第148話 始まりの終わり



 朱色に美しく輝く巨大な神鳥・朱雀に乗りながら、ノアは「これは……予想以上に敵が多いな」と眉間に眉を顰めていた。一方、朱雀を操る南条法也は「本当にひとりで大丈夫なの? ノアくん」と心配そうに彼を見つめる。


 二人の真下に広がるのは、平和な世界には場違いな異形の生物たち。翼が生えた蛇、巨大な霊鳥、顔のない猛獣、不気味な悪魔――それ等は空間の歪みから今も尚増え続け、民間人が居るであろう大国の方角へと向かって突き進んでいる。


「帰りの分の空間転移を考えると、お前は余力を残しておくべきだ。安全な場所へ隠れていろ。手出しは必要ない」

「でーもー。今回の大作戦、ノアくんが死んだらおしまいって水無月さん言ってたよ?」


 するとノアは不敵な笑みを浮かべながら「僕が死ぬ訳ないだろう」とだけ呟き、そのまま勢いよく朱雀から飛び降りてしまった。その言動を前に、素直に「かっこいい」と思って唖然としていたのだが、我に返った法也は慌てて叫ぶ。


「ちょっとノアくーん!?」


 空気抵抗に耐えながら、ノアは不安定な空中でも機関銃を構え――そのまま容赦なく引き金に手をかけた。


 ――――ズガガガガッ!


「ここからは僕が相手だ! 化け物共!」


 異業の生物たちと圧倒するノアは、化け物染みた強さを誇る。心の内で「あれじゃあ、どちらが化け物かわからないかも」なんて楽しそうに笑いながら、法也はその光景を上空から見つめていた。


「やっぱりノアくんってかっこいー。流石、ボクのヒーローだね!」


 法也が朱雀の頭を優しく撫でると、朱雀は気持ちよさそうに目を細めながら鳴き声を上げる。


「とりあえずここから見守ってよっか、朱雀」



 ◇



 ノアと同様、凍夜も自分が担当する異世界へと到着していた。凍夜とノアが氷華に頼まれた事は、世界同士の抗争のきっかけとなる火種を消す事だ。ノアは、メルクルの世界の戦闘生物がヴェニスの世界へ侵攻してくる事を阻止。凍夜は、ジュピィの世界は流れ込むサテルの世界の有毒ガスの阻止。


 そして異世界に行く為、氷華は密かに“ある人物たち”に協力を要請していた。

 それは過去に敵として闘った経験もある――夢東明亜、表西京羅、南条法也、小野北司の四人だ。


 彼等は京の部下としてワールド・トラベラーたちの前に立ちはだかったのだが、激闘の末にどうにか和解。これから起こる闘いに備えて修行に励む太一たち同様、彼等も彼等で修行に励んでいたのだ。しかも密かにシンが直接監修していたとかいないとか。


 そして四人はシンの導きの成果もあり、それぞれ膨大な魔力を操る神の眷属――神獣たちとの契約に成功している。

 青く輝く美しい神龍・青龍を操りながら、夢東明亜は「どうやらここですね」と真剣な面持ちで口を開いた。


「って事は――俺はあれを止めればいいのか」


 眼下に広がる紫色の煙を見下しながら、凍夜はガスマスク越しに笑う。その様子を見ながら明亜は「僕に手伝える事は?」と凍夜に指示を煽いだ。


「特にない。上から黙って見ていろ」

「わかりました、名誉会長!」


 そして明亜は凍夜に対して即座に頭を下げる。明亜が凍夜に対する異常なまでに尊敬の態度を取る原因は、この世界に着く前の彼等の会話にあるのだが――そこは別の機会に触れるとしよう。

 とにかく、明亜は凍夜に対して頭が上がらない上、多大な尊敬の念を抱いている。


 青龍から臆する事なく飛び降りた凍夜は、空気中の水分を凍らせて氷の足場に着地すると、そのまま精神を集中し始めた。心の奥底で、世界よりも大切な妹を想いながら。


「『氷雪よ。契約の下、我が力を示せ。邪心蠢く夜の闇を、恒星煌めく銀河へ変えよ。ヴェーガセレナーデ』」


 ――氷華、俺はこの場を早く片付ける……だから絶対、それまで無事でいてくれ……。



 ◇



 既に冬休みに入った陸見学園の校舎内は閑散としている。まるでこれから起こるであろう嵐の前の静けさのように、異様な寂しさを纏っていた。

 その中を氷華はひとり歩き、屋上を目指して進む。よくアイスを購入する売店の横を通り、自分が普段使う教室を少しだけ眺め、いつもよりゆっくりと階段を上る。

 もしも自分が普通の女の子だったらどうなっていたんだろう――なんて、らしくない事を考えながら。


 ――全てはここから始まったと思っていたけど……ここは私の終わりでもあったんだね。


 震える手を無理矢理押え込み、運命の扉をこじ開け――氷華は目の前に佇む人物と相対した。“真実”の中で見た、最後の敵。堕ちた神――プルート。

 現在の自分は直接相対するのは初めての筈なのに、何故か長年の宿敵のように感じられる。魂が覚えている、という表現が当て嵌まるのだろうか。氷華は口の端を持ち上げ、鋭い眼光でプルートを見上げる。


「私を呼んだのはあなた?」

「ああ、時間がない――早急で悪いが貴様には死んでもらう」


 そして、プルートは氷華に向かって手を掲げた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る