第一章~旅立ち~
第七話 邂逅
己を磨こうと決心し六年。
九歳になったアラタの目の前には、自信の背丈を遥かに越える豚がいた。
アラタは九歳の平均身長から見れば少し大きい程度の身長だが、その豚はそれを優に越えていた。
それに、その豚は普段家畜として育てられているそれとはまた異なっていた。
縦にも横にもデカイその図体には似合わない、動物の毛皮で作られた腰巻きを着用している。
俗に言う、『オーク』と呼ばれるものだ。
オークの体長は、ゆうに三メートルはある。
その緑色の肌は太陽の光を受け、てらてらとしている。汚い。
のどのそとノロイ動きをしているものの、その右手に持った棍棒は、相手を威嚇するには十分なほどに厳つい。
そのおぞましい姿を晒すだけでは飽きたらず、醜い顔からは涎をだらだらと垂らしていて・・・・ますますキモい。
「これが魔物かよ・・・・」
アラタもはじめて遭遇する魔物。思い描いていたゲームのようなモンスター達は、この世界には存在しない。
本当に異世界に来たのだと改めて認識させられる。
魔物ーーーーーそれは、人々を苦しめる諸悪の根元。魔王という存在に操られ、腹が減っては人を喰らい、建物が目につ
けば破壊する。そうやって村や町を襲い、本能的に行動する。
それがーーーーー魔物。人類の敵だ。
「今は魔力切れだってのに・・・・・!!」
アラタは近隣の山に魔法の修行をしにきていた。
この六年で力の制御はマスターし、魔法の修行へとステップを進めていた。
そして、その修行帰りの魔力を使い果たした状態の時に、運悪くオークと遭遇してしまったわけだ。
あいにく、魔石も所持していないので対抗策がない。
「くッ!!」
近づいてきたオークが、アラタを殺そうと、その手に持つ棍棒を振りかざす。
アラタは力の入らない体を無理矢理動かし、地面に転がりながら攻撃をかろうじて避けた。
もう少し反応が遅れていれば、あの棍棒でぺしゃんこにされるところだっただろう。
直撃は免れたものの、オークが狙いを外して叩きつけた地面には大きなヒビが入り、近くの木々は風圧で倒れてい
る。
ーーーーーこれ喰らったらただじゃ済まねぇよな・・・・
無惨に殺される自分を想像し、背筋をブルッと震わせた。
「全く、ことごとくツイてないな。俺は・・・・!?」
アラタはなおも迫り来るオークの攻撃を不格好ながら避ける。
転がり、身を翻し、身体を風圧で吹き飛ばされ泥にまみれようとも必死にかわし続ける。
常人なら指の一本も動かせない程の疲労をかかえる『魔力切れ』。
そんな状態でも動けるのは、元々備わっている高い身体能力と、これまでのアラタのたゆまぬ努力の成果だろう。
だが、やはりというか極度の疲労状態で攻撃をかわし続けることなど到底不可能。
それがたとえアラタであろうと・・・・
「しまっ―――!?」
足元にあった木の根に気付かず、躓いて転んでしまい、強く背中を打つ。
呼吸が乱れ、体が思うように動かない。
「ブォォォォォォォ」
オークは咆哮を上げ、その手に持つ棍棒を横なぎにした。
普段なら絶対に犯すことのないミスをしてしまい、アラタは動揺している。
そのせいで、判断が一瞬遅れ―――
「がはっ!」
腹に直撃した攻撃でアラタは数十メートルほど吹き飛ばされる。
その攻撃はまるでトラックと正面衝突したかのような威力を持ち、アラタの内臓をいくつか持っていった。
途中、何度も木にぶつかりながら飛ばされてうちに、減速し、ついには八本目の木でその勢いをなくす。
―――俺、このまま死ぬのかな・・・・・
二度目の死を予期するアラタ。
視界がぼやけはじめ、額からは血が滴り落ちる。
しかし、誰もが絶望を抱いたその瞬間―――
ぐしゃり、と肉が裂ける音がした。
それはアラタの肉ではなく、オークの肉であった。
そう分かったのは、アラタの目の前に先ほどまで対峙していたオークが倒れていたからだ。
さらに―――
「おい、少年!!しっかりしろ!気を強く持つんじゃ!」
そこには、アラタの絶望を切り裂いた人物がいた。
ぼやけて誰だかわからないが、シルエットとその低い声から男性であるということが分かる。
その男性はアラタの頬をぺちぺちと叩き、意識の覚醒を促す。
「ん・・・・あ、あぁ」
頭に走る鈍い痛みに耐えながら体を起こす。
「起きたか少年。」
「えぇ、危ないところをありがとうございます。」
「いや、気にせんでもよい。それより、少年はどうしてこんなところにいるんじゃ」
「え。ここにいちゃまずかったんですか?」
「そりゃそうじゃろ。ここは第二級指定区域、グランドフォレストの最南端なんじゃからの。」
「そんなヤバいところにいたの・・・・・・・俺。」
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