58.〈砂痒〉星系外縁部―14『Ghost In The Realm―2』
「と、ところで――」
深雪は言った。
「結局、
「ん? ああ。副長はじめ、
表情を渋いものにしながら頷く実村曹長。どこか遠い目をしているようなのは気のせいか。
「やっぱり……、やりすぎ、ですよね……?」
ちらと、医務室の方へ視線をはしらせながら、再び深雪。
「ウ~~ン。いくら情報を吐かせる為とはいっても、アレはなぁ、ちょっと……。艦長がマジ泣きしてたもん」
おずおずとした口調の問いに、もう一度、
〈砂痒〉星系進入時の第一関門――機雷堰航過の段階になって、村雨艦長が突然ナルフィールドを展張した。
令達機で艦内に二日間の全艦休業(?)を告げ、そして、懇話室に、どッとばかりに押しかけてきたのだ。
担任すべき課業の変更にともない主計科室から移動してきたばかりの深雪は、いきなり、
『ケーキケーキケーキ! ちょうど良かった深雪たん! 呼び出す手間が省けたわ! というワケで、クッキー出して! ミルクをいれて! 早くアタクシ様に思う存分お菓子を食べさせて!』と、餓えたヒナ鳥のように大口をあけた村雨艦長と出くわし、その鬼気迫る様に思わず硬直したものだ。
ワケもわからず、と言うか、事の成り行き自体は戦闘詳報を作成する関係上、ある程度、把握はしていたが、それでも、やはり、戸惑うことには変わりはない。
こちらを
いくら態度がデカくても、体格は小さな村雨艦長を大人たちが数人がかりで羽交い締めにし、そうした上で飛行長が持ってきた菓子折の中から難波副長が、上品で綺麗な、まるで美術品のような和菓子を取り出して、『そんなにお菓子をご所望ならば、さぁどうぞ♡』と、にこやかな顔で一つ、また一つと、手ずから(無理やり)食べさせはじめたのだ。
村雨艦長があげた絶叫を、たぶん深雪は生涯わすれることは出来ないだろう。
裏宇宙で感じたのにも等しい恐怖。そして、人間がもつ闇というものをまざまざと感じた時間であった。
「……艦長が、ここにやって来られた時、
あの時の陰惨きわまる光景をつい思い出してしまって、深雪はブルッと身震いをする。
「あ~、なんでもね、艦長の実家って老舗の和菓子屋らしいのよ。だもんで、物心ついてからこの方ずっと、三食以外は、とにかく和菓子尽くしだったんだと」
「それで小豆、って言うか、
「正直、わたしも初めてそれを耳にした時は、『饅頭こわい』の類と思ったよ? でも、艦長の名前の由来が、村雨
「子供たちが全員、ですか?」
「うん。――知らない? 艦長は男兄弟ばかりの末っ子で、お兄さんが二人いるんだけど、どっちも跡を継いではないの。一人は情報局、もう一人は公安警察の、どちらも長官やってるんだよ。いや、やってた、なのかな? 最近、引退したとか何とか聞いたような気がするな……って、ま、とにかく、艦長の実家の屋号は、〈富士見堂〉っていうんだけれど、それに絡めてなのか、そのお兄さんたちは、〈不死身の村雨〉って呼ばれてたんだって。他にも〈謀略の鬼〉、〈照魔鏡〉なんて二つ名もあって、その筋では超・有名人らしいわ」
「うわぁ~~」
呻く深雪に、長めに垂らした三つ編みを実村曹長は、背中で、やれやれと揺らす。
「艦長もねぇ、いくら自分がお菓子を食べたいからって、ナルフィールドまで使用するのは職権濫用というか、ハッキリやり過ぎだし、お楽しみを途中で邪魔されないようにだろうけど、ロックなんか掛けちゃうから、副長から、あんな
「でも、それで、ほとんど丸二日の間、寝込むことになるのは、やっぱり、すこし可哀想な気もしますけど……」
控えめに深雪が言うと、
「自業自得っちゃ自業自得なんだけど、まぁ、確かにね」と、微妙な顔をしながらも(一応)同意した。
――村雨艦長、不予。
深雪が先ほど目をむけた医務室には、いま現在もっとも重篤な症状をしめす患者として、村雨艦長が収容されていたのである。
実家謹製の高級和菓子詰め合わせの中身を全部、無理矢理、これでもかとばかりに口の中へと押し込まれ、白目を
以来、集中治療カプセルの中に放り込まれて、『餡子が……、餡子が……』などと、うなされ続けているらしいのである。
なんとも、(実村曹長も言った通り)自業自得な結末ではある。しでかした事を思えば、ほとんど同情の余地はないだろう。
もっとも、このはなしには裏面(?)もあって――副長はじめの科長たちにも人を呪わば穴ふたつ的なダメージが、実は命中していたりもするのであった。
村雨艦長をKOし、みごと鬱憤を晴らして溜飲をさげた……までは良かったものの、同時に艦長がまったく使い物にならなくなったため、肝心のナルフィールドの停止と解除が出来なくなっていたのである。
その展張開始時に、村雨艦長が動作管理権限に関し、セキュリティロックを掛けていたからだ。
まったく不要な……、いや、村雨艦長にとっては必要だったのだろう事。
と言うのも、そもそも、〈砂痒〉星系進入以前の段階で、村雨艦長は部下たち――とりわけ身近に位置するコマンドスタッフたちがナーバスになりすぎていると愚痴愚痴いっていた。
機雷堰ごとき、メじゃないんだと公言して
思い通りにお菓子をパクつけない苛立ちもあったろう。
ストレスのあまり、半病人のようになりもしていたが、それが、ひょんな事から、その欲求不満が解消される見通しがついた。
瓢箪から駒……、いや、言葉の通りに、棚からぼた餅と言うべきラッキーである。
俄然、ハッピーになった村雨艦長が、きたるべき至福の時間をぜったい邪魔されたくないと強く願ってしまったのは、仕方がないと言えば、まぁ仕方がない(多分)。
が、
そこで考えておかなければならないのが、他ならぬ〈あやせ〉と乗員たちの事である。
腐っても(?)一艦の長であるから、まずはフネ、乗員の安全を確保するのは大前提。
仕事をほっぽらかしても問題のない状態を作り上げておくのは達成すべき必須事項だ。
さすがに、そこを満足させておかない限り、のんびり甘味を堪能する事などできない。
というワケ(?)で、艦長としての職責と個人としての欲求をふたつながらに満足させうる対応として、村雨艦長は、ナルフィールドの展張、及び、その状態の維持を解決策に選んでしまったのだった。
要は、外部との接触をそれで一切、断ち切っちゃえば、その間、ナニしてたっていいんじゃな~い? とでも思いついたらしいのだ。
どこまでも自分の欲望最優先な――自分に正直といえば正直(すぎる)な態度ではある。
問題は、大倭皇国連邦宇宙軍逓察艦隊所属の二等巡洋艦たる〈あやせ〉が、どこまでいっても(?)作戦行動中であることで、かつ、現在、のっぴきならぬ(と村雨艦長以外の人間が考えている)状況におかれていることだった。
結果、難波副長たちは、拷問などという非常手段に訴えてでも、何が何でもナルフィールドを解除しようとしたのだが、まぁ、村雨艦長の積悪の報いというべきか、その過程において、深雪が評したとおり、ついやりすぎる結果となったのだ。
それだけ部下たちの感情が荒ぶっていたのだろうから、それもまた、仕方がないといえば仕方がない。
とまれ、
拷問に参加した人間すべてが、はたと我にかえった時には既に手遅れで、後悔しても言葉の通りに後の祭り。
まったくムダな労力的に、二重三重に講じられていた動作権限移譲に関するロックのうち、生体認証はまだしも、手動入力のそれがどうしようもないという事実を前に、ただ呆然と立ちつくすしかなかったのである。
一回きりの使い捨てタイプ。しかも、設定したパスワードを村雨艦長は、どうやら思いつきでテキトーに決めたものらしく、解除しようと何度、挑戦してみても、まったく歯が立たなかったのだ。
結果、艦長が設定した、二日という時間が経過し、それでロックが自動解除されるまで、まったく身動きがとれなくなってしまった――試合に勝って勝負に負けた(?)という誰得なオチがついたのであった。
「艦長はグロッキーで寝込んでるけど、副長たちも副長たちで、青筋たてるのと同じくらいに、頭をかかえているんだろうなぁ……」
しみじみと、述懐するように言う実村曹長。
「まったくもって、
そう続けられた言葉に、ふたたび惨劇がおこりそうな気がして、血の気が引くのをおぼえる深雪。
『返事がない。ただの屍のようだ』
オバケのような顔色になって、昏倒と言うか、ぶっ倒れてしまった村雨艦長。
復活が心待ちにされる反面、起きたら起きたで、まず確実にトラブルは必至。
〈あやせ〉の外で、今や遅しと待ち受けているだろう機雷堰。
艦橋にて控える、怒髪天を
〈あやせ〉が迎えることとなる近い未来は、真に一触即発なものとなりそうだった。
『間もなくナルフィールドが解除されます。乗員の皆様、どうもお疲れ様でした』
艦内環境監視装置が、〈あやせ〉全艦に、そうアナウンスするのは、もう、あと数時間後のことである。
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