二五節、山の裾野の村
「立ち入ったことを聞くけれど、旦那さんは? それにあなたのご両親は、二人を助けてくれなかったの?」
テオルドフィーはふるふると弛く首を振って項垂れる。
「私達の関係は義務的なものでしたから。 両親とは私が務めを果たすと決まった十三の時に別れました。 リアの父親とは……花を捧げてからリアを授かり、生まれるまでの数えられる期間しかお会いしていないのです。 責任ある立場で、常にお忙しい方で‥」
「……辛いことを言わせて悪かったわ。 教えてくれてありがとう。 私たちではあなたの両親にはなれないけれど、どうか姉兄と思って甘えてちょうだいね」
「そうだ。 そんな堅っ苦しい喋り方をする必要もない。 名前だって呼び捨てでいい。 俺たちもそうさせて貰う」
「行くところが決まってないなら、決まるまで好きなだけ村に滞在すればいいわよ。 小さい空き家があるから、そこを使えるように手配するわ」
矢継ぎ早に交わされる心遣いに、未だ曾て経験の無かった温かさに触れて、テオルドフィーの目の奥がじんと熱くなり視界が滲んだ。 その胸がぎゅっとなる昂りを抑える
「私、お二人にもリックにも、何も返せるものが無いわ……」
「私、フィーみたいな
「そうさ。 家族が増えたと思えば、ちょっとした面倒すらも楽しいもんだ」
「おかーしゃま、いたいの?」
今まで肩車を楽しんでいたアルフェネリアも、
「いいえ、この涙は嬉しくて……、胸が一杯で、溢れたのよ。 アダンさん、バネッサさん……有難う‥御座います。 お会いしたばかりの私達にこれ程親身になって下さった事、本当に感謝してもし切れません」
テオルドフィーが浮かべた笑顔は殆ど泣き顔だったけれど、バネッサもアダンもくしゃっと笑顔になって、それがリックスの表情とそっくりで、今度こそ雑じり気無しの笑顔になった。
「ほらぁ、またそんな丁寧な! ‥いや、その心意気はイイコトなんだけど、もっと気を楽にしていいのよ。 ちょっとずつ練習していきましょうね?」
「は、はい‥」
「はい?」
神妙に頷くテオルドフィーの返しに、わざとらしく器用に方眉を上げて見せるバネッサ。
「う……ん??」
「正解!」
そこでリックスが振り返って笑顔で大きく手を振った。
「フィーさん、リア、村が見えたよ!」
「ここがリック達の……」
木々を抜けてぽっかり開いた空間に出て、テオルドフィーは興味深気にきょろきょろと見回す。 正面を見下ろせば家々の隙間から遥かな地上にぽつりぽつりと別の村や町、街の灯りが見え、背後は天高く聳える山の黒いシルエットが夜空を覆い隠している。 村の標高は、山の下の方と言えども然程低くは無い様だ。
小さな村は区画整理と言う発想が無いらしく、中心に他の家より二倍以上広くて目立つ建物とその前庭と思われる広場が並んでいる以外は、無秩序に家や畑が点在している。 どの家も必要最低限と言った大きさの平屋建てで、足元を岩で堅めた上に木を軸とした土壁が立ち、それに三角屋根が乗っている。 屋根材は陶器の様な物だろうとテオルドフィーは辺りをつけた。
「私達の家はこっちよ。 村の外周にあるの。 アダンが木材の加工を仕事にしているから、都合が良い場所にこの人が自分で建てたのよ」
「えっ! 家をご自分で?!」
「……この村の家の建設には、多くの村人が携わってる」
照れてぶっきらぼうに応えるアダンを尊敬の眼差しで見上げるテオルドフィー。
「それでも、凄いです!」
「ふふっ、色んな話は全部明日にして、今日は汚れを落としてご飯を食べたら、すぐ休みましょうね。 相当疲れてるはずよ」
「家へはお前が案内してやってくれ。 俺は村長に挨拶ついでに、空き家の鍵をもらってくる」
アダンは照れ隠しにか
「わかった、よろしく伝えてちょうだい」
ひょいと肩から下ろされたアルフェネリアはばいばい、と手を振り、バネッサは「こっち、ついて来て」と二人を招く。
「あの、挨拶に私達も御一緒しなくて良いのでしょうか?」
さっさと歩き出すバネッサを慌てて追い掛けながら、一人村の中心へ向かうアダンの広い背中を振り返るテオルドフィー。
「二人が挨拶するのは明日以降、落ち着いてからでいいわよ。 そん時は村のほかの人間も、全員じゃないけど何人か呼んで顔見せするから、よろしくね」
「そうですか……、わかりました」
「さあ着いた! ここが私達の家よ。 どうぞ、中へ入って。 リックはとりあえず、二人を居間に案内してあげなさい。 そこで休めるように敷物を広げておいて」
「わかった! フィーさん、リア、こっちです」
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