第2話 今日の夢

 二人の部屋には机2つと二段ベッドがある。だからどちらかが起きて勉強していると、明かりが邪魔で眠れないのだ。大抵先にベッドに入るのは瑠璃。つまり、明かりの被害者も瑠璃である。

 瑠璃は布団に入って本を読んでいた。それは分厚い小説だが、その分とても面白い。璃緒にも勧めてはみたが漫画の方が気楽に読めるとキッパリと断られた。

 机に向かっていた璃緒が腕を上げてあくびをした。そしたらすぐ、宿題と筆記用具をカバンにしまった。瑠璃は枕元の目覚まし時計を見た。10時半。璃緒が日常的に勉強しているとは思えない。たかが宿題に時間かかり過ぎだ。携帯なんかとにらめっこしてるからだよ、と瑠璃は心の中で思った。そして早く電気を消して私を寝させて、とも。

 二段ベッドの下の段にいる瑠璃には上の段の璃緒の枕元の明かりも気になる。よく暗い所で文字を読むと目が悪くなると言われているから、璃緒は携帯の画面自体の明かりだけに頼らず電気スタンドもつけている。

「いい加減寝なさいよ。何時だと思っているの?」

 上のベッドから漏れてくる明かりに我慢できなくなり、瑠璃が怒った。

「うるさいね。さっさと寝なよ」

「誰のせいで眠れないと思ってるの!」

 こう言うともめる、瑠璃はそう覚悟して言ったが、

「…しかたない。昭雄あきおとのメールはもうやめるか。お休みね」

 ここは璃緒が引き下がった。いやきっと、その昭雄って人とのメールのやり取りに飽きたんだ。だから寝るんだ。でもって、そのお休みは私と昭雄、どっちへ向けてなの…?

 璃緒は電気スタンドの明かりを消した。これでやっと、支障なく眠れる。


 気が付くと、瑠璃は札幌の祖母の家の、居間のこたつの中にいた。こたつの上にはみかんの入ったかご、温かい紅茶の入ったマグカップ、そして読みかけの小説が置かれていた。彼女は辺りを見回して、そこには自分しかいないこと、外は雪が降り積もっていてそこで璃緒と従兄弟の勝一まさかず利次としつぐが遊んでいることがわかった。

「もう璃緒ったら、外で遊ぶなら一声かけてよ。私だって勝一たちと遊びたいのに」

 そう言って瑠璃はこたつから出ると、新品の毛皮のコートを着た。玄関には毛糸の手袋しかなかった。これで雪を掴めばびしょ濡れになってしまうけど、今は仕方ない。だって思いっきり遊びたいもの!

 その手袋を両手に通し、耳当て付きのキャップを被ってブーツを履き、玄関の戸を開いた。

「わあ…」

天気が天気なので、それなりに寒い。開いた戸から外の空気が降る雪とともに入り込み、瑠璃を襲った。でももう慣れっこだ。毎年函館で冬を越してきたし、今年は豪雪ではない。積雪20センチっていうと、きっと首都圏の人って驚くんだろうなあ。そもそも東京って雪、降るのかな。年中暖かそうな沖縄の人は、今の目の前の光景をどう思うのだろう。

 瑠璃は外に出た。そして璃緒たちのいる庭へと進む。先に外に出た璃緒たちの足跡はまだ新しく、そこには雪が全く積もっていなかった。だからその上を歩いた。これなら楽に庭へ行ける。

「あ、瑠璃!」

 のこのことやってくる瑠璃に、勝一が気付いた。彼は瑠璃より1つ年上だ。その隣にいるのが利次で、瑠璃の1つ下。祖母の家に家族とともに住んでいるため、大きな休みの時くらいしか彼らとは会わないけど、その仲の良さは瑠璃と璃緒のそれ以上で、喧嘩どころか少しももめているところを見たことがない。私たちだって昔はそうだったのだけれど…。とにかく二人は息が合う。祖母のお手伝いだって抜群のコンビネーションを見せてくれる。勝一は利次に命令しないし、利次も勝一にわがままを言わない。そんな二人が、瑠璃は羨ましかった。私と璃緒は、いったいどこで躓いてしまったのだろう…。

「起きて、遊びに来てくれたんだね。良かった! これで、僕だけ狙われることないや」

 利次がそう言った。三人は雪合戦をしていたらしく、着ているコートには雪がところどころに付いていた。三人で見境なしに雪玉をぶつけていたみたいだけど、利次の発言からして一番幼い彼に雪玉が集中して浴びせられたみたい。いやそうじゃない。多分勝一は、性格からして二人を平等に狙っていたはずだ。彼しか狙ってなかったのが璃緒だ。人一倍負けず嫌いな璃緒はテレビゲームでも自分が勝ちやすい相手、つまり利次を最初に攻撃するし。

「瑠璃が来たんだし、チーム戦にしよう! ちょっと来て」

 勝一が提案する。二対二の、雪合戦が始まる。四人は集まって、チーム決めをすることにした。

「裏表で分かれるか。それでいこう」

 その勝一の言葉に真っ先に飛びついたのは璃緒だった。瑠璃も、頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。裏表?

「それって、何?初めて聞く」

「手の甲と平で、決めるんだ。うーらーおーもーて! って言いながら手をブラブラさせてね。なんでも宮城の仙台ではこうしてチーム決めするって前に転校してきた友達が俺に教えてくれたんだ」

 ちょっと面白そう。

「へえ。仙台ってそんなことするんだ! 私も学校で、流行らせようかしら!」

「やめた方がいい。そいつはドッヂボールの時にいきなりうーらーおーもーて! って言い出して、自分だけしかわかってなくて、恥ずかしがってたよ」

「でも、勝一はそれで今、決めるんでしょ? 恥ずかしくないの?」

「まあ、実は俺も一回やってみたくて。どんなものなのかとね」

 四人は手を前に出す。瑠璃は璃緒の手に注目した。

「ああ、あなた、それ私の皮手袋! どうりでないと思ったら! 犯人はあなただったのね!」

「いいじゃん別に。早い者勝ち」

 ここで喧嘩しても何も始まらないし、二人に迷惑だ。そう思ってこれ以上抗議するのはやめた。

「じゃあ、始めるぞ!」

 この時瑠璃は、自分のペアは誰になるかと考えていた。三人の中で一番頼りがいのある勝一なら一番いい。これなら絶対勝てる。ちょっと小さいけど利次でもいいな。私がサポートしてあげればいいし。一番嫌なのは…璃緒ね。

 そう思うのは瑠璃にとっては当然だった。この三人の中で、一番相性が悪い璃緒とペアだけは勘弁して…。

でもそう思う自分が許せなかった。だって双子の姉妹なのに! 自分と瓜二つの妹と組むのが嫌だと思う自分に、嫌気がさしていた。

「うーらーおーもー」

 四人は元気よく手を交互に裏返す。

「て!」

 瑠璃はまず勝一と利次の手を見た。二人の手は甲が上を向いている。自分の出した手は…平だ。そして次に璃緒の手を見ると、同じく平だった。

「これは、僕たち兄弟と、瑠璃たち姉妹のバトルだね、お兄ちゃん!」

 元気よく、嬉しそうに利次が声を上げた。

 その向かいで、瑠璃は悲鳴を上げたかった。璃緒とのペアが決まったからだ。

「えええ、あんたと? これはもう負けだわ…」

 璃緒は率直に自分の意見を言った。あの、それ、私に聞こえてるんですけど…。

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