第5話 友好関係

 1年2組は4階にある。教室には如月きさらぎ紗夜さよがいた。紗夜は幼稚園からの親友だ。

「ちょっと、忠義。あんたの話はそこまでにしなよ。瑠璃が困ってる」

「えええ、そう? なら仕方ない。またの機会にでも」

「うん。ありがとうね」

 紗夜に助けられた。紗夜は人の思っていることをズバズバ当てる。彼女には、どんな嘘も通用しない。今もだ。瑠璃は表情に出していないのに、困っていることを見抜かれた。心の中を覗かれているような気もするけど、とにかく今は素直に紗夜に感謝したい。

 忠義はカバンを机に置くと教室を出て、隣のクラスへ行った。多分3組の鈴木剛すずきごうのところだ。聞くに同じ小学校出身らしく、仲も良いらしい。

「今のはありがとう。忠義くんには悪いんだけど…」

「大丈夫。忠義の方も話し過ぎだと思ってた。瑠璃は悪くない」

 それなら、忠義への申し訳なさを感じなくて済む。紗夜の言うことだから本当なはずだ。瑠璃は彼女のことを心の底から信じている。

「何か言いたげね。いい夢でも見たんでしょう?」

「さすが紗夜。わかってる。じゃあ聞いて」

「うん。いいよ」

 紗夜にも忠義と同じ昨日見た夢の話をした。紗夜には人の考えていることがわかる、テレパシーでもあるのだろうか? 忠義の時よりも夢の詳細を説明し、わかってもらえた。

「おい瑠璃ぃ!」

 教室の入り口でそう叫んだのは野沢慎治のざわしんじだった。

「あれは…かなり怒ってる」

 紗夜がそう言うのを聞いた後、瑠璃は慎治に近づいた。

「ど、どうしたの、慎治?」

「オレのこと、騙しやがったなぁ!」

 え…? 全然記憶にないんですけど…。

「わ、私、何かした?」

「なーにが、『一緒に夜ご飯食べたいから5時に、校門前で待っててね』だよ! お前、3時間待っても来ねえじゃあねえかよ!」

「ちょっと待ってちょっと待って。私、そんなこと言ってないよ?」

「嘘つけ! 確かにオレはこの耳で聞いたんだぜ? お前からな!」

 慎治は自分の右耳を指さしながらそう言った。

「待って、慎治。瑠璃は嘘をついてない」

「ああ? 紗夜、口を突っ込むなよ。オレは今、瑠璃と話してるんだぜ!」

「教室の入り口でそんなに大きな声で叫ばれて、干渉するなって言うほうが無理。それに、瑠璃は嘘をついてない。私にはわかる」

 慎治とは同じ小学校の出だ。つまり紗夜ともその頃からの付き合い。だから、慎治も紗夜の言うことが本当であることは十分わかっている。だから今の紗夜の言葉には、説得力が十二分にある。

「じゃあ、オレが嘘ついてるとでも?」

「いや、あんたが言われたことは本当。でも言ったのは…」

「璃緒!」

 三人が一緒に声を上げた。有り得る。璃緒が瑠璃のフリをして、慎治に近づいたのだ。

「じゃあなんだ、オレは双子に化かされたのか! くっそー璃緒め!」

 慎治の怒りは完全に璃緒に向いた。瑠璃は疑いが晴れてホッとしたが、それはほんの一瞬だけ。璃緒が、自分のフリをしたのが大問題だ。ひょっとして、そうやって、他の男子にも近づいてる…? それは困る!

「璃緒って確か、1組だよな? ブッ飛ばしてやる!」

「無駄だよ、慎治。璃緒はまだ、家にいるよ。いつも遅刻ギリギリで学校にくるもん」

 瑠璃は璃緒を守るためにそう言ったわけではなかった。慎治に、今は意味ないということだけ伝えるつもりで言った。それに、私も璃緒を問い詰めてやりたい。璃緒には悪いが、彼女は一度痛い目見るべきだ。それで性格とか、直ればいいんだけど…。


 やがて教室にみんな集まり、朝の会、授業、給食、昼休み時間、また授業、帰りの会と単調に時は流れた。

 放課後。瑠璃は慎治と一緒に、1組に乗り込んだ。

「璃緒!」

「なあに、瑠璃?」

「なあに、じゃねえ! お前オレを騙しやがったな!」

 慎治のその言葉を聞いても璃緒は少しも驚かず、焦らず、

「え? 何のこと? 私よくわかんないんだけど?」

 と返した。しらばっくれるつもりである。

「ちょっと、璃緒。お願いだから本当のこと言って。慎治のこと、騙したんでしょ?」

 瑠璃も追及するが、

「本当も何も、本当にわかんないんだって。そう言ってるでしょ!」

 璃緒はそれで押し通すつもりだ。ここで引いたら私たちの負け。だから慎治、もっと言ってやって。それで璃緒を追い詰めて!

 慎治の方に目をやると、彼は完全に混乱していた。

「じゃああ、何だ? オレは、幻覚でも見て、幻聴でも聞いたのか…?」

 そこで折れちゃダメ、慎治! お願いだから!

 でもその思いは届かなかった。

「もうダメだこりゃ。どっちがどっちだかわけわかんねえや。もう帰ろうぜ、璃緒」

 いや私、瑠璃だよ! 慎治、あなたどれだけ頭こんがらがっちゃってるの!

 結局慎治はもう諦めて、自分の所属する野球部のある校庭に行ってしまった。せめて紗夜を連れてくるべきだった、と瑠璃は後悔した。でももう遅い。


 部活が終わって、帰宅する。璃緒の方が先に帰ってきていた。慎治の言っていたことをここでも追及しようと思ったけど、またとぼけるだけだろうから、諦めた。でもせめて、自分の名前を勝手に騙っているかは確認したかった。

「ねえ璃緒、怒らないからさ、教えて欲しいんだけど、私の名前、使ったりしてないよね?」

「え、何のこと?」

「だからあなた、自分のこと、瑠璃だって言ってないよねってことよ」

「はあ? 意味わかんない。瑠璃はあんたじゃん」

「だから、あなたが自分を、璃緒じゃなくて私の名前を…」

 使ってないの、って言いたかったが、璃緒が遮った。

「何? 私がどうしてあんたになりきらなきゃいけないわけ? 騙したい人でもいるの? 性格悪いね」

 もう本当に駄目ね、これ。これ以上話していると、私が悪者にされかねないもの。

 瑠璃には完全に諦める以外選択肢がなかった。慎治には、何て言ったらいいんだろう。明日になってもまだ引きずっているのなら、私だったことにして謝ろう。

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