死んだ妻に似てる

サヨナキドリ

死んだ妻に似てる

 妻が死んだ。交通事故だった。家族を支えるためとがむしゃらに働いてきた私の心はぽきりと折れ、仕事をやめ誰も知る人がいない田舎に引っ越した。

「お父さん。ご飯ができたよ。」

 こんな私のことを15になる娘はよく理解してくれた。友人関係もあるだろうに文句も言わず私についてきてくれた。朝食を作るためにエプロンをつけて台所に立つ姿は、死んだ妻に似ている。

 娘を学校に送り出し、洗濯物を干していると玄関の呼び鈴が鳴った。ドアの向こうにはお隣さんが立っていた。越してきたばかりで右も左もわからない私たちになにかと良くしてくれるのだが、死んだ妻に似てる。

「どうかされましたか?」

「すみません。パソコンの調子がおかしくなってしまって。診てもらえませんか?」

 田舎だけあってパソコンに詳しい人というのもそういないし、いたとしてもこの時間は職場だろう。幸いにして前職の経験から私はパソコンにそれなりの知識を持っていた。

「わかりました。見せてください」

 私が了承するとお隣さんは彼女の家に私を招きいれた。いささか不用心だなと思いながら、私はデスクトップパソコンのモニターに向き合った。

「終わりました。問題なく動くと思います。」

「ありがとうございます」

「ただ、そろそろ買い替えの時期かもしれませんね」

 私は肩越しに覗き込むお隣さんに言った。大きな問題はなかったが、型がかなり古くなっている。

「でも、私そういうのよくわからなくて」

「予算を教えてもらえれば、ちょうどいいのをお探ししますよ」

「ほんとですか!ありがとうございます。頼りになりますね」

 そう言ってはにかむ彼女は死んだ妻に似てる。

「そうだ!お礼ではないんですが、煮物を作りすぎてしまって。よければ持って帰ってもらえませんか?」

「有難いです。でも作りすぎることなんてあるものなんですね」

「両親がここ数年でめっきり食が細くなってしまって、まだ慣れないんです」

 なるほど。彼女の母親には会ったことがあるが、死んだ妻に似てる。

 それから私は食材を買いに一時間に一本くるバスに乗って、郊外の大型スーパーに向かった。初めて乗ったときは驚いたのだが、未だにICカードに対応しておらず、現金のみの支払いになっている。

「ありがっしたー」

 運賃と整理券を私から受け取ってそう言った運転手は死んだ妻に似てる。

 死んだ妻に似てるパートさんが掃除するスーパーで死んだ妻に似てる店員に会計をしてもらい、再び死んだ妻に似てる運転手のバスで帰ると死んだ妻に似てる娘が死んだ妻に似てる駄菓子屋に70円ぴったり払ってアイスを買っているところに出くわした。駄菓子屋といってもこの田舎では雑貨屋とコンビニの中間のような役割を担っている。

「こら、買い食いするのはかばんを家に置いてからにしないか。重いだろう」

「はーひ」

 娘はアイスをくわえながらあまり気の入らない返事をした。

 朝食を作るのは娘と持ち回りでも、夕食を作るのは私の仕事だ。出来上がったので娘を呼び、久しぶりにテレビをつけると40人以上の死んだ妻に似てる少女たちからなるアイドルグループが歌番組の舞台でパフォーマンスをしていた。

「この煮物、お隣さんのでしょう」

 ひとくち食べただけで娘はそれを言い当ててみせた。

「参ったな。やっぱり女性の方が料理は上手いのかな?」

「なに言ってるの。上手な料理の方向性が違うだけでしょ。こういう温かみがある料理はお隣さんの方が上手だから」

 それから一拍おいて、娘は言った。

「お父さん、お隣さんのことすきでしょ」

 唐突な言葉に手が滑り、箸の頭が額を叩いた。赤くなった額をさすりながら娘を見返すと、そのいたずらっぽい笑顔は死んだ妻に似てる。

「えっと、どうして?」

「だってお隣さん、お母さんによく似てるから」

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