48.〈砂痒〉星系外縁部―4『臨場―4』

……艦長は当てにならない、と言うより、いっそ信頼できない。

 難波副長は思う。

 自分に限らず乗員のほとんどすべてが、〈あやせ〉で起居するうちに、いつしかその言動に慣れてしまって、村雨艦長が『変』である事をことさら不審にも思わなくなっている。

 しかし、つい先日、それはおかしい。――演技、とうかいの類ではないかと指摘があった。

 根拠はひとつ。

 村雨艦長が〈リピーター〉――英雄的存在であること。それだった。

 過去に打ち立て今日に至る巨大な実績があるのに、現在のトリックスターのごとき言動はそれにそぐわない。――そういうことだ。

 日常を共にしている身として、その妄言を思わず鼻で笑ってしまいそうになったが寸前でなんとか踏みとどまった。

〈リピーター〉――〈兵民〉という身分に今上女皇陛下みずから叙されたという事実は、大倭皇国連邦臣民にとって何にも増して重いからだった。

 が、

(でも、そうであるならば、何故、そんな事をするのか……?)

 思い直して考えてみても、動機も目的も、その点はまったくわからなかった。

(現状を思えばそんな事をする余裕などない。なのに、部下の私たちをあざむいてまで実行、その理由は……?)

 どうしてもそこで思考が迷路に入りこんでしまい、堂々巡りになってしまうのだ。

(結局……)

 そこに至って難波副長は、知らず手指を固く、石のように握りしめている。

(結局……、本当に、そうであるなら、動機や目的の如何を問わず、私たちは……、、艦長から信用されていない――そういう事になるのかしらね。艦長の奇矯な言動は、つまり、すべからくそれによって私たち部下がどう反応するか、見極めるために為されたものとなるワケだから……)

 もしかしたら、とは言いつつも、難波副長には内心、確信があった。

 喉奥をふさぐ鉛の塊のような不快の念を悔しさと一緒に飲みくだす。

 村雨艦長が何を理由に、何を目的として動いているかはわからない。

 しかし、

『べろちゅー』事件。

 艦内所在不明事案。

 在庫窃盗事件。

 日常茶飯の(異常な)言動にくわえ、軽度であっても法を犯しているもの、艦の運営上、問題アリとせざるを得ないもの、風紀の面でふさわしくないもの――苦労して思い起こすまでもなく、即座に列挙可能な不審行動の数々。それら枚挙にいとまのない事案を自分たちコマンドスタッフは、これまで『たちの悪いイタズラ』と見なし、処理してきた。

 だが、それら不祥事に、実は何らかの意図が秘められていたのだとしたら……?

(私たちは、とんだマヌケ……、いや、道化だ)

 実際、ざっと再検証をくわえただけで、事案にひそむ異常はあぶり出せた。――出せてしまった。

 にもかかわらず、簡単にわかるそれに気づいてさえいなかったというのは怠慢――注意力が散漫であり、問題解決の能力に欠け、任務に対して真摯しんしでなかったということに他ならない。少なくとも、事情を知らぬ外部から見れば、そうだ。

 その事に思い至って難波副長は、これまで犯した浅慮のあまりに目眩めまいをおぼえ、他者から指摘のあるまで気づきもしなかった自分に腹が立った。

 今更ながら、それら『たちの悪いイタズラ』は、すべての件において実行手段が不明な、いわばMission Impossible――実際に起こりえよう筈のない出来事ばかりであったと判明したからだ。

『Whodunit』についてはわかっている。(考えるまでもない)

 しかし、

『Howdunit』についてが、どう考えてみても答を得られない。

 つまりは、そういう結果だからであった。

 乗員の安危に関わるようなものではなかったが故、あまくみていた――事件性を低く見積もってしまっていたが、精査してみれば深刻なレベルでセキュリティを侵す、看過できない行為ばかりと、はじめて理解できたのだ。

(まったく……! 外にれたら軍法会議級の事案ばかりじゃないの……!)

 思わず頭をきむしりたくなったし、本人を前に小一時間ではきかないくらいに問い詰めたかった。

 しかし、確たる証拠がなくては詰問しても、相手はシラをきりつづけるだけだろう。させるべくカマをかけても、そうした駆け引きは向こうの方が全然である。

『外面似ロリ内心如婆ぁ』は伊達じゃない(?)のだ。

 まったく頭が痛かった。


「……〈御神籤〉の結果はどうだったかな?」

 だからだろう――気づけば難波副長は、弱々しい声を羽立情務長にむけていた。

 これ以上、村雨艦長に関する事案を考えつづけたところで何にもならない。それより〈御神籤〉――情務科所属の特技兵タレントがもたらした情報を今一度聞き、差し迫った未来に備えておこうと思ったのである。

(けっきょく、私は神頼みしか能がないのか……)

 胸の内に溜め息をもらして自嘲する。

 有能であり、努力家であり、実績を積んで、同期の中でも出世頭エリートと目されている彼女であったが、戦闘航宙艦の副長としては十分でも、それ以上の職務については当然、未だ経験不足。それが現在、明確な告知もないまま事実上の艦長役を務めなければならないハメとなっている。しかも漏れなく(?)諸悪の根源たる上官の付き。

 これでは前途に不安しかなくとも仕方がない。

 この場合の気分転換は、だから一種の逃げだが、まだしも建設的な方向にもっていこうとしているだけ高く評価すべきと言えるだろう。撤退ではなく転進なのである。

 が、

 自嘲や迷い――ネガティブな内心にばかり目がいきすぎて、問いかけられた部下の顔がわずかに引きつったことまでには気づかなかった。

 仕方がないと言えば仕方がない。

 一艦のトップに立つとはこういう事かと、重圧を誰とも分かち合う事のできない現状に、ただ耐えるしかないと自分の思いに囚われていた未熟者と難波副長を責めるのは、あまりに酷にすぎるだろうから。

 部下や自分――艦乗員すべての生命に関わる事態が迫るなか、(非公式な)ばってき人事を勧告(強要?)されて、それで余裕を保ち続けなさいというのはムリである。

 とまれ、

「……本、艦〈巫女士〉によ、る近未、来時予測概、観は――」

 わずかに口ごもった後、羽立情務長は答えた。

 口調こそ常と変わらぬ棒読みだったが、上官の用語を修正したあたりに内心が透けて見える。

〈御神籤〉とは、どこまでいっても俗称であって、たとえ面倒であっても自分が口にした用語が正しい。みずからが管掌する科、なかんずく直属の部下が、その異能をもって取得した貴重な情報の成果、正当性に疑義を差し挟むような言われ方をされたくはない。――そんなところか。余人であれば、カチンときたと言うべきところだ。

〈巫女士〉による近未来時予測概観。(あるいは俗称〈御神籤〉)

 それは、異能――未来予知能力を有した超能力者による『予言』の告知。

 大倭皇国連邦独自の超光速航行技術――その根幹をなす基本理論、〈授学〉のひとつの成果であった。

 無限に連なる階層状に宇宙群が不可分密接に連続しているとする考え方――〈重畳宇宙Omniverse〉論により予告をされた一種の『役得』のようなものである。

 裏宇宙航法は、自分たちの住まうこの宇宙――〈常空間〉より光速度のはやい(裏)宇宙を経由することで単位時間あたりの移動距離を稼ぐ技術であるが、その根底となる〈授学〉を『空間軸』から『時間軸』に対して適用したものと言えるかも知れない。

 つまり、光速度を時間――そのを測る指標と考えた場合、〈常空間〉よりも光速度が大きな裏宇宙は、すなわち時間の流れもまた、より速いことになる。

 そして、また、〈常空間〉と裏宇宙は、その空間構造は概略おなじとされているから、では〈常空間ここ〉からを覗いたならば、観測者の目に映るのは自分を座標の中心に置く『未来』の情景であるに違いない。実現できればタイムトンネルよろしく異界の扉うらうちゅう越しに、これから来るべき時間みらいを掌中におさめられる……。

――と、こうした未来時制情報の、いわば『差分』取得行為が、近未来時予測概観なのだった。

 それを呼ぶのに〈御神籤〉なる取得情報の信頼度、妥当性をまま疑わせるような俗称がまかり通っているのは、世に横行する『予言』や『占い』にも似て、取得情報内容の説明があいまいで、ともすれば如何様にも解釈可能なきらいがあるからだ。

 近未来時予測概観は、特異な能力を有する超能力者――〈巫女士〉にのみ実行可能な行為で、その精度や信頼性は、観測行為担当者の能力、また心身の調子によるばらつきが、どうしても生じがちだった。

 せめて〈巫女士〉たちが、取得した情報を数値、あるいはイメージで告知できればまだマシだったのかも知れない。しかし、いくら異能があると言っても万能ではない。

〈巫女士〉たちに取ることが可能な情報伝達手段は一つ、


「本艦〈巫女士〉によ、る近未、来時予測概、観は、『霧たちて 照る日のもとは見えずとも 身はまどはれじ寄る辺あるやと』で、し、た」


――『うた』だけだった。

 難波副長の問いに答えて言った羽立情務長の言葉のように、ことだまもるひとひらの詩編――ただそれだけが、『未来』を伝える手段だったのだ。

 なんともあやふや、しかし、未来情報の獲得、また告知は、〈巫女士〉がトランス状態にておこなわれるため、その伝達方式については変更ができない。

 そもそも、未来事象の観測中は、〈巫女士〉の意識は消失している――一種のひょうい状態にあるため、告知そのものに〈巫女士〉の『主体』は一切関与していないのである。

 告知の真意をみ取り活用するには、その『解釈』が絶対的に必要なのだった。

 したがって、実に得がたい情報ながら、同時にそれはあまりに扱いにくく、ともすれば持て余され、れ物扱いされる傾向さえあった。

『解釈』しだいで内容の変わりかねない『予言』など、事後に振り返って、『ああ、あれはこういう事を言っていたのか』と憫笑びんしょうされる程度の価値しかない。

 それでは極論、それを指標に行動をおこす事など出来ないし、『予言』そのものについても無価値、無意味と言い放つ者が、(その声は大きくはないにせよ)議会や軍部に存在するのもムリからぬ事と言わざるを得ない。

〈御神籤〉という俗称は、だから生じ、ひっそり流布されていたのである。


「……ありがとう」

 わずかに遅れて礼をいうと、難波副長は、それきり黙った。

 羽立情務長もまた、自分にあたえられてある任務にもどる。

 やがて、

〈あやせ〉は、ゆっくりと舳先へさきをまわし、進行方向へ向け、艦首を指向しはじめた。

 艦首センサー群が向けられた先はるかには〈香浦〉――〈砂痒〉星系最外縁をめぐる惑星がある。

 そして、そこに居を置く星系防空部隊もまた、(その動静は未だ不明だが)星系へ進入をはかる者の探知につとめている筈だ。

(『霧が立ちこめて日が差す方向は見えなくても、身を寄せる所はあるかと迷わされないようにしよう』か……)

 難波副長は、再確認した〈御神籤〉を訳して脳裡のうりに呟き、待ち受ける未来の実相を悩ましく思い描いていったのだった。

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