近未来的過去への旅路

co.2N

第1節 過去への接続

第1節-A

 「初めまして、皆さん。私は株式会社フューション代表取締役、東雲史郎です。本日は我が社の新製品発表会にお越し頂きありがとうございます。早速本題に入りましょうか」


 「皆様は自分の人生をやりなおしたい、そう思った事はないですか?」


 全世界の人間が固唾を飲んで見守る中、その記者会見は敢行された。白を基調としたステージに登壇したのはいかにもこれまでの人生が万遍無く全て成功してきたのだろうと思われる男であり、白いスーツに赤いネクタイを着けた風貌はまさにこれから全人類に福音をもたらすとでも言いたげであった。そんな男が突然口にしたのがこんな言葉である。


 「産まれも育ちも悪い、勉強も運動も出来ない、大事な発表は上手くいかない、人生の岐路ではことごとく道を外し、気がつけば四十代、五十代。今から努力すれば良いなどという言葉はもう通用しない年齢になっていませんか。もしくは、あの上手くいっている奴はどうしていつも一発勝負をことごとく成功させられるのだろうか、とか思っていませんか。記者の皆さんの中にだってそう思う人がいるはずです。どうでしょう」


 会場内には頷く記者もいれば、これからこの男が何を言い出すか知れず怪訝な表情な記者もいる。思い思いの感情を沸き立たせる人々の耳に次に入ってきたのは、ゴロゴロとタイヤが転がる音だった。そして壇上に成人男性一人分が入りそうな白い布が被せられた箱が現れると、これから棺桶でも見せられるのではないかと会場全体がざわめく。


 「皆さんがこれを見て棺桶だ、と思うのはあながち間違いでは無いでしょう。つまり、成功している人間などそれだけの博奕に勝利した人間に過ぎないのです。成功しているから笑って生きているのであって、もし失敗していたらもう死んでいたとしてもおかしくない。無論、努力によって成功確率を上げられる分正確には博奕では無い。ですがそれにしたって世の成功者はとんでもない運を持って努力を重ねているし、成功者よりも圧倒的に多く努力した末に夢破れた者がいらっしゃる。不思議じゃないですか? 何で同じ人間なのにここまで違うんだろう、何であいつは成功して何で俺はダメなんだろう、どうしてアイツだけが一発勝負に勝てる? ……その答えが、この布の中にあるのです」


 どうぞ、という東雲の声に合わせて布が取り払われる。そこに現れたのはまさに透明なガラス張りの棺桶の様な物体である。時折棺桶には白い光が右から左に向けてゆっくりと移動していき、その光は終点である丸く青い宝玉に集められている様だった。


 「これを使って一体何をする気なのか、皆さんには分からないでしょう。これは記憶複製連結保存装置、アーエロンです。これに入ってあなたの脳内に入った記憶を複製、過去に存在しているあなた自身の身体に記憶を入れる事で過去をもう一度やり直せる、という事です。ですがこれだけならただ一度やり直せるだけ。普通の人生と変わらない。アーエロンが画期的であるのは、記憶にバックアップを取る事で過去の身体に何度でも自分の最新の記憶を挿入し続ける事が出来るという事です。簡単に例えるならゲームのセーブ機能に近い。都合の良いところで記憶をセーブし、失敗したらまた都合の良い所から記憶のみロードし失敗した要因を取り除ける。確実に成功出来る世界がもう目の前に来ています」


 ここで一旦東雲はマイクを置き、水をストローから摂取し口内を潤わせる。


 「さらに言えば、複製した記憶を過去に飛ばすというのもミソです。つまり一度過去に複製された記憶を送り込んだら、オリジナルのあなたはもういつもの日常に戻る事が出来る。あなたが過去に送った記憶が上手く過去を改変出来ればあなたの人生は劇的に良くなりますし、そもそも無限にやり直しが出来る時点でどんなバカでも失敗する危険性は限りなく低いという事はお分かり頂けるのでは無いでしょうか。そして過去で得た重要な知識は現在で持っていないとおかしいですから、常時あなたの知識は過去の自分によってアップデートされ続ける。つまり勉強する時間が無い方にもオススメです。過去の自分の記憶で勉強しつつ現代のあなたはバリバリ仕事が出来る。ある意味で新しいマルチタスク、勉学の形では無いでしょうか」


 会場は静寂に覆われた。極めて画期的な技術だと歓声をあげるべきか、倫理に反しているとブーイングを起こすべきなのか、そんな事が本当に出来るのか、何も分からなかった。この時程誰もが自らの無知を恥じた事は無いだろう。この長い沈黙を破ったのは例の男の声では無い。


 「すみません、西都新聞の大崎です。まだ質問時間に入っていないにも関わらずこの非礼をお詫びしたい――ですがどうしても聞かねばならない事があります。この技術、本当に安全なのですか? そして過去に干渉する事で、現代に大きな影響を及ぼしはしませんか?」


 立ち上がった大崎を東雲は一瞥すると、少々口元が緩んだ様に見えた。そして先ほどと同じように言葉を続ける。


 「本来はまだ質問の時間ではありません。ですが、その質問を待っていました。まずこの技術が安全であるか。これはまず九割九分安全だと言って良い。少なくとも過去に関わる人間の意志が強固であるならほぼ確実に過去をやり直し、素晴らしい現代生活を送れます。そして現代に大きな影響を及ぼさないか、という質問ですが……まさか、現代を生きる成功者全員がたった今一度の人生で成功しているとでも思っているのですか?」


 この言葉に会場は熱を帯び、ようやく先ほど存在していなかった怒号と歓声が会場を支配し始めた。記者はこの時点で本社に電話を始め、テレビの前にいる人物すらもインターネットで現代の成功者達のプロフィールを確認し始める。


 「むしろ現代はテスト段階のアーエロンを用い過去を改変した者達が成り立たせている、という事は勘の悪い人でも感づいたのではないですか? そう、タイムパラドックスが発生するどころかこれが前提として世界が進んでいるのです。つまり今のあなたたちが必死にアーエロンを用いて成功した人物を探そうが無意味。むしろ今からあなたがたもこれを使って自分の過去を変えた方が余程良い。そうしなければあなたは他の過去を改変した人間にあっという間に追い抜かされますよ?」


 記者達の熱は増し、会見場所としたグランドホテルには既に多くの団体や人間が集結し今にも人波がこの会場を破壊せんと詰め掛けていた。こんな技術が存在していてはならないという人間からいち早く自分が過去を変えるのだという意志を持った人間まで、全ての人間が野望と目論見を持って一つの会場に集結したのだ。もはや東雲の声はマイクを通してもハッキリとは聞こえない。


 「さて、良い感じに会場も盛り上がってきましたしそろそろ稼動予定日をお伝えしましょうか。と言いましても、実はもう全国各地に建造致しましたアーエロンプレイスという地下施設にて既に皆様は思い思いに過去を変える事が出来るのです。具体的な場所は株式会社フューション公式サイトをご覧下さい。もしうまく繋がらない場合はミラーサイトをいくつか用意しましたのでそちらから御アクセス下さいね。我々フューションは日本の人口に対して充分な量のアーエロンを用意しておりますが、あまりうかうかしていると田舎のアーエロンプレイスまで足を運ばねばならなくなる可能性が高くなりますのでご注意下さい。では、これにて株式会社フューションのアーエロン発表会見を終わります」

 「ではこれより質疑応答に……」


 質疑応答に入ろうという時、記者席より投げ込まれた火炎瓶が東雲を襲う。会見はこれによって中断され、テレビ中継も終了した。

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