第15話 セレスの勧誘活動_1
バーランベイン王国首都マクベルの外れに位置する、王国軍墓地。
その一角にシャロン・ブルーがいた。
カケルと共に魔王軍幹部を撃破したあの日から、既に三日が経過している。
あれからカケルとは会っていない。彼は今王城で賓客としてもてなされているようで、騎士団の一部隊の隊長に過ぎないシャロンとは会う機会もなく、その理由も特になかった。
魔王軍幹部撃破の功績により何らかの褒章を賜ることになるだろう、といった話が出ていたが、それも今のところ動きはなく、シャロンは事実上の待機状態にあった。
ただ、墓地に足を運んだのは単に時間を持て余しているからではない。
彼女の部隊員の内四名が、つい昨日この墓地に埋葬されたからだ。
「……」
シャロンはごく平凡な家庭に生を受けたにも関わらず、非常に優れた白魔法の才能を持って生まれた。
王国一の名門校、アルバーン王立魔法学園を首席で卒業し、そのまま軍に入隊。小さな部隊ではあったが、新兵でありながら副隊長の立場を任された。
そして一年もしない内に、同じ隊の隊長が戦死したことを受け繰上り的にシャロンが隊長へと駆け上がった。弱冠一八歳にして異例の昇進劇は、軍内でもよく語り草になっている。
不慣れな隊長の任でありながらここまで大きな問題もなく任務をこなせてきたのは、外ならぬシャロンの生真面目さと器量によるものではあるが、何よりも幸運だったのは優秀で温かな部下達に恵まれたことだった。
彼らは年下の少女が隊長として自分たちの上司になることにも大きな反発を見せず、むしろシャロンを常に支えてくれた。
彼女にとっては何よりも得難い、家族も同然の絆で結ばれた隊員達だ。
「…………」
――そんな隊員を、四人も失ってしまった。
アーグヴァランとの戦闘において、シャロンの部隊は彼女以外全滅した。
皆重傷を負い、誰が死んでもおかしくないような状態だったが、あの魔族を相手に一五名が生存したと考えれば十分な結果ではある。
が、シャロンはそんな風に割り切れなかった。
自分があの場にいれば、目の前の墓石の数が減ったかもしれない。
そう考えると、アーグヴァランを倒したなどという栄誉も無価値に思えた。ただ、もう二度と彼らに会えないという事実が辛かった。
あのとき、カケルに半ば強引に連れ去られる形で、シャロンはアーグヴァランとの戦闘から離脱した。
それはアーグヴァランを倒すために必要な行動ではあったが、結果的に彼女は自らの部隊を丸ごと囮にして時間を稼いだことになる。
生き残った誰もシャロンを責めはしなかった。むしろ魔王軍幹部を打倒した彼女を称えてくれた。
だが、それがまるで慰められているような気がして、余計にシャロンは罪悪感を強く感じた。
「褒章なんて……いりません」
そんなものをどんな顔で受け取ればいいのかシャロンには分からなかった。
いっそ、そんな話自体流れてしまえばいいのに、と思った。
「では何がお望みですか?」
そのとき、不意に背後から声をかけられた。
「あなたは……」
振り返ると、一人のメイドが立っていた。
「セレスさん……でしたか?」
カケルと共に王城に召集された際に会ったことがある。
ミルフィ王女の使用人を務めているメイドだったはずだ。
「はい。覚えていてくださり光栄です、シャロン様」
「えっと……何か御用ですか?」
「国からの褒章に不満がおありのようでしたので、シャロン様が何をお望みになられているのか気になってしまったもので」
う、とシャロンは気まずい表情を浮かべた。
「……聞いていたんですか」
「偶然聞こえてしまいました。無礼をお許しください」
「いえ……。そういう意味で言ったのではありません。ただ、私には過分な評価だと思っているだけです」
その返答もまたシャロンの本心ではないが、つい誤魔化してしまった。
「魔王軍幹部を倒されたのですよ。どれほどの評価をされようとも過分にはならないかと」
「カケルさんの力です。私の分までカケルさんを称えてほしいくらいです」
そのときセレスの目がわずかに細まったことにシャロンは気づけなかった。
「カケル様のこと、お慕いしているのですね」
「……そうですね。不思議な方だとは思います。普通の男性にしか見えないのに、凄いスキルを持っていて、気が強いのか弱いのか、臆病なのか勇敢なのか分からないというか」
「……」
森で出会ってからこれまでのカケルとのやりとりを思い出しながら、カケルの人物像をぽつぽつと語るシャロン。
セレスはそんなシャロンをつぶさに観察しながら、彼女の言葉をじっと聞いていた。
「聞けば、カケルさんの世界は魔物のいない世界だそうですね。そんな世界からいきなりあの森に転移されて、アーグヴァランとの戦いはほとんど初陣に近かったとか」
「そのときのカケル様は、どのようなご様子でしたか?」
「緊張されているようでしたが、一方で随分と覚悟は決まっている様子でした。初陣であれだけ頑とした動きができる人はなかなかいないでしょう」
「カケル様は稀有な才能をお持ちの方だと?」
「才能……そうですね、そうだと思います。私の部隊がアーグヴァランと戦闘を開始してから間もなく、カケルさんは私を連れて撤退しました。思えば、あの時点で既にアーグヴァランを倒す策を構築されていたのでしょうね」
「……」
「普通の人なら、私達の加勢があった時点で私達を囮に一人逃げ出そうとするものです。しかしカケルさんはアーグヴァランからは逃げられないと察し、迎撃を決意しました。……誰にでも出来る事ではありません。勇敢な方だと思います」
「……」
「そういう意味で、カケルさんには才能があると思います。結果的にはその作戦がピタリとハマってアーグヴァランを倒せたわけですしね」
「なるほど。カケル様はまさに勇者に相応しいお方だということですね」
「勇者……そうですね、あの人なら、本当に今人類が置かれている危機的状況を打開できるかもしれません」
不意打ち紛いの奇策とはいえ、魔王軍幹部中で最強格と目されていたアーグヴァランを、極わずかな戦力だけで撃破した功績は大きすぎる。
それも突発的な事態により起こった戦闘によってだ。今後カケルを鍛え、より潤沢な支援のもと彼を運用できれば、希望はあるだろう。
「我々もそう考えております。やはりシャロン様は私が思った通りのお人でした」
「我々……? それはどういう……?」
「単刀直入にお聞きします。シャロン・ブルー様。カケル様のパーティメンバーに加わっていただけませんか」
「え!?」
思いもがけない提案に目を丸くするシャロン。
「パーティメンバー? 私がですか?」
「はい。カケル様は冒険者への転職をお決めになられました。しかし勇者様であらせられるカケル様を、そのような危険な稼業にお一人で放り出すわけにはまいりません。ですので、我々の方で相応しい優秀な方々にお声をかけさせていただいております」
「冒険者、ですか……」
意外だった。てっきりカケルはどこかの軍の部隊に配属されると思っていた。
まさか冒険者とは。
そして、そんな交渉事を何故セレスのような一メイドが行っているのか、という疑問も浮かび上がる。が、それはひとまず飲み込んだ。
「はい。他のメンバーの詳細はまだお答えできませんが、ヤマモト様には既にご快諾いただいております」
「ヤマモト……あのスライムの?」
「はい。カケル様。ヤマモト様。そして貴女様が加わってくだされば、まさにアーグヴァランを打倒した時と同じ布陣。是非、前向きにご検討いただけませんか」
「……光栄なお話ですが、私には私の部隊があります。冒険者へと転身するわけにはいきません」
「軍を退役される必要はありません。あくまで、勇者であるカケル様の護衛任務、とお考え下さい。当然期間中は軍から給金が発生いたします。加えて特別任務への手当。また冒険者稼業によってパーティが獲得した報酬は、当然シャロン様にも分配されます」
金銭的なメリットを大きく強調するセレスだが、シャロンが重視している観点はそこではなかった。
「そうではなく、私には部下である彼らを率いる使命があります。彼らをおいて、私だけが冒険者稼業に従事するのは……」
「しかし、聞けば貴女の部隊員の方々は現在アーグヴァランとの戦闘により大損害を被ったとのことですが」
「……それは」
それに関してはセレスの言う通りだった。
今彼女の部隊員は全員が重傷を負っており、一人としてまともに任務に出れる者はいない。
部隊の再稼働には少なくとも一月ほどの時間が必要だろうと通達を受けた。
その期間中、ただ一人活動可能なシャロンの軍務についてどうなるのかは、確かに彼女も気になっていたところだ。
「部隊が復活するまでの、期間限定での任務、ということですか?」
「厳密には、騎士と冒険者の二足のわらじで活動していただきたいと思っております。騎士としての地位が失われることは決してありませんし、貴女の部隊が解体されるようなこともありません。お約束いたします」
「……どうしてそこまで私などに拘るのですか? 私より優秀な白魔導士なんていくらでもいます」
「先程も申し上げましたとおり、シャロン様には既にカケル様と共にアーグヴァランを討伐されたという偉大な実績がございます。またアルバーン王立魔法学園を首席で卒業されたその才覚は、既に名のある大魔導士にも劣らないかと。若くして騎士団の部隊長としてご活躍なされたことも、非凡な能力をお持ちの証明かと」
「買いかぶり過ぎですよ、私なんて……隊長の任につかせてもらっているのも、隊長としてやってこれたのも、私の実力ではありません」
「ご謙遜を。勇者様のパーティメンバーです、どなたでもいいわけではありません。貴女のような方こそ相応しいと確信しております」
「……」
セレスが過剰におだてているように感じてしまうのを、シャロンは自身の自己評価が低いからだと好意的に解釈した。
「それに、これはカケル様の強い希望でもあります」
「え? カケルさんが、でずか?」
「はい。白魔導士をパーティに加えるのであれば是非シャロン様を、と。いえ、シャロン様以上の方はいらっしゃらないとまで仰っておられました」
「……」
不思議なことに、どんな賛辞よりもその言葉の方が、よほどシャロンは喜びを感じた。
カケルはあの森でシャロンを必死に説得し、策を展開し、アーグヴァランを前に果敢に立ち向かった。
そんな彼に、シャロンは知らない内にある種の羨望のようなものを抱いていたのかもしれない。
「……軍から正式に指令が出されれば、騎士として当然従います。ですが私見としては、やはり私などよりも相応しい方がいらっしゃると思います」
「――畏まりました。では後日改めて、詳細を書面にてお送りさせていただきます。そちらをご確認いただいてから、再度お返事をお聞かせくださいませ。何卒、前向きにご検討いただきますようお願い申し上げます」
堅苦しい挨拶を残し、セレスは最後に一例してその場から去っていった。
再び静寂の戻った墓地に佇みながら、シャロンはセレスの言葉を思い返していた。
「……冒険者かぁ」
自分には縁遠い稼業だと思っていたが、まさかこんな形で自分と結びつくとは思っていなかった。
冒険者に偏見があるというわけではないが、今誘われたのはそんな単純な話ではない。
勇者パーティの一員になるという話だ。
そんな重責を担えるような自信がない、というのが正直なところだ。
これがただの勧誘であれば、シャロンも断ったかもしれない。
「……カケルさんが、是非、私を……ですか……」
だがセレスにそう言われたとき、自分でも驚く程気持ちが揺れたのを自覚していた。
あの森でアーグヴァランに遭遇してしまったのは、シャロンにとっても不測の事態だった。もしあのまま真正面から戦いを続けていれば、間違いなくシャロンを含め部隊員は全滅していただろう。
カケルには大きな借りがある。
彼のパーティメンバーになることでその恩が返せるのであれば……。
――そして、シャロンは決断した。
「少々、誤算でしたね」
墓地から離れたセレスは今の交渉の手応えに苦いものを感じていた。
カケルのパーティメンバーの候補として挙がる者はさほど多くない。
まずはヤマモト。彼女はカケルが冒険者になると決める前から既にカケルのパートナーになっていたようだし、ほんの数分にも満たない交渉で快諾してくれた。
最初はスライムなど何の役に立つのかと嘆息したものだが、これが面白いことに考えれば考えるほどに彼女が有用であることに気が付いた。
実際アーグヴァランを撃破した際も、ヤマモトの助力があってこそだったと聞いている。
カケルのスキルは強力だが、自身には補助をかけられないという致命的な欠点がある。
つまりカケル自身の戦闘能力は極めて低いのだが、それを補えるのがヤマモトの最も特筆すべき点だ。
ヤマモトに補助魔法を施し、それをカケルが武器として使う。まさにその策によってアーグヴァランの撃破に成功したのだ。
カケルは現時点では攻撃力しか上昇させられないようだが、今後防御力も上昇させられるようになれば、ヤマモトはスライムの特性を活かして身体を任意に変形させ、カケルの剣にも盾にも鎧にもなれるというわけだ。
ヤマモト自身もスライム種の中では知性が高く、カケルにも従順な姿勢を示している。
また地竜とアーグヴァランという二つの強敵を倒したことで、何気にヤマモトのレベルもそれなりに上昇しており、今後の成り行き次第ではヤマモト単体で戦力として数えられることになるかもしれない。
ヤマモトのおかげでカケルが抱える最も大きな弱点がいくらか埋められたことで、カケルのパーティメンバーの人選もかなりしやすくなった。
何故なら、敵の攻撃を引きつける盾役を一人減らせるからだ。
カケル。
ヤマモト。
セレス。
戦士。
白魔導士。
黒魔導士。
この六名によるパーティが最も適切だとセレスは確信した。
カケル自身が脆弱であり、絶対に護らなければならない存在であるため、どうしてもカケルを常に守護する者が必要になる。
だがそうなると逆に、それ以外の者たちが盾役なしに戦うことになる。だがセレスを含め、他二名の魔導士は近接戦を嫌う。彼女らを護る戦士が、本来であればもう一人必要だったのだ。
だがヤマモトによりカケルがある程度の自衛を可能とするならば、戦士職を一人減らすことができる。
これは大きなメリットだ。
パーティの規模は可能な限り小さい方がいい。
カケルはあまり危険な任務には出せない。だが危険度の低い依頼は報酬が少なく、大人数で分けるのは取り分が少ない。
またそんな低難易度の依頼に、優秀なメンバーが大人数で向かうのも馬鹿らしい話だ。カケルはむしろ退屈を感じてしまうだろう。
それではカケルへの接待にならない。カケルはあくまでも冒険を望んでいるのだ。
それに、カケルのパーティメンバーの条件はかなり厳しく、若く美人で、優秀で、責任感がある人格者でなくてはならない。
そんな人材はそう易々と見つかるものではない。
役職被りのない六名の少数精鋭パーティ。これが最善だとセレスは考えた。
集めなければならないメンバーは三人。戦士、白魔導士、黒魔導士だ。
真っ先に思い浮かぶのは当然シャロン・ブルーだった。
彼女は既にカケルとの共闘経験があり、魔王軍幹部を撃破した実績がある。
実力、経歴、いずれも文句はない。まだ二十歳を迎えておらず、カケルと同年代というのも素晴らしい。
容姿も十分に美少女と言えるレベルであり、性格も非常に良いと軍内でも評判だ。
カケルは白魔導士ではあるものの、まだ白魔導士としては見習いだ。彼に白魔導を教える人間は不可欠だし、パーティとしてもカケルが白魔導士として機能するようになるまでは誰かがその役を担わなければならない。
彼女も少なからずカケルを悪く思っていないだろうし、彼女以上の適任はいない。
そして今シャロンと直に話してみて、その予感は確信へと変わった。
彼女は思いのほか正確にカケルの人物像を把握していた。アーグヴァランを倒したという偉業による先入観をさほど受けず、カケルに適正な評価を下していた。
その上で彼女はカケルを高く評価しており、おそらく交渉も上手くいくとセレスは踏んだ。
「……」
しかし、結果は拒否寄りの保留。
セレスとしても悪くない条件……いや、かなり優良な条件を提示したつもりだった。
だがシャロンは終始後ろ向きな姿勢を見せていた。
騎士をやめて冒険者になれなどと言われれば誰でもそうなるだろう。
故に騎士と冒険者の二足のわらじというスタイルを提案したわけだが、それでもシャロンの食いつきは弱かった。
最終的には、軍から正式な指令を出せばそれに従うという話でまとまった。
……が、これはセレスが望む形ではなかった。
この計画の立案者であるミルフィは王女ではあるが、軍とは関わりをほとんどもっていない。
正確には一部の軍人とのコネクションはあるものの、表立って部隊を動かすようなことはできないのだ。
特にカケルに関してはデリケートな話題で、今様々な組織が彼を内部に取り込もうと暗躍している。
そんな状況でミルフィが軍にかけあって特定の個人をカケルのパーティメンバーに加入させるような真似は、無用な軋轢を生むだけだ。
軍から正式に指令を出す方法は、できても精々一度が限度だとミルフィにも断言された。
その一回は、できれば次のターゲットである騎士に使いたかった。
シャロンとカケルの経緯、シャロン本人の性格を考えれば、ここはなんとかシャロンには自分の意思でパーティメンバーへの加入を決意してほしかったが……。
「……仕方ありませんね」
しかしシャロンは絶対に欲しい人材だ。
たった一度の切り札を彼女に使うことになるが、仕方がない。軍に掛け合って正式にシャロンに指令を出すしかないだろう。
そうなると、盾役として候補に挙がっていた騎士を変更する必要がある。
彼女は見事にカケルのパーティメンバーとしての条件を満たしているが、彼女は騎士であることに強い誇りを持っているタイプだ。
軍からの指令なしには冒険者などに身を窶すことはないだろう。
「代役を立てる必要がありますね」
となると、他に条件に当てはまりそうな戦士は……。
思案を巡らせるセレス。
彼女の奮闘はまだ終わらない。
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