シーと少女
ユッキー
第1話
ゴールデンウィークも終わり、仙台の定禅寺通りの欅並木も葉が茂り始めて来ました。これから夏に向かって新緑が眩しい季節になります。
私は毎年、定禅寺通りの欅並木の緑が濃くなるのを楽しみにしています。大好きな夏が近づいて来たことを実感できるからです。
そんな5月の中頃、もう時間は午前0時に近づいていました。私はいつも通り愛犬シーズーのシーを連れて、近所のセブンイレブンまで買い物に行きました。
シーは散歩が大好きです。深夜でも喜んで歩いてくれます。
その日も、途中の電信柱で匂いをクンクン嗅いだりしながら、セブンイレブンまで楽しそうに歩いてくれました。
お店の前のパイプ径アーチ型の車止めに、シーのリードをくくりつけて、中に入りました。
いつも買う物は決まっています。
シーの大好きなささみスティック、アサヒの糖質0ビールのロング缶、小瓶の赤ワイン、電子レン ジで加熱するだけのラーメン、ナポリタン、牛丼弁当等々。
ですから時間もそんなにかかりません。カゴに次々と商品を入れてレジに持って行くだけです。
レジがアルバイトの高校生だったりすると、要領が悪くレジ袋に商品を入れるのに時間がかかったりする時があります。そんな時はちょっとシーの様子を確認に入り口から覗くこともあります。
しかし、その日はいつもの店員さんだったので、それほど時間もかからずお店を出ることができました。
すると、シーの前に1人の小学校高学年ぐらいの女の子がしゃがんでいました。
薄いベージュのストローハットをかぶり、紫色っぽいチェック柄のワンピースを着ていました。
髪はブラウンで背中まであり、ちらっと覗いた顔はハーフのような感じでした。
一瞬立ち止まって彼女の様子を見ていると、シーに何か話しかけながら頭を撫でていました。
どんな話しをしているのかは聞こえませんでしたが、私が近づくと驚いたように顔を上げました。
やはりハーフのような綺麗な顔をした女の子でした。
私はなぜだかハッとしました。
その子がとても美しかったからかもしれませんし、前に1度どこかで会ったことがあるような気がしたからかもしれません。
シーは、女の子に頭を撫でてもらえたので、嬉しそうに彼女を見上げながらさかんにしっぽを振っていました。
せっかくシーを可愛がってくれたので、私は微笑みながらレジ袋をシーの脇に置いて、同じようにしゃがみました。
シーズーという種類の犬だよ
知ってる?
知らないです
お母さんは?
車の中で寝てます
身体を斜めにして、車の方へ指差しました。
確かにセブンイレブンの広い駐車場の奥に、白いワゴン車が停まっていました。
名前はシーと言うんだよ
かわいい
私も犬が大好き
頼んで買ってもらったら?
無理です
日本に戻ったばかりだし
女の子は一瞬さみしそうな表情を浮かべましたが、すぐに微笑みを取り戻してシーを見つめていました。
どんな事情があるのかわからないけど、やっぱり外国から来たんだ
だから顔もハーフなんだ
でも日本語はわかる
学校は?
友だちはいないのかな?
そんなことを思いました。
それから一瞬ひらめきました。
レジ袋からシーの大好きなささみスティックを取り出し、袋を開けて女の子に2本渡しました。
食べさせてあげて
女の子の瞳が輝いたような気がしました。
ありがとうございます
女の子がささみスティックを1本シーの顔の前に持って行くと、シーは飛びつくようにして食べました。
女の子は満面の笑みを浮かべて、もう1本差し出しました。
シーに何を話ししてたの?
と聞きたいところでした。
しかしそれは聞いてはいけないような、聞かない方がいいような気がして聞けませんでした。
そして、先日軽井沢に泊まった時も、兄の大学生の1人娘が、こっそりシーと2人で話しをしていたことを思い出しました。
幼い頃、食べる物に困らないようにと蟻の巣を探して、砕いたクッキーを巣のそばに置いてあげる優しい娘のことを思い出していました。
シーは女の子の方を見ながら、もっと頂戴とばかりにさかんにしっぽを振っていました。
それからしばらく2人は黙ったまま、シーが身体をぶるんと震わせたり、レジ袋に顔を近づけたり、ウロウロ歩いたりする様子を眺めていました。
どこまで行くの?
おばあちゃんの家まで
この近く?
いえ秋田です
そうか秋田かと思いました。
そしてようやく私は、むかし好きだった人も秋田出身で、どことなくこの女の子と顔が似ていたことに気がつきました。
彼女は純粋な日本人でしたが、やはりハーフのような顔をした美しい女性でした。
しかし腕にはリストカットの跡があり、最後に自殺してしまいました。
じゃ行くね
元気で
ありがとう
私は立ち上がりパイプ径アーチ型の車止めから、リードを外しました。
最後に女の子は、はしゃぎ始めたシーの頭をなんとか撫でてくれました。
バイバイ
女の子は軽く手を振りました。
シーと私は、駐車場から公道へ向かって、歩き始めました。
女の子は、しばらく私たちを見送ってくれていましたが、しばらくして車の方へ元気よく駆け出しました。
ほんとに偶然出会った女の子だったけれど、むかし好きだった彼女が天国から舞い降りて来て、シーに大切な話しをしてくれたような気がしました。
とてもあり得ない話しだけど、そんな気がしました。
でもあの子は頑張って生きて欲しい
そう思いました。
夜空にはいくつかの星が輝いていました。
私の母が癌のため60代前半で亡くなった晩、まだ3歳だったあの兄の1人娘が、夜空を見上げ星に向かって、おばあちゃんと叫んだことを思い出しました。
そして兄の妻、娘の母親が、南の空に1番輝いている星が、おばあちゃんの星だからね、と娘に聞かせてあげたことも思い出しました。
あれからもう10数年経ちます。
父も亡くなり、家には私1人になりました。
しかし、それからシーと暮らすようになりました。
振り返ると女の子はもう車の中のようです。
シーは何事もなかったかのように、さかんにしっぽを振って、ともに暗い道へと歩いてくれました。
シーと少女 ユッキー @3211
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