悪夢の中で
杜都醍醐
第一章 始まっていた悪夢
第1話 いつもの日常
暦の上での衣替えは6月1日ではあるが、比較的寒い北海道では半月ずれて、15日となる。函館の村杉山中学校も例外ではない。
明日から黒いブレザーを着なくてすみ、ワイシャツにピンクのリボンと楽な恰好で登校できる。中学1年の
「じゃあこれ、クリーニングにだすわよ」
母が言った。
「ちょっと待ってお母さん! まだ生徒手帳取ってない」
瑠璃はそう言って、ブレザーの内ポケットから生徒手帳を取り出した。
「そんなの全然役に立たないじゃん。いいんじゃないなくても」
言ったのは
「そんなこと、言わないの。校歌や校則だって書いてあるし、大切なものなんだから」
確かに中学に入学して2か月間、手帳を開いたのは渡された時と顔写真を貼った時くらいだ。瑠璃の台詞には説得力が全くなく、
「はいはい、精々瑠璃はルールに従って生きていけばいいじゃない? 私は自由に生きるから」
「そういうのは困るの、璃緒!」
「どうして?」
「双子だからよ! あなた、2年の山崎先輩に手を出したらしいじゃない! それを目撃した人が私とあなたを間違えて、私が泰子からとばっちりを喰らったのよ!」
泰子は山崎先輩に夢中だ。だから同じバドミントン部でも、気を使ってあまり仲良くしないようにしていた。でも璃緒のせいでそれも水の泡。
「それ、私悪くなくない? 誰と仲良くしようが私の勝手だし。勘違いした泰子が悪いでしょ!」
それもそうだ。誰かと仲良くする権利は誰にだってある。それは泰子にも璃緒にもだ。それに勘違いした泰子も、彼女に間違えて伝えた人にも非がある。
「第一、瑠璃はさ、いつもいつも双子だからって私に文句言うけど、私が望んだわけじゃないんだし。産んだのは母さんなんだから!」
この台詞は何度も聞いた。私たち双子の仲は、本当によくない。璃緒は、自分のことを姉とすら思っていないかもしれない。小さい頃はお姉ちゃんって呼んでくれたのに。
「母さんがなんだって!」
さっきの璃緒の台詞は隣の部屋の母まで届いていた。そしたらもういつものパターン。これから先のやり取りはずっと同じだ。
「お母さんだってねえ、苦労してあんたたちを産んだんだよ? 赤ん坊だった時のあんたたちはもう」
「今まで見てきた赤ん坊の中で一番かわいかった、でしょ? もう耳にタコができてるよお母さん」
瑠璃が母の言葉を遮るように言った。言わないと、本当に同じ話を機械のように繰り返すんだから。
「でも母さん、私たち双子だよ? 私と瑠璃、二人いるのに一番っておかしいじゃん。そろそろどっちが一番かわいいか決めたら?」
璃緒がこれまで言ったことのないことを言った。この台詞は、今までのパターンにはない展開になりそうだ。
というよりも、これは母がかわいそうだ。母にとっての宝物は私たちだと、幼い頃から何度も聞いている。だから、決められるはずない。きっと璃緒は自分の方がかわいいと言って欲しいのだろう。
「…」
案の定母は返事に困っている。璃緒の方は自信ありげに答えを待っている。
結局母は話を適当にはぐらかし、夕飯の準備を初めてしまった。璃緒が変なこと言うから、夕飯がおいしくなかったらどうしてくれるんだか。でもあの台詞は使い様によっては使えそうだ。いつもの母の長話を止められる。母には酷だけど。
「ただいま」
父が帰って来た。今日は家族四人で夕飯が食べられる。
夕飯は煮込みハンバーグだ。母の得意料理の一つ。今日の夕飯がこれになったのは、璃緒の発言に対して母が深く考えすぎ、その結果夕飯の方にまで頭が回らなくなったからに違いない。
「今日学校はどうだったんだい?」
父が二人に聞いた。答えるのは決まって瑠璃。
「別に変ったことなんて、何もないよお父さん。明日からは夏服だけどね」
「夏服か。もうそんな季節になるのか。いいなあ学生は、楽な恰好ができて」
「でも私、ちゃんとリボンだって締めるしワイシャツだってスカートに入れるわ。恰好が涼しげになるだけよ」
「何それ瑠璃。私へのあてつけ?」
璃緒が言った。確かに璃緒はリボンはまともに締めないしワイシャツも入れない。これは小さい時からで、瑠璃が服をきちっと着るのに対して、璃緒は服を着崩すのだ。そしてそれが、二人を見分けるポイントとなっている。
「そうじゃなくて、もう。楽はしないって言いたかったの!」
「ふうん。瑠璃は一生苦労してれば?」
「何よそれ!」
あんたはもっと真面目にしなさい、と言いたかったがやめた。これ以上は喧嘩になりかねないし、せっかく4人での食事なのだから、空気を壊したくない。
瑠璃はハンバーグを一口サイズに切ると、それを口に運んだ。おいしい。味の心配は無用だったようだ。
テーブルの上では、家族の会話が交わされていた。父も母も笑顔で、たまに璃緒が突っ掛かってくるけど、楽しい時間を過ごした。
食べ終わり、お風呂に入って、宿題はもう終わらせているが机に向かう。確か明日は英語の小テストだ。だからその勉強をする。教科書の指定されたページのテキストを全て覚えるだけ。真面目な瑠璃にとってそんなテストは勉強しなくても高得点が狙える。でも親に怠けている姿を見せたくないので、黙って全文を白紙に何度も写して覚える。
一方の璃緒はというと、まだ宿題をしていた。同じクラスではないので詳しくは知らないけど、璃緒は学校の成績も悪いらしい。
ちょっと璃緒の方を覗いてみた。
「ああ!」
驚いて声を上げてしまった。何故なら、シャーペンも持たずに携帯を握っていたからだ。ちゃんと勉強することを条件に、せっかく父が携帯を二人に買ってくれたのにこれじゃあ…。
「ちょっと! 何見てんのよ!」
声に反応して、璃緒は振り向きながらそう言った。
「そんなことしてると、お父さんに没収されるよ?」
「それは、困る…」
「でしょう? ちゃんと宿題やんなって」
「そうなったら瑠璃のを貸してよ」
「へ?」
璃緒の言い出したことに、瑠璃はびっくりして変な声を出した。没収された後のことではなく、没収されることを防ぐことを考えて欲しい。しかも私のを使うって、どれだけ男遊びしたいのあなた…。
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