性癖談義

カズラ

第1話 絶望顔好きのA

 絶望とは。

 時に理不尽で、時に優しく、人を包むもの。

 そうそれは一種の愛にも感じる。

 そうそれは一種の許しでもある。

 

 それに惹かれないものは、はたして本当にいるのだろうか。


「諸君、聞いて欲しい」


 諸君、と私は口にするが、目の前には一人の友人しかいない。

 いや、それはこの際どうでもいい。些細なことだ。

 私はただ説きたい。


「私は推しの絶望顔が好きだ。推しが絶望する過程が見たい。推しが希望から叩き落されるのが愉悦すら感じる。絶望の後、復讐に燃えるのもいいその復讐を達成して、虚無感に襲われ、新たな絶望に堕ちる推しも、私は分け隔てなく愛すだろう。あの光を失った瞳を欲してしまう自分がいる。その瞳で私を見てほしい。そう、これは愛だ。これは紛れもなく推しへの愛、そして慈しみの心だ」


 そこまで言い切って、私は目の前に友人がいたことを思い出す。

 彼女の表情はただめんどくさそうに髪をいじりながら、私の顔を見つめてくる。

 そうか、お前には理解できないのか。


「あんたの愛情は歪んでるねぇ」

「え、どこが?」

 

 はて、私のどこが歪んでいるのだろう。

 私はただ推しの絶望顔が見たい、ただその一心なのだ。

 そこに歪みや狂気はあるか?

 いや、あるはずもない。

 だって私は推しを愛しているだけだから。 


「普通推しにはハッピーになってほしいもんでしょ」

「わかっていないな友人」


 やはりこいつは凡人だ。


「は?」

「いいかい? 友人」


 推しの絶望顔は可愛くて、美しくて、そして鬱くしい!

 そう、そこには闇がある。

 その闇の中にいる推しが好きだ。

 その闇の中を必死に這いつくばる推しに手を差し出したい。


 例えば正義感の強い高校生は。

 例えば愛されたがりの男の子は。

 どの推しの絶望顔も私にとっては等しく愛おしい。

 いや、等しくといっても、推しごとに絶望のシチュエーションは違う。

 正義感の強い高校生なら、自分の正義が敗れ、敵に屈したとき。

 愛されたがりの男の子なら、愛情に裏切られ、崩れ落ちたとき。

 双方の表情は無表情もいいが、笑っているのもまた一興だと私は思うよ。

 とは言っても、これらはただほんの一例にしか過ぎない。

 推しにあったシチュエーションならなんでもいける…私は雑食なのかもしれない。しかし、だ。

 推しに合わないシチュエーションには吐き気がする。

 偏食?

 そうかもしれない。

 ただ、私は推しには私の理想とする絶望に堕ちてもらいたい。ただそれだけ。


 絶望の後は敵側に堕ちるのもいい、絶望したまま何もできなくなるのも構わない。

 欲を言えば絶望した推しをひたすら愛し続けたい。

 絶望し、お人形のようになった推しを愛でたい

 絶望し、妙に明るくなった推しの手助けをしたい。

 推しの絶望を行く末を全部ひっくるめて見守りたい!

 しかしそれは欲深すぎる! 知ってる! わかってる!

 そうだ、傍で見守りたいなどおこがましいことなのだ。

 私と推しは違う。

 推しは特別なのだ。

 でもそう思うんだから仕方ない。

 彼女が私を変人だと思おうが、私の脳内は今日も快適で平穏だ。

 私の推しは今日も可愛い。それだけで私は今日も生きることが出来る。


「なんか論点ずれてない?」

「え、そう?」

「ってか思ったこと言っていい? お人形のようになった推しを愛でたいって言ってたけどさ、そこは推しのお人形じゃダメなの? 光うつさないよ? 絶望顔も自由自在でしょ」

「わかってないな友人」

「は?」


 彼女の口調が厳しくなった気がする。

 いや、怒りたいのはこちらなのだ。

 何故、何故わかってくれない。


「いいか、友人」


 お人形では駄目なのだ、だってそこには推しの意思がない。

 私はお人形遊びにはこれっぽちも興味がない。

 絶望顔もある種の意思のある表情だと私は考える。

 そう、絶望は一種の人の想いなのだ。

 強い心情の表れなのだ。

 強い意思を持った人は美しいだろう?

 だから強い絶望をもった推しは美しいんだ、魅力的なのだ。

 ここまで言えば理解してもらえるだろうか?


「いやいっこもわかんないわ」

「え、なんで?」

「ってかそこまで絶望顔好きならもう二次元じゃなくてよくない? リアルにも絶望背負った人絶対いるって」

「大丈夫か友人」

「は?」

「私は推しの絶望顔が好きだって言ってるんだよ? リアルの絶望顔とか怖いじゃん……。え、リアルもいけると思われてるの? こわ……」


 そうだよ、怖いよ。

 何故推しがリアルにいるのだ?

 何故推しが三次元如きの人間と比べられなければならないのだ?

 推しだぞ? 推しぞ?

 何故そんなおこがましいことが言える?

 推しだぞ? 我が推しぞ?


「誰も! そんなことは! 願ってなどいない!」


 その瞬間、友人が無表情で私に手を振り上げた。

 何故だ。

 私の推しはこんなにも可愛いのに。

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性癖談義 カズラ @kazra_3

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