モンスターの妹

@Akamimi

日課


 この世界は沢山の理不尽で溢れかえっている。

 昨日まで何事もなく村で暮らしていたのに次の日には敵国の兵に燃やされたなんてよくある話。

 昔はそんな事も無かったらしいけど、少なくとも私が生まれる前から戦争の取り決めなんてあって無いような物になっていて、取り敢えず決めた場所に人を集めてぶつけ合う意外はほぼ何でもありってどこまでも腐っている。だから人間は嫌いだ。


「薬草を摘んできた、買い取り、お願い」


「あ、はい、いつも質の良い薬草をありがとうございます」


 私の職業は冒険者ギルドの冒険者であり、冒険者ギルドで稼いだ金で学校へ通う学生でもある。


 こうやって薬草を摘んでくるのは日課でありたいした労力じゃない。


「サルタナ様の今回の報酬は5000ゴールドとなります。ライセンスをお返しします」


「ん……」


 他人をだまくらかす事しか考えてなさそうな不快感を抱かせる顔で渡してくるのをフード越しに笑顔で返す。

 笑顔で返しつつも羽織っているローブの大きく広がった裾を合わせ、見えないようライセンスをハンカチで拭く。


 正直冒険者ライセンスなんてコイツらが作った理不尽を示す物を持つ事なんて不快しかないけど、この社会の中で生きるためには必要な事と割りきっている。


 割りきっているけど、コイツらに直接手渡された物なんて不快だ。


 早く人間社会とはおさらばしたいけど、私には知識が必要。

 だから金を集めて学校へ行く。


 そして………


「殺してや……」


 いけないいけない。

 思わず口に出すところだったけど、ブカブカな裾で口を押さえる形で止める事ができた。


 とても小声だったため聞こえなかったようだけど私の行動を不思議に思ったのか首を傾げている。


「なんだよ、"薬草狩りの狂犬"はこんな大変な時でも……悪かったって」


 背後から気安く私の頭に手を置こうとしたオスの手首を掴み、握り潰そうと力を込め……たいけど我慢。

 残念な事に今は潰す事は叶わないが。


 しかし、コイツまだ私を女と思って甘くみているの?

 普通にやっても無理なら背後からなんて、私は例え眼を失おうが物を見ることができるのに。


 このオスにその事を教えてやる義理は無いけど。


「チッ……次は無い」


「おぉ怖い怖い。それで狂犬様はゴブリン狩りに行かないのか?村が見つかって大変なのにな?」


 この男の言う薬草狩りの狂犬というのは冒険者としての私の二つ名ということになっている。

 なんでも私が薬草しか摘んでこないのに街のゴミを何匹も返り討ちにしてる所からその名が付いたらしい。

 私はCランクと年齢のわりに高いのも二つ名が付く過程が原因で、叩きのめしたゴミの中にはCランクの冒険者パーティ単位でいたから。

 いくら酔っ払いとはいえ上のランクでしかも5人纏めて叩きのめした事実が誰かに冒険者ギルドのそれなりの存在に見られていたのだと思う。

 それで実力を認められてBでもよかったらしいがまだ16で成人少し前の子供だからとCらしい。

 ちなみにこの国の成人は18だ。


 このオスはその時に叩きのめしたゴミの仲間だったが、片付け役として見逃したのが失敗だったのだろうか?

 何故絡んでくるのだろうか?いい加減殺してやりたい。

 お前らの使い道なんて野犬の餌か肥料しかないだろうに………


 ……悪い印象を持たれる訳にはいかないが、この手の絡みはギルド職員も散々見てるし多少は過激に言っても印象は悪くならない……よね?

 それに、今までは不味かったが、今はもう殆ど終わってる……

 なら、物は試し。


「…合法的にお前を殺せて金が貰えるなら喜んでやる」


「あ?俺がゴブリン並みって言いてえのか?」


「お前らがもらたす利益と問題はほぼ同率でしょ?問題ばかり起こす、けれど討伐ができない分お前達の方がたちが悪い。なのに自覚無いの?なら自覚できる彼ら……ゴブリンの方が賢い」


 彼らが人間を襲うのは生きる為だ。

 兎を捕まえるより、鹿を捕まえるよりずっと捕まえやすいのがヒューマン。

 それ意外に理由なんてなくて、ただの食物連鎖でしかなく、人間と違ってゴブリン同士で殺し合いはまずしない。

 何故なら、同じ知的生命体だと思っているからだ。


 そして食物連鎖で弱肉強食の中にいるのだから当然覚悟もできている。

 もし殺されるとしたら自分が弱かったからと自覚できる。

 だからころゴブリンの方がずっと賢いと思ったから私は素直に感想を述べた。


 そもそもゴブリンが増えたのはお前らが定期的に間引いておけばこんな事にはならなかっただろう。

 ゴブリンの売れる場所は無い。

 角も売れなければ血も使い道が無い。

 だからといってモンスター専門の傭兵同然の冒険者がゴブリンを放置しすぎた結果で自分達の責任なのに何を言っているんだか。


 呆れ返って述べた感想にこのオス、懲りずに腰の剣に手をかけた。


 ………動作遅すぎ。


「ガァッ!!!」


 私はナイフを突き刺し剣と手をくっ付けた。

 ナイフを抜かない限りその手は剣から離れる事は無い。


「いてぇ……くそがぁ……」


 チラッと職員の方を見るが職員はあまり動揺しておらず、またか……とでも思っているのか嫌そうな表情を隠しもしてない。

 実際日常茶飯事だしね。私がするのは珍しいけど。


「先に手を付けたのはお前、正当防衛。その手が何よりの証拠。そのナイフはあげる、遠慮無く貰って」


「そのまま死ねば良いのに」と言う言葉は飲み込む。

 敵対は最低限に押さえなければ。


 いくら冒険者が働き口の無い者が陥る完全実力主義の犯罪者予備軍の溜まり場だとしても押さえるべき。


 私はある程度は好かれなければならない。

 受付の人間の真似をしてコイツらに向ける表情を作る練習もしたし、積極的に雑用の依頼も受けてこの街に大きく貢献し、授業も真面目に受けてとにかく気に入られようと努力している。


 今回学んだが、こういう奴は傷付けても問題無いが殺してはならない。今までは傷付けるのも避けていたけど我慢の限界だったので良い収穫だ。


 目の前のコイツはこの街で殺人をした事があるが、それでも、それでも私の評価の為にコイツを殺す事はしてはならない。

 そうしてしまえば今までの努力の何割かが無駄になる。


 そこまで考えたところで、受付のメスと目が合い、外でやれと言いたげな笑顔を向けられた。


 だから私はこのオスをひんつまんでギルドの外へ放り投げてから笑顔で返した。


「大丈夫、アイツの仲間に神聖術の使える奴がいる。だから問題無い。それよりアイツ、反省してほしい」


「やった気持ちは分かりますけど、サルタナ様も反省してくださいね。……しかし、サルタナ様は噂通りとても強かったのですね。ゴブリンの集落を崩すのには参加されないのですか?」


「…………盗賊ならやるけど、ゴブリンは怖い」


「あ……すいません………」


「ん………」


 良し、なんとか切り抜けられた。

 ヒューマンが抱くゴブリンのイメージって風評被害も良いところだと思うけど今回は助かった。


 別にゴブリンが怖いんじゃない、ゴブリンを狩る意味を見出だせないからだ。

 そもそも彼らは基本的"言葉が通じて強者であれば敬意を表する"種族で、それは鬼全体に言える事だ。

 鬼はゴブリンだけでなく、オークもオーガもそんな感じであり、しかも私はメスだから慣れてなくて多少手荒になっても紳士的に扱ってくれるだろう。

 ヒューマンに襲われてすぐであったりしなければ、私が酷い扱いは受ける事は無い。


「それより……これを受けたい」


「あ、積み荷の下ろし作業ですね、了承しました」


「ん、ありがとう」


 散々練習した笑顔を見せて私はいつもの質問を切り出す。


「……ラミアの目撃情報は無いの?」


「今日も残念ながらありませんね」


 このやり取りは来る毎に毎回している。

 ギルドにはどうしてもラミアの素材が欲しいから真っ先に教えて欲しいと伝えているが、それでも毎日聞く。

 私がどれだけ本気かどうか分りやすき伝えるために。


「残念、行ってくる」


 知識を蓄えて、薬草を取って、街に貢献する。

 これが私の1日で、それはゴブリンのスタンピードが起きそうな状況だろうが変わらない。


 仕事を終え安い自宅に戻った私は取ってきた兎で料理をし、食べる前に木像に話しかける。


「今日は少し変なのに絡まれたけど、とくに問題無く過ごせたよ、だから私は明日も頑張るね、姉さん」


 私の姉を模して作った像に明日も頑張ると告げてから食事を取る。

 これも日課だ。


 私はゴブリンなんか怖くない、ゴブリンなんかよりも、ヒューマンの方がずっと怖い。

 なんでヒューマンにはそれが分からないのだろうか?

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