邂逅編3 胡蝶の夢⑤



 京羅から名前で呼ばれた事をきっかけに、皆との距離も縮まったと思う。僕はどさくさに紛れて法也くんや司くんの事も呼び捨てで呼ぶ事に成功した。何も言われないから許されているのだと思う。二人がその辺にも興味ないから――かもしれないけど。


 そして今日は、法也と共に密かに計画していた作戦を実行する約束の日だ。


「京羅、あとちょっとで着くって」

「夢東警部、こちらはもうすぐ着くであります」

「夢東警部って……」

「明亜警部の方がよかった? こういうのは苗字の方がそれっぽいかなって思ったんだけど」


 電話越しに話していた法也の声が近くで聞こえ、僕は「そこはどっちでもいいよ……」と呟いた。法也の隣では「やっぱ法也はすげぇな。ずっと呪文みたいなの唱えてた」と司が感動している。


 司が言う法也の呪文は、恐らくタイホスルンジャーの専門用語だ。法也は“自分は普通、人類皆同等”と思っている節があるから、きっと司が理解していない事も理解しないで話を進めてしまう。

 そして司の方は、理解できない事に対して自分で納得してしまう節があるから、法也の事を魔法使いなんて勘違いしている。最も、本当は“何か凄い奴”程度にしか思ってないかもしれないけど――その辺に関してはまだわからない。司も謎な部分が多いから。でもこれから知っていけばいいと思う。奇妙な縁だけど、せっかく友達になれたのだから。


「で、今日は何で俺を呼んだ?」

「実は司みたいに、僕と法也にはもうひとり共通の友達が居るんだ。せっかくだから司も友達になれるんじゃないかな……って思って」

「ま、ボクの興味に明亜が付き合ってくれた感じもするけどね」


 ある日、法也が僕に呟いた。果たして司は、京羅の正体に気付くのだろうか。

 一度興味を持った法也の行動力は凄まじく、皆の予定を合わせて時間と場所を設定し――今日に至る。僕は司に申し訳ないんじゃないかと訴えたら、法也は「じゃあ一応真実は伝えよう」と提案。言い回しが少し気になったけど、僕はそれで妥協する事にした。まあ、僕が止めていたところで法也は強行していた気もするし。


「明亜、法也、待ったー?」


 遂に時はきた。万が一、銀狼と金虎の闘いが再来してしまうなんて最悪の事態を考えて――僕は腹部に隠した雑誌をそっと触った。

 痛いのは嫌だけど、間に入れば、二人の闘いを止められる――といいんだけど。




 隣に居る司の存在に目を細めたのは一瞬、京羅はまるで初めて会ったみたいに「あれ、この男は?」と僕と法也に問いかける。その言葉で察した。京羅は“京羅として”司と接する気だ。僕は話を合わせるように「彼は小野北司くん。最近仲よくなった友達だよ」と紹介した。


「ふーん、そんな名前だったのね。まあ、いっか」


 ニヤリと笑った京羅は司に一歩ずつ近付きながら「アタシはー」と誘惑するみたいに続ける。司は未だに気付いていないのか、唖然としながら固まっているみたいだった。


「表西京羅よ。よろしくねぇ」

「……表西!?」


 暫くぼんやりしていた司だったが、京羅の名前を聞いて驚愕の色を浮かべる。苗字から真実を悟ったのか、司は何かを言いたげにぱくぱくと口を動かしている。でも余程の衝撃だったのか、声は出ていない。僕は「ごめん」と口を開くと、法也は更なる追い打ちをかけるみたいに「そう。表西京羅」と再度真実を告げた。法也、さすがにそれは酷いんじゃ――。


「表西って、って事は、てめぇ――あの金虎の妹!?」


 妹という言葉に、次は僕が驚く番だった。

 ちょっと冷静に考えてみよう。確かに司くんと会った時、彼は表西くんを金虎としか認識していなかったので、本名を知らなかった。しかも僕もあの時はずっと“表西くん”と呼んでいた。つまり司は――目の前の京羅を“表西くんの妹”と勘違いしている。

 僕は再度「ごめん」とひとり呟いた。


「……そうよ、アタシは金虎の妹。だからあんたの噂は聞いてるわ。北の銀狼さん」

「お、俺の事は司と呼んでくれ!」

「ふふっ、可愛い反応。これから仲よくしましょ、司」

「ああ! あいつの妹がこんなにいい女とは知らなかったぜ……!」


 赤い顔をしながら口元を手で押さえる司を見て、僕は本日三回目となる謝罪を呟く。最悪の事態は免れた気がしたけど――変な方向に人間関係が拗れた気もするなあ。


 ちなみにこの時の法也は必死に笑いを堪えていたのだった。



 ◇



 高校生活もいよいよ折り返しという二年生の秋。すっかりお馴染みになった三人の友達と集まり、他愛のない雑談や近状報告をしていた。僕は特に何の変哲もない毎日を送っていたので、特に話す事はないかなと思っていたのだけど――。


「あ、そういえば」


 この前出会った、親切な女の子の話をする事にした。


「この前の雨の日、隣町の本屋に参考書を買いに行ったんだ。その帰りに、凄く親切な子に出会ったんだよね」

「ああ、あの大雨の日ね」

「ワックスのセールだったから俺も出てたぜ。途中で絡まれた奴等を返り討ちにしたら傘がぶっ壊れちまったけどな!」

「ボクは父さんに頼まれて駅前の店に行ったなあ。そこで丁度タイホスルンジャーが流れてたからテンション上がった!」


 意外に皆、雨の中でも活動的なんだなあと思っていると、京羅は「で、その親切な子って?」と首を傾げる。僕はあの日の事を思い出しながら頬を緩ませた。


「帰る頃には雨はやんでたけど、風が強くて。帽子が飛ばされちゃって困ってたら――それをね、女の子が拾ってくれたんだ。だから「ありがとう」って言ったら「どう致しまして」って言われちゃった」

「……普通じゃないの、それ」


 京羅に呆れられ、僕は「えっ」と声を漏らす。普通、なのだろうか。でも何となく、あの時に会った女の子、凄く優しい雰囲気がしたんだよなあ。僕が「そうなのかな?」と悩んでいると、京羅はニヤニヤ笑いながら「ははーん。さては、明亜」と口を開く。


「一目惚れしちゃったんじゃないの? きゃー! 今夜は赤飯よ!」

「ちょっ、からかわないでよ京羅! そんなんじゃないから――」

「俺は京羅に一目惚れしてるぞ!」

「あんたは明亜に比べて堂々としすぎよねえ」

「ボクは三次元女子って苦手だからわかんない感覚だなー」

「だからそんなんじゃないって……」


 僕はジュースを啜りながら溜息を零す。

 でも、一目惚れっていうのは――強ち間違いではないのかもしれない。たった五秒くらいの接点だったけど、あの子は何となく優しい感じがした事は確かだ。たぶん、惹かれた――という表現が当て嵌まるのかも。でもそれは恋とか愛とか、そういうものじゃない気がする。例えばテレビの中でみた女優に対して「いいな」って思う程度の感覚。


 僕は些細な事がきっかけに未来が大きく変わる可能性を信じている。でもさすがに、今回ばかりは――帽子を拾ってもらった程度の出来事で未来が動くとは思えなかった。蝶の羽ばたきよりは大きい気がするけど。



 ◇



 僕は朝の星座占いを眺めながら、ぼんやり考える。今日は開校記念日だから僕の学校は祝日だ。祝日とわかっていたから目覚ましはかけなかった。それなのに、いつもの感覚で自然に目が覚めてしまったのだ。悔しいから二度寝をしようと思ったけど、何となく朝の星座占いが見たくなったのでリビングのテレビの電源を入れた。働かない頭でニュースを眺めつつ、占いに注目する。


 この星座占い、意外に当たるのだ。テストでヤマが当たった時も僕の星座が一位だったし、表西くんと出会った時もラッキーカラーが金色だったり。盲信する訳じゃないけど、運勢がいい感じの時はラッキーな事があるかも――くらいに考えてる。


「あっ、今日は一位だ。ラッキーアイテムは、占い本……?」


 占いの結果がラッキーアイテム占い本って、どうなんだろう。違う占いを信じろって事なのか、僕自身が占い師にでもなれって意味なのだろうか。

 でも、占いか――。無限に広がる可能性の中から常に最善の選択を選べれば人生苦労しないんだろうなあ。さすがに常に最善を選べるのは神様とか未来予知ができる人だろうけど。でも誰かを勇気づけたり、何かを選択する時の後押しとかができれば――素敵な事だと思う。

 誰が何と言おうと、最終的に“選ぶ”という行為は自分自身で行うものだからね。


「占いか……」


 僕の中で何となく引っかかったので、法也くんみたいにすぐに行動に移す事にした。今日は隣町の少し大きめの本屋に行ってみよう。そこで占いの本を探すんだ。




 結局自分が占いをしてみたくなったので、入門書みたいな本を購入した。友達と喋る時の話題、くらいにはなるかもしれないし。僕はぶらぶら歩きながら「そういえば」と少し前の事を思い出した。あの時も確か、本屋の帰りだったっけ。


「あの女の子、元気かなあ」


 偶然、前に会った優しい女の子の事を思い出した。その瞬間、びゅうっと一陣の風が吹き抜ける。僕は慌てて帽子を押さえたので、今回は飛ばされる事がなくてほっとした。僕は風が強くなってきたから早く帰ろうと思い立ち、急ぎ足で歩を進める。


 でも、もしかしたら――この帽子が飛ばされていたら――またあの女の子が帽子を拾ってくれる、なんて未来もあったのだろうか。否、そんな偶然ある訳ないか。僕は自己完結し、さすがに二回もそんな風に出会ったら運命だなと苦笑いを浮かべる。

 これ以上考えるのはやめよう。何となく、早くここから離れなければならない予感がした。


「……何でだろう」


 僕は今、どうしてここから離れなければならないと感じたんだろう。ここは僕が住む海言町とは隣町の――陸見町ってだけなのに。

 何だろう、この妙な胸騒ぎは。

 そして、僕はゆっくり――振り返った。振り返った先で、とんでもないものを見てしまった。


「えっ」


 だいぶ離れた場所だけど、何か異質なものが見えた。たぶん運動場の方向に、黒くて大きな、鉄塔みたいなものが立っている。それは何故か凄く嫌な感じがして、僕はぎゅっと目を瞑る。何だ、あれ。あんなのいつ建ったっけ。この前きた時はなかった気がするのに。


「駄目だ、思い出せな…………あれ?」


 そして僕は再び驚愕する事になる。凄く不快に思った鉄塔のようなものが、一瞬で見えなくなってしまったからだ。目を擦ってみても、やっぱり何もなかった。さっきのは、もしかしたら僕の見間違いだったのだろうか。でも何故だろう。胸のざわめきは治まらない。


 少し不気味に感じた僕は、逃げるように陸見町を後にした。こういうのを虫の知らせというのかもしれない。何も起こらなきゃいいけれど。

 その時の僕は、隣で飛んでいた蝶の事なんか気にする余裕はなかった。



 ◇



 それから暫くして、僕は不思議な夢を見るようになった。最初は自分が蝶になる夢。次は蝶が自分になる夢。真っ白な空間に漂う夢。自分が真っ白な空間に溶ける夢。


 そして僕は――“彼”と出会う。


 悪夢のような日々だった。悪夢のような現実だった。せっかくできた友達を失い、唯一残った友達は僕と一緒に“彼”に巻き込まれてしまった。

 寧ろ彼等は本当に友達だったのか?

 あの出会いは本当に僕の現実だったのか?

 どこからが現実で、どこからが夢なのか。夢と現実の境目がわからなくなった。


 自分すら見失い、夢と現実の境目も見失い――全てを諦めていたそんな時――。


「返してくれてありがとう」

「……どーいたしまして」


 そして僕は――“彼女”と再会した。



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