第149話 真実を知り仲間を信じる①



「ッ!?」


 酷い悪夢に魘されていたカイリは、飛び起きるように意識を取り戻した。

 今まで見ていた目を背けたくなる光景は夢だったのか安心したが、何故か心は落ち着かない。妙な不安感に支配されながらも、カイリはどうにか自分たちが置かれている現実を思い出した。


「ってか俺……生きてる……?」


 凍夜の弾丸で胸を貫かれて死を覚悟したのだが――どうやら眠っていただけだったらしい。周りには自分と同じように、死んだように倒れている仲間たちの姿が確認できた。


「それより何だよあの夢……」


 眠っている間、妙にリアルな夢を見た。太一の死をきっかけに、自分を含めた仲間たち全員も死に絶え、世界が壊れる夢。全ての終わり。

 予知夢なのか正夢なのか――只の夢なのか。だけどその光景は、何故か見覚えがあるような感覚で――まるで魂が覚えているような――そんな不思議な感覚だった。

 すると意外な場所から、カイリの疑問に対する答えが返ってくる。


「おはよ、お寝坊さん」

「やっと起きたか。最強に待ちくたびれたぜ」

「…………は?」


 以前は敵として闘った経験のある――自分たちの秘密を知る数少ないクラスメイトの姿に、カイリは目を点にさせていた。彼等だけが現れたというだけならばそこまで驚きはしないのだが、問題は彼等が連れている謎の生物にある。


 表西京羅は鏡を片手に口紅を塗り直していた。それならば何の違和感もない。しかし京羅は悠然と、雄々しい白い虎にクッション代わりに背を預けているのだ。一見獰猛そうな虎だったが、特に爪を立てる気配はない。虎というよりは、むしろ猫のように大人しくしていた。


 小野北司はいつものように巨斧を背負い、自信に満ち溢れているように仁王立ちで佇んでいた。しかし場所が不自然すぎる。彼は巨岩と見間違うような、威圧感が凄まじい大きな亀の上に立っていたのだ。亀もまた司には心を許しているのか、ただ単に興味がないのかは不明だが、石のようにじっと動かない。


 この世のものとは思えない二体の神獣を何事もなかったかのように従える彼等を見て、カイリは言葉をなくした。思考回路は再び混乱を極め、暫くしてから漸く口を開く。


「えーっと……とりあえず説明してくれ」

「ええ、説明とか面倒なんだけどぉ。司、任せるわ!」

「こいつは玄武。どうだ、最強にかっこいいだろ?」

「一から! 一から全部説明しろ!」




 カイリたちは全員、凍夜の銃弾によって殺された――ように思えたが、実際は誰一人死んでいなかった。仮死状態に陥っていた全員は、暫くしてから怪我一つなく意識を取り戻す。

 しかし仮死状態の間、全員は決まって同じ夢を見ていた。この世の終わりのような世界で、全てが壊れる夢。

 カイリと同じように戸惑いながらも全員が起き上がった事を確認すると――京羅と司が、氷華たちの行動について全て説明した。


「あんたたちが今まで見てた夢、あれは“真実”よ」

「雪男はそれをてめぇ等に伝える為に撃ったって訳だ。まあ、あの内容を言葉で伝えるのは最強に面倒だろうからな。実際に見た方が早いだろ」


 自分が見た“真実”をいち早く氷華に伝え、それを氷の弾丸に封じてカイリたちにも“真実”を伝えた凍夜。

 プルートの狙いが太一から自分に向くまで、自分の行動を説明できなかった氷華。

 真実を壊す為に行動する水無月兄妹に協力するノア。

 そして――氷華たちに協力を求められ、彼女の作戦通りに動いている明亜、京羅、法也、司の四人。


「つまり雪女は、最悪な世界になっちまう未来をぶっ壊そうとしてるって訳だ」

「凍夜ちゃんがあんたたちに撃ち込んだ弾丸は、“真実”の記憶が封印されていた。だからあんたたちが見たのは正夢でもあり、予知夢でもあるって訳ねぇ。あーあ、本当に恐ろしい未来……背筋が凍っちゃうわ」

「って事は、氷華ちゃんは……最初から僕たちを裏切っていなかったのか……」

「そうよ。あんなへったくそな嘘に騙されるなんて、あんたたちもまだまだお子様ねぇ」


 スティールを煽る京羅の横で、氷華たちの真意を聞いたアキュラスは、ガンッと乱暴に近くの木を殴り付けた。怒りに身を任せた攻撃は、木を傷付けるどころか倒木させてしまっている。血で濡れた拳を震わせながら「気に食わねえ……水無月はどうして説明しなかったッ!」と怒声を撒き散らかした。スティールが「落ち着いてよアキュラス」と宥める横で、カイリは粉雪の舞う曇り空を見上げながらぼそりと呟く。

 もしかしたら――否、確実にそうとしか考えられない。


「俺たちがそうだったんだ。って事は太一も――」


 カフェモカの容器をごみ箱に投げ捨てながら、京羅は「ええ、太一ちゃんもあんたたちと同じ。一時的に封印されているだけよ」と目を細めた。


 恐らく、太一を貫いたあの氷の剣には凍夜が撃った弾丸と同じ効果があるのだろう。一時的に仮死状態に追い込み、その間に“真実”を視せる。太一の気配がなくなれば、プルートは消去法的に氷華を狙う筈だ。全ては自分に狙いを向ける為の作戦――。


「氷姉に……謝りたい……」


 消えるような声で呟いたソラシアは、過去の自分に後悔していた。この中では一番、ソラシアが氷華と親しく、付き合いも長い。だから少し考えればわかった筈だ。正気ならばこそ――仲間を大切に思っている氷華が、仲間を裏切る訳がない。

 太一の死に動揺し、冷静な判断力を見失い、ソラシアたちは氷華を“信じ切れなかった”。


「太一が死んじゃって嫌になって、氷姉も敵になっちゃって怖くなって……ソラは、仲間を信じられなかった……でも、ソラは……ソラは、太一や氷姉をずっと近くで見てきた! それなのに、二人を……氷姉を信じられなくて……ごめん、ごめんなさい……ッ!」


 後悔の涙で震えるソラシアの肩を優しく叩き、カイリは苦渋の表情で呟く。彼もまた後悔の念に苛まれながら、「一番謝りたいのは……俺だっての」と静かに同意していた。

 暗く沈んだ空気に包まれる中、今まで黙っていたディアガルドが思い出したように口を開く。


「氷華さんは、最後に伝言を託しました。「ごめんなさい、私の事は許さなくていい」と」


 ディガルドが発した氷華からの伝言を聞き、刹那は急激に不安になった。あの“真実”でプルートに操られた太一は、結果的に死んでしまった。だとしたら――今現在、単独でプルートの元へ向かっている氷華はどうなるのだろうか。いくら力が制限されているとはいえ、相手は神だった存在だ。氷華だけでは、太一と同じように――。


「京ちゃん……氷ちゃんは今どこに居るの!?」

「さあ? 小娘の事は知らなーい。でも――ノアちゃんは法也と、凍夜ちゃんは明亜と一緒よ。異世界同士が衝突する原因を取り除きに行ってるわ」

「って事は、氷ちゃん……ひとりでプルートのところに……それって……」


 刹那の言葉で一同に戦慄が走る。もしかしたら氷華はプルートに操られ、太一と同じ運命を辿る事になるのでは――。

 しかし、その不安を京羅と司はきっぱり断ち切ってみせた。


「どうやら雪女は最強の対抗策で挑んでるらしい」

「氷の精霊の力――凍夜ちゃんの力で敵に操られないように対策してるみたいよ。それに小娘は生意気にも「シンたちを味方にするから大丈夫! 私より凍夜お兄ちゃんとノアの手伝いに行って!」なんて平然と頼んでたわ。今回の作戦、その二人が欠いたら終わりみたいだしぃ?」


 その言葉で、ディアガルドは「もしかして」と顎に手を添える。属性の特徴についても看破している様子の氷華ならば――ディアガルドは顔を上げて「氷華さん、他に何か言っていませんでしたか?」と尋ねた。


「あー、確か……てめぇ等の内の誰か一人でも死んだらおしまい……とかも言ってたな」


 司の言葉でディアガルドは確信した。同時にスティールも「それって」と何かに勘付く。


「精霊が集まれば、神をも凌駕できるかもしれない……更に今回は六属性が揃っている上、時空属性の刹那さんも居る……シンを味方につけるならば、陽光と冥闇……」

「そ、それ凄いよ! だって全ての属性が揃うって事だもん……早くお父さんにもこの事を知らせなきゃ……!」

「ごちゃごちゃした事はわかんねえが……つまり、俺たちがプルートを倒せって事なのか?」

「――恐らく」


 するとアキュラスは、ココアの缶をグシャリと片手で握り潰した。眼光はいつもの彼のようにギラギラと輝いていて――完全に火が点いている。

 その瞳の内に秘めるのは、宿敵とも言える倒すべき存在に対する闘志。そして、氷華に対する怒りだ。


「俺は水無月を許さねえ。言えなかったとか、そんなの理由になんねえ。勝手に背負って、勝手に押し付けて、ふざけんじゃねえぞ。俺たちは――仲間だろうが」

「アキュラス……」

「俺は女だからって容赦しねえ。一発ぶん殴ってやるまで、俺は絶対許さねえ。だからその為に、早いとこプルートをぶっ殺す」


 強い意志と共に、宣言しながらアキュラスは立ち上がる。

 スティールとディアガルドはやむを得ず仲間のように接していたものの、アキュラスはやはり一匹狼気質。時には敵として闘ったワールド・トラベラーの二人に対しても、太一の事はライバルと認識したが、氷華の事はいけ好かない奴程度に思っていた。周りでも、氷華とアキュラスは常に罵り合っているイメージが定着している。

 そんなアキュラスが自ら発した仲間という言葉。


 ――アキュラスにしては珍しい言葉だけど、それくらい自体が深刻って事だよね。


 いつもなら茶化したい場面だが、いくらスティールとはいえ事の深刻さを察し、口元を持ち上げるだけで思い留まった。

 隣ではスティール同様にソラシアも笑いながら腰を上げる。


「シンたちを味方に付けるなら、氷華ちゃんの方は大丈夫として――先に片付けるべき問題はノアくんと凍夜さんかな。そして全員で氷華ちゃんと太一くんを迎えに行こう」

「それで、皆でプルートって悪い神様を倒して……全員で仲直りのケーキ食べ放題!」


 彼等の横では、カイリが肩に付いた雪を払いながら身体を解す為に伸びをしていた。

 ディアガルドも眼鏡をかけ直し、いつになく険しい表情で続ける。


「さて、と――ここから全力の大反撃といくか。俺、まだ修行の成果全然見せてないし?」

「僕たちは知らない間に何度も何度も負ける運命を繰り返していたみたいですからね。その運命が壊されかけている今、ここからが本当の勝負ですよ」

「ま、全員でやれば何とかなるだろ」

「……ええ。誰ひとり欠ける事なく、“全員で”」


 光明が見え始めているにも関わらず、ディアガルドは一切の笑みはない。その表情を見たカイリは首を傾げるが、場の空気を変えるように京羅が「って訳だから、ちゃっちゃと行くわよ!」とディアガルドの肩を組んだ。それを見た司は嫉妬で歯軋りをし、ディアガルドは面倒そうな表情で「離れてください、表西くん」と溜息を零す。


「頭のいいあんたならわかるでしょ。それ以上言ったら、それこそ小娘を裏切る事になるわよ」


 ディアガルド以外には聞き取れないような音量で京羅が呟くと、彼は真顔で「……わかっています」とだけ答えた。悔しさと焦りを胸に抱えながら、ディアガルドは自分自身に言い聞かせるように再度口を開く。


「わかってますよ、そんな事……」




 ――ねえ、京はどう思う?


 ――別に俺は、世界がどうなっても構わない。でも……あいつを殺すのは俺だ。“真実”では俺意外に勝手に殺される。そこが腹立たしい。


 ――じゃあ、そんな“真実”を変える為なら……京も力を貸してくれる?


 ――俺はお前の中に居るんだ。許可も何も、お前が力を使えばいいだけだろ。


 自身に宿る京と話し、刹那はゆっくり瞼を上げた。相変わらず刺々しい言葉だったものの、京も内心ではシンを――そう考えて、刹那は小さく笑みを零す。


 過去や未来に拘り過ぎていた京。そして刹那自身もワールド・トラベラーに不信感を抱いていた事がある。

 そんな彼等を変えたのは、太一たちだ。あの時、刹那にも響いた太一の言葉。その言葉を思い出しながら、刹那は翡翠色の瞳に浮かぶ涙を拭って立ち上がる。


「前にたいっちゃん、言ってた。自分の未来は誰にも操らせないって。一番大切なのは今で、今を護れなきゃ未来も過去もないって」


 きっとこの場に太一が居たなら、皆を先導するように歩き出すだろう。

 きっとこの場に氷華が居たなら、笑いながら皆を励ましただろう。


 刹那はそんな二人の救世主に憧れた。だから自分もここで立ち止まっている暇はない。少しでも、彼等に追い付く為に。仲間たちの助けになる為に。

 刹那も両手をぎゅっと握りながら、強い眼差して決意を固める。


「皆の助けになれるかわからないけど……私も頑張るからッ! だから皆で未来を掴もう! また皆で一緒に笑い合えるような、幸せな未来を!」


 一度は仲間の半旗に戸惑い、絶望的な“真実”を知り、仲間を“信じ切れなかった”後悔の念に苛まれた。

 しかし運命が覆された今、新たな未来を掴む為に全員が立ち上がり――普段の調子を取り戻す仲間たちの様子を見ながら、京羅と司は満足そうにニヤリと口元を吊り上げる。


「それでこそワールド・トラベラーの仲間ね。もう面倒だし、あんた等もワールド・トラベラーって名乗っちゃえばいいのに」

「これが最強の友情って奴だな!」


 こうして彼等は再び走り出した。

 その“真実”を完全に破壊し、もう一度仲間を“信じる”為に。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る