第4話 ゴッドフィンガー
冒険者ギルドの食堂。
テーブルにつく俺たち三人。
俺を間に挟み、極上の美貌をもつ女たちは静かに睨みあっていた。
二人の美女が放つ剣呑な雰囲気に周囲の喧騒が徐々に小さくなっていく。
冒険者たちの視線がこのテーブルに集まっていくのを感じる。
先に動いたのは聖母のような笑みを浮かべるダークエルフの美女。
右手でナニかを握る仕草をすると一定のリズムで力強く刻み始めた。
その鋭さ、まるで長い鍛錬を積んだ剣士が見せる演武のようだ。
次に動いたのは女王のように傲慢に笑うエルフの美少女。
対抗して架空のナニかを握ると手首のスナップをきかせて変則的なリズムを取り始める。
その変幻自在さ、まるで天賦の才もった槍使いが見せる舞踊のようだ。
微笑んだまま右手を上下させ続ける女たちの視線が絡みあう。
二人が繰りだすストロークは単純な直線運動ではない。
指先の一つ一つに微細ともいえる力の配分がなされ、彼女たちが蓄積してきた高等技能が惜しげもなく使われていた。
風を切る音が響く。
方向性こそやや違うものの、どちらも卓越した超絶技巧の持ち主。
一瞬でも気を抜けない緊張感は、まるで抜き打ちの決闘のようだ。
並みの男ならば……恐らく10秒とたっていられないだろう。
芸術……いや神の御業といえるそれは高級娼婦の習いなのか。
もしくは前世で孤独に愛され、ひたすら自己鍛錬という名の果てなき試練を続けたキモメンたちだからこそ達成できた
ただ分かるのはこの対決には意味はなく、そして……。
「美人はべらかして朝からこんな場所で卑猥なことさせやがって……あいつは最低な男だな」
勝手にハッスルするTS娘たちのせいで、俺がひどく責められているということだ。
◇
早朝、イズミを連れてカオルの待つ宿屋へと戻ってきた。
イズミは高級娼館をでてからというもの、俺の顔をチラチラみてはうつむいて頬を染めるという謎行動を繰り返している。
怖いな……いったいどんな悪だくみを考えている?
不安を覚えた俺は、挙動不審なエルフの美少女に対して、おかしな行動をしないよう釘をさしておくことにした。
「イズミ、最初に俺からカオルにしっかりと説明するから、そのあとに入ってきてくれ」
「ええっと? ヒイロ、相手はおっとり屋のカオルでしょう? そのような段取りが必要なのですか?」
「ああ……以前のカオルと違うんだよ、色々とやばい……やばいのさ……とりあえず頼んだぜイズミ?」
前世のノリでいじられたら本当にシャレにならない事態になる。
見おろすと、カオルほどではないが豊かな胸をもつTSエルフ。
「分かりました……こ、これからの、わたくしたちのためですものね?」
イズミは長いエルフ耳をピンと立て可愛らしい仕草で拳をにぎる。
ただ、親指を人差し指と中指の間で挟んでいるのがなんだか嫌な感じだ。
俺はそれをスルーして部屋の扉をゆっくりと開けた。
「カオル、ただいまー、ちょっと野暮用があって外に……」
窓から差し込む朝焼けの光の中で映しだされたのは宗教画のような風景。
それは神を求めんがごとく、左手を天にかざしたカオルの姿。
彼女はギラリと鈍い輝きを放つカミソリを手首にあてていた。
え? んと……じ、自殺現場だあぁっ!?
「ぎ、ぎぇらあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ふ、ふえっ!?」
怪鳥のような叫び声が俺の口から発せられた。
カオルがビクっと体を震わせ、切れ長の瞳をぱちくりさせながら驚く。
いやいや、驚いてるのは俺の方ですぜ!?
「カオルっ!!」
しかし、色々あって荒事慣れしてしまった俺の驚愕は一瞬だ。
すぐに思考が最適行動へと切り替わる。
シュ!
凶行を止めるべく大きく手を広げながら腰をおとし、カオルを興奮をさせないようにスリ足で少しずつ歩み寄る。
この世界にきてから習得した邪を払う戦闘歩行術……四股踏みムーブだ‼
カオルは自殺現場を見つかったせいか、道端で変質者に出会ってしまった人のように顔を引きつらせていた。
「まてカオル、落ちつけ‼ 自殺なんて駄目だ‼ 今が苦しくても生きていれば良いことがある‼ 絶対に良いことがあるからさ!! だから生きろ‼ 生きてくれよ‼ ……お、俺を残して死ぬなぁぁぁぁぁぁ!!」
カオルへの説得が、いつの間にか自分勝手な絶叫に変っていた。
タンッ‼
十分距離をつめた俺はカオルに飛びつき、カミソリをもつ手をつかんで彼女の腰を抱くように体を押さえつけた。
微かな吐息、花のような香りがした。
カオルの手からカミソリが離れてカタンッと床に落ちる。
視線だけでそれを見届けてため息をついた。
室内に訪れた静寂…………ほんと、カオルさん、やめてよ、もう‼
「……ヒイロ、少しだけ緩めて?」
「あ、す、すまん」
痛そうなカオルの声に慌てて、つかんでいた手首を離した。
動揺のあまりカオルの華奢な体を強く拘束していたようだ。
今のカオルはキモデブだった男の頃と違って、皮下脂肪による拳法殺しの打撃吸収などはできない耐久力の低い肉体である。
代わりに現在のカオルには衝撃吸収できそうな部位が二つある。
あるけど、その用途はおそらく違う。
腰のホールドも解こうとしたら腕をつかまれ、俺の肩にカオルの頭がトスっと乗せられる。
ええ、匂いがした。
「ええっと、カオル?」
「もう、慌てん坊さん」
「え…………?」
母性的というのだろうか……そんな甘い声だった。
カオルの手が俺の背中に回され、子供をあやすように撫でられる。
二人の体の間で挟まれたカオルの衝撃吸収できそうな部位が、むにっと柔らかく潰れて平らに広がった。
不味いぞ、男の子な生理現象だ。
俺はヤンチャになりそうな暴れん坊を意思の力で押さえつけ、やつの前世……カビのはえた梅干のようなキモデブ顔を必死で思いだす。
「あなたの勘違いです、私は自殺なんてしないよ」
「え、じゃあ、なんでカミソリ持ってたん?」
素で返してしまった。
馬鹿……女にだってカミソリ使うことがなにかしらあるはず。
よくわからんけど、たぶん、おそらく……?
どうやら大量の血が海綿体の方に回っていて頭が上手く動いていないようだ。
そんな俺にカオルは唇をわずかに尖らせ、拗ねたような色っぽい表情をみせる。
……俺の暴れん坊が暴れん坊将軍になりそうだぜカビ梅干しを思いだせ。
「もう……女には、男に言えない秘密もあるのよ?」
「お、おう、そうか……その、すまん?」
うん、女の秘密ね……。
湖畔で優雅に泳ぐ白鳥は、水の中では必死に脚をバタつかせているというあれかな?
カオルに抱きつかれたまま哲学的なことを考え、腰を後ろにくいくいと引いた。
カオルはチラっと下を見て、クスリッと笑うと、ほっそりとした人差し指を俺の唇へとあてる。
「フフ、安心してくださいねヒイロ、私はあなたを一人残して逝かないから……ずっと、ずっーと
「………………」
不味い感じで言質を取られてしまった気分。
「ところでヒイロ
「何だろうカオル
カオルは俺の胸でのの字を書きながら、上目つかいで微笑みを浮かべる。
「私じゃない……女の匂いがするけど、昨晩はドコでナニしていたのかなぁ?」
俺は速やかに土下座した。
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