第141話 例え未来は変えられなくても②



 陸見学園の屋上で頬杖を付きながら太一は「明日はクリスマス・イヴかー……」と呟く。シン曰く、修行によって集まれなかった事や先日の太一の誕生日、クリスマスと年末も兼ね――近日中に仲間内で盛大なパーティーでも開こうと計画しているらしい。それを糧に、明日の会議を乗り切るとも言っていた。


 果たしてそんなに浮かれていいものなのかと少し悩んだが、当初の予定通り“太一と氷華が殺し合う”という運命を変えて、平和になれば――それもいいかもしれないと太一は内心で楽しみにしていた。その場合は「シンに世界中のカレーでも強請ってみようか」なんて考えていると、背後の扉が開き「よっ、久しぶり」とカイリが片手を上げながら現れる。


「カイ、意外に元気そうじゃん」

「いや、結構しんどかった。何回か死にかけたし」


 カイリから水天の守護精霊に特訓してもらっていた事を聞き、互いの近状を確認し合った。暫くゲームをやる暇もなかったらしく、部屋には手を付けていないゲームが山のように積まれる一方だとカイリは嘆く。


「今回の件が落ち着いたら、徹夜でゲームしなきゃいけない」

「そういえばシンがパーティーしたいって言ってたぜ」

「うわ、シンってパリピだったのかよ」

「いや、クリスマスとか忘年会とか色々な意味を兼ねてって言ってたけど――今年中にできればいいんだけど、来年に縺れ込んだら新年会も兼ねてになるな」

「流石に来年まで長引かせたくないから、早く氷華と仲直りしとけよ太一」

「別に喧嘩してる訳じゃないけどな……」


 暫く何気ない雑談を続けていたものの、特にやる事がなくなった二人は、そのまま「んじゃ、久々にやるか」「だな」と笑いながら手合わせを始めた。カイリが水を繰り出し、太一は竹刀でそれを切り裂く。


「こうやって手合わせしてると――あの時の事を思い出すな」

「あの時?」

「太一たちがワールド・トラベラーになってすぐの事。連日のように修行に付き合ってやってただろ?」

「ああ、あの時は慣れない事の連続で大変だったな……今も今で大変、だけど!」


 太一が竹刀を水の刀身へ変化させながら距離を詰めると、カイリは動きを見切りつつ、かわしきれないと判断するとすぐに水鏡を作り出した。鋭い一閃を正面から防ぐと、水鏡にはピキピキと亀裂が生まれていく。


「そういえば。あの時の答え、見つかったのか?」


 その問いに、太一はピタリと動きを止めた。すっと竹刀を下ろし、思い詰めたような表情をしながら、じっと竹刀を見つめる。


 ――「救世主って、何だろう」


 以前、自分がカイリに対して問いかけた言葉を思い浮かべながら――そしてワールド・トラベラーになってから最初に闘ったフォルスを思い浮かべながら――太一は静かに顔を上げた。


「俺は、救世主って――何かを救う為、一番前で命を賭けて闘ってる奴の事かなって思うんだ。いつも先頭で恐れず闘って、皆の前に立って、指針になってる奴」


 太一は強い瞳で「だから、俺は皆を先導して闘い続けるよ。何があっても迷わずに。俺が生きてる限り、ずっと」と決意を表明する。その言葉と瞳を見ながら、カイリは「太一ならさ、いつか絶対――全てを救えるような救世主になれるよ」と微笑んでいた。


「じゃあ俺はワールド・トラベラーの隣に立てるように頑張るかな」

「既に隣だろ。これ以上頑張られたら前に行かれそうなんだけど」


 少し不貞腐れたように太一がぼやくと、上空がピカッと光り輝き――懐かしい声が響き渡る。


「ソラもね、太一の隣に立つよ!」

「ソラ!」

「久しぶりだな。身長は伸びたか?」

「もー、カイの意地悪! でも伸びたように見せる技は習ったんだよ! あのね、この靴を履くと――」


 瞬間移動で到着して早々、能天気に靴の話を始めるソラシアを見て、太一は「ソラは変わってなくてある意味安心するよ」と苦笑いを浮かべていた。


「ってさっきから靴の話しかしてないけど、本当の修行してきたのかよ?」

「もっちろんだよ、カイ!」


 するとソラシアは自分の胸に手を当てながら「ソラは皆みたいに闘う事はできないけど、ソラにしかできない事をちゃんと練習してきたから」と微笑む。自分の力に自信を持ちながら、ソラシアは青緑色の瞳でまっすぐ前を見つめていた。


「闘うのは苦手だし、頭もよくないけど。心だって弱いけど。それでも、ソラだって皆を護れるくらい強くなったつもり!」


 容姿や言動は変わっていなくても、ソラシアは変わった。自分の力量を把握し、自分の専門分野を極め――自分に自信が持てる様になっていた。ソラシアは、精神的にも、確実に強くなっている。

 それを実感しながら、太一は「何だかちょっと氷華に似てきたかもな、ソラ」と言いながら頭を撫でると、ソラシアは嬉しそうに「ほんと!? 嬉しい!」と目を輝かせていた。ソラシアは姉のように慕う氷華に似てきたと言われて喜んでいると、そんな彼等の元へ突然旋風が襲いかかる。


「うわっ!」

「この風、もしかして!」


 ソラシアが期待するように顔を上げると、淡黄色の髪をした青年が「ちょっと太一くん、妹に手を出したら許さないからね」とにこにこ笑っていた。カイリが「スティールか」と呟くと、背後から「俺も戻ったぜ」「これは皆さんお揃いで」とアキュラスとディアガルドも姿を見せる。


「アキュラス! ディアガルド! 何か久しぶりだな」

「おう、ちょっとは強くなったのかよ北村。俺が確かめてやるぜ!」


 開口一番、アキュラスは太一に向かって炎の拳で殴りかかり、太一は慌てて「い、いきなり!?」と慌てて竹刀を握り直した。相変わらず好戦的なアキュラスを見ながらディアガルドは溜息混じりに「バカは相変わらずですね」と包み隠す事なく悪態を零していた。


 手合わせを始めてしまった太一とアキュラスは無視しながら、カイリとソラシアは「どうやら、それぞれ修行を終えたみたいだな。皆からもかなりの魔力を感じる」「ティル兄おかえり!」と口を開く。スティール「ただいま、ソラシア」と優しく応え、ディアガルドも「魔力の上限値を上げ、それぞれ力の活かし方を学んできた――というところでしょうね」と微笑んだ。


「今度皆にも見せてやるよ、俺の水天から盗んできた必殺攻撃」

「ソラは皆がどんな怪我をしても絶対に回復してみせるよ!」


 カイリとソラシアの言葉を聞いて、ディアガルドは「それは好都合。どうやら僕が考える理想の形を実現できそうです」と眼鏡のフレームをカチャリと持ち上げる。続けて「僕は今以上に速さを鍛えてもらったよ。誰にも見極めさせない自信はあるかな」と言うスティールを見ながらディアガルドは「錯乱と言ったところでしょうね」と笑みを浮かべた。


「攻撃は勿論ですが、僕は操作に特化する術を強化してきました。いよいよ僕の理想形が実現できそうですね」


 カイリとスティールが先陣を切って敵を攻撃しつつ錯乱、敵の攻撃をアキュラスが防御し、その間に傷付いた仲間をソラシアが回復。ディアガルドが敵を操作して隙を作り、氷華が動きを封じる。最後にノアがサポートしつつ、太一が止めを刺す――という属性の特徴を活かした闘い方をディアガルドは理想に考えていた。

 しかし――。


「アキュラスお前、相変わらず攻撃一直線だな!」

「そういう北村は逃げ腰じゃねえか! ほら、てめえが攻撃してこねえから――こっちから行くぜえぇぇぇええ!」


 相変わらず攻撃一筋という風のアキュラスを見て、ディアガルドは「やっぱり僕の理想は難しそうです」と眉間に皺を寄せながら呟く。そんなディアガルドの肩をぽんっと叩きながら、カイリは「ほら、攻撃は最強の防御って言うし」と咄嗟にフォローしていた。


「最強じゃなくて最大です。それじゃあ、どこぞの斧使いくんのようですよ」


 その言葉でソラシアは「そういえばそっちの皆は何してるんだろう? おばさん、元気かな?」と両手を合わせ、スティールがすかさず「ソラシア、あんな奴の事は考えなくていいから」と不機嫌そうな表情で助言する。


「何かシンは刹那の修行を見るついでに、あいつ等とも一緒に居たみたいだけど。ちょっと気になるし、明日にでも会いに行ってみようぜ。ほら、明日シンも会議で居ないし。また何かあったらヤバイだろ?」


 アキュラスから逃げるようにやってきた太一が続けると、ディアガルドは「そうですね、味方は少しでも多い方がいいですから」と同意した。

 太一はカイリからアキュラスと続けて手合わせした事で疲労したのか、フェンスに寄りかかりながら「はあ~」と項垂れる。


 顔を上げれば、いつの間にか手合わせのターゲットを変更したアキュラスがカイリに対して炎を飛ばし、カイリは水をぶつけて相殺させていた。ソラシアとスティールは二人の手合わせという名の喧嘩をいつものように笑顔で傍観しつつ、ディアガルドは扉に背を預けながら眠り始めている。


 ――ここに氷華とノア、後は夢東たちも居れば全員集合って感じなんだけどな。


 爽やかな青天を見つめながら、太一は珍しく遅い相棒や、この場に居ない仲間たちの事を案じつつ――そろそろ屋上を壊しそうになっているカイリとアキュラスを止めに入るのだった。



 ◇



 氷華の事を懸念していた太一だったが、当の彼女は既に陸見町内に戻っていた。自分とノアに支給された通信機、そして魔力から漏れてしまう気配等は凍夜の力で封じている。また、プルートに思考を読まれた場合の対策として、一部の思考も凍夜によって封印してもらった。


 今回の闘いは、仲間たちは勿論――シンたちに知られても危ない恐れがある。そして、今回の闘いは何があっても絶対に失敗できない。負けられない。氷華は最期の闘いと覚悟していた。


「こんなに穏やかでいい天気なのに――青天の霹靂のように、終わりは唐突にやってくる。世界は簡単に終わりを迎えてしまう」


 “真実”を思い出し、何度も喪い続ける苦しみを思い浮かべ――氷華は覚悟を固めるように、ぎゅっと瞳を閉じる。強大に進化しているであろう仲間たちの魔力を感じ取りながら、氷華は「私は全てを護りたい。でもその為には、単に強くなるだけじゃ駄目。強くなると同時に……覚悟も必要なんだ」と言い聞かせるように呟いた。


 ――大切な仲間たちが死に、世界が壊れる。そして、それが連鎖している運命。受け入れたくない真実だった。


 ――だから私は、何度も抗い続けた。そして、やっと今に繋がった。


 ――私は、あんな“真実”を……もう繰り返させない。


「全てを壊して、全てを取り戻す」




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