピラの一人が客の二人をさして言った。

「そうそう、俺たちが楽しくやってるとこに水差してきやがってよ。だから話しつけてたんだよ。それを邪魔しないでくれる?」別の一人が口を挟んできた。

「だからって殴ることないじゃない。早くこの街から出て行かないと…」チンピラの一人が彼女のその言葉を遮った。

「へえ、出て行かないとどうなるんだ?」男は彼女に手をあげようとしていた。周りがざわっとしたが、助けに入る気概のある者はいないようだと、とっさにルートは感じた。


 男が振り上げた手をユリアーナに振り下ろそうとした時、ルートの腕が伸び、男の腕を止めた。

「さすがにさ、大勢見てる前で女に手出すのはどうかと思うけど?」ルートはチンピラの腕を掴んだまま告げた。後ろにいた別のチンピラ供が「なんだお前」「割り込むな」などと声をあげていた。腕を掴まれた男が「ふざけんなよ、お前」と呟いて、空いている方の腕でルートに殴りかかろうとした。だが、ルートはその拳をいなし、掴んでいた腕をはなした。拳の行き先を失うと同時に男はバランスを崩した。そのほんの少しの瞬間を狙ってルートは男の片足を蹴り飛ばし、いよいよ男の体は支えることもできず倒れてしまった。


 ルートの後ろでユリアーナはぽかんとし、ギャラリーたちや殴られた客達は「兄ちゃんいいぞ」「やっちまえ」と囃し立てていた。反対にチンピラ供は闘志をむき出しにして、今にもルートに襲いかかろうとしていた。さすがに多対一は無理だと感じたルートは、どうやって逃げるかを考えていた。その時、この喧騒を静寂に変えてしまうほどの怒号がした。

「お前ら!一体何してやがるんだ!」

「ボ、ボス…」「こ、こいつらがケンカ売ってくるもんで…」

「どっちが先に売ったかなんてかんけえねえ!街中で騒ぎをおこすんじゃねえってさんざ言っただろうが!」


 怒号の主は大柄な男で、どうやらチンピラ供の親分らしかった。今まで殺気立ってたチンピラ供が一瞬で萎縮してしまっていた。

 大男はルートを一瞥した。その後、後ろのユリアーナやギャラリー達、殴られた跡が残っている一般人たちを見回し、去って行った。そして、その後ろを慌ててチンピラ達が追って行き、この騒動は幕を閉じた。

 男達が去ってから警官達がやってきた。どうやらこの街の警察は鈍いらしい。ルートは余計なことを訊かれない内に、その場を去ることにした。


 ユリアーナは、ルートが咄嗟に助けに入ってくれたことや迫力のある大男の出現などであっけにとられていたが、警官に話しを聞かれている内に次第に落ち着いてきた。そして、事情聴取が終わった時、ルートの姿がその場に無いことに気がついた。彼女は彼の姿を探した。

 彼の姿は街の広場にあった。ユリアーナは声をかけた。


「あの、さっきはありがとう。まさか、あんな所で会うなんて…。」

「ああ、俺も君を見かけた時はびっくりしたよ。まさかあんな状況に出くわすなんて…。」ユリアーナはバツが悪そうに笑った。

「おじいちゃんには内緒にしてくれる?またお小言いわれちゃう」

「厳しそうな爺さんだもんな。それに、あんたは箱入り娘って感じだ」

「お父さんもお母さんもおじいちゃんも、いつまでも私が子供だって思ってるのよ。もう一人でどこへでも行けるのに」彼女はむくれて言った。箱入り娘というのは当たっていたようだ。

「ところで、やっぱりあなた、おじいちゃんのお宝を盗みに来たんでしょ?」ユリアーナは唐突に言った。ルートはギクッとした。

「急になんで…」

「だって、おじいちゃんと話してた時と今じゃなんだか態度が違うし、なんとなく泥棒っぽいし」

ルートはつい、演技するのを忘れていた。調子が狂ってしまった。

「もし、俺が泥棒だとしたら、通報でもするか?それか爺さんに告げるか…」

「別にそんなことしないわよ。まずこの街の警察は頼りにならないし、それに、おじいちゃんの家から何かを盗み出せた人なんていないわ」

「警察が頼りないってのは?」

「さっきも警官が来るのが遅かったでしょ。あの人たち、真面目に仕事する気が無いのよ。領主とは黒い繋がりがあるなんていう風に言われているし」

「黒い繋がりってのは、事件の揉み潰しとか、か?」

「そう。確証は無いけどね。この街の警察は給料ドロボウよ」

「なんか、意外だな」

「都市部やその周りはちゃんとしてるんだけどね。この街は国の端っこにいるから、行政が雑なの」ユリアーナからこの街について詳しく聞くチャンスだった。

「領主について聞きたいんだけどさ、なんか、裏の顔でもあるの?」

「うーん、私は詳しくは知らないのよね。闇商売をして稼いでいるっていう噂は聞いたことあるんだけど、ただの噂だし…。あ、もしかしてあなた、おじいちゃんから何も奪えなさそうだから、この街の領主の弱みを握って強請ろうとしてるの?」彼女はハタと思いついたように言った。ルートは再びギクッとした。なぜ、彼女はこんなにもカンが鋭いのだろう。

「いや、観光地として知られている街なのに、なんか色々ありそうだから訊いてみただけだよ」彼は弁解した。

「そうね、素敵な街並みなのに、しばらく生活してみると色々と残念な所を見ちゃうのよね。でも私は、この街が好きよ。おじいちゃんがいるし」

「普段は都市部に住んでるんだっけか。ここにはたまに?」

「休暇のときにね。おじいちゃん家に行くことが子供の頃からのお決まりになってるのよ。昔の話しをよく聞かせてもらったし、おじいちゃんの書いた本を読むのがとても好きだったわ」

「へえ、例えばどんな話しを聞かされてたんだ?」エルマーとドラゴンの話しを引き出すいいチャンスだった。

「私、おじいちゃんと仲良くなったドラゴンの話しを聴くのが好きで、よくお願いしてたなあ。おじいちゃんが若い頃、旅先で一頭のドラゴンと仲良くなって、そのドラゴンと旅をしたことがあったんだって」そのあたりのことは本にも書いてあったことをルートは思い出した。

「だけど、大戦があって、ドラゴンたちの大移動に、そのドラゴンも加わることになったの。それ以来、おじいちゃんはその友達のドラゴンにも、他のドラゴンにも会ったことはないらしいわ」

「そのドラゴンと別れる時の話しっていうのは、本にはほんの数行でまとめられてたな。君は、本に書かれてあったこと以外のことも聴いたのか?」

「その時のことを詳しく話してって何度もお願いしたけど、おじいちゃん、本に書いてあること以上には何も話してくれなかったわ。多分、おじいちゃんにとってはその思い出はとっても大切なものなんだと思うの。だから、あまり他の人には話したくないのかなって」

「可愛がってる孫娘でもか?」

「そうね、そのドラゴンの話しをしている時のおじいちゃん、何だか遠い目をしているっていうか…。思い出にひたっているっていう感じだし」彼女は少し寂しそうに笑った。

「でもね、そんなに素敵なお友達になれるなら、私もドラゴンとお友達になってみたいの」

ユリアーナは寂しそうな表情をくるりと変えて、輝くような瞳で言った。

「ドラゴンと友達に?」

「そう。いつかおじいちゃんみたいに世界を旅して、色んなものを見て、聴いて、色んな人や動物と仲良くなりたいし、もちろんドラゴンにも会って仲良くしたい。それが私の夢なのよ」

ルートはこの娘にシーグラムを見せてやりたいと思った。こんなに純粋にドラゴンと友達になりたいと願っているのだ。彼だって大歓迎だろう。

「そっか。でも、あんたの親父さんやおふくろさんは許さなそうだな」

「その内説得してみせるわ。私はどこへでも行けるんだってこと。ねえ、あなたは色んな所を旅して来たのよね。もしかして、ドラゴンを見たことがあるとか」彼女はワクワクしながら訊いてきた。ルートは少々迷った。シーグラムのことを話してしまっても良かったのだが、情報がどこから漏れるか分からなかったし、それに、ここでシーグラムのことを教えて、彼に会わせたとしたら、彼女の目標の半分くらいは達成されてしまう。彼女は各地を旅し、様々な発見や出会いを自らで見つけたいと思っている。ドラゴンとの出会いもそうだろう。だったら、自分がここであっさりそれを達成させてしまうのは無粋に思えた。

「まあ、遠くからなら見かけたことはあるかな」ルートは嘘をつくことにした。

「その話し、詳しく聴かせて!」ルートは、ユリアーナに小一時間ほど、旅の話しをせがまれることになった。

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