第138話 世界よりも大切なもの①
ノアと共に様々な異世界を廻り、修行に励んでいた太一だったが、携帯に表示されているカレンダーを眺めながら「約十日前……そろそろ自分の世界に戻った方がいいか……」と呟く。太一の言葉を聞いたノアも「もうそんな時期か」と言って拳銃を下ろしていた。その姿を見て太一は「そういえば、結構前から気になってたんだけど――」と続け、ノアが普段から隠し持っている銃について指摘する。
「弾の補充っていつもどうしてんだ?」
太一の疑問を前に、ノアは拳銃を取り出して「これはシンから渡された特殊なもので、無限に発砲できる。原理はわからない」と説明した。魔力の感知は苦手な太一でも、その拳銃からは何となく魔力を感じ取れる。大方、銃弾を空間転移で補充しているものと推察した。
更にノアは背負っているショットガンを指さし「これは“ある人物”から押し付けられたものだが――弾数が限られている代わりに、サブマシンガンにも変形可能だから、なかなかの優れものだ。これも原理はわからない」と続ける。そろそろ太一でも推察できない域に達してきたので、彼は考える事を諦めた。
遠い目をしている太一を気にせず、ノアは続けて懐に隠し持っていた特殊な形の銃を取り出す。それを太一の顔の横に向け、容赦なく放った。
――――ビュンッ!
「ビーム銃まで持ってたのか……」
「これは僕の世界から持ってきたものを“ある人物”に勝手に改造された。結果、弾数は関係なく、充電した分だけ無限に放てるものへ変化した。原理は説明されたが忘れた」
「もしかして、その“ある人物”って――」
咄嗟に頭に浮かんでいた人物の名前を口にしようとした時、それを遮るようなタイミングでノアの通信機がピピッと鳴り響く。どうやら通信相手はノアと一対一での通信にしたらしく、太一の方から彼等の内容を聞き取る事はできなかったが――ノアの穏やかな表情を見るだけで、通信相手は大方予想できた。短い会話の後、そのまま通信を切ると、ノアは拳銃やビーム銃を再び懐へしまう。
「太一、悪いが僕は先に戻る」
「おう、俺ももうちょいしたら陸見町に戻るよ。氷華に「強くなって帰るから、驚く準備しとけ」って伝えといて」
「わかった」
次の瞬間、すぐにシンに連絡を入れたらしいノアの身体は光に包まれ消えてしまった。取り残された太一は「さて、と……俺もラストスパートといくか」と言って口の端を持ち上げ、目の前に現れる巨大生物たちへ剣を振り上げる。
◇
「私が精霊にならずに凍夜お兄ちゃんが精霊となった時点で、運命は変わった。未来は変わり始めている。後はここから私が軌道修正していくだけだね」
そう言いながら立ち上がる氷華を見て、凍夜は「氷華、これからどうするつもりなんだ?」と問いかける。氷華は辛そうに微笑みながら「“もう一つの強くなる方法”で闘うよ」とだけ呟いた。
「私たちの行動がばれないように、リアン――プルートを出し抜く。そうなるとこれからは少人数で闘った方がいいのかもしれない。ひとりの方がいいかも」
その言葉を聞き、“真実”で孤独に闘う氷華を思い出した凍夜は「そんな事はお兄ちゃんが許しません」ときっぱり述べる。凍夜自身も“こちら側”へ足を踏み入れた以上、覚悟は決めていた。
「氷華をひとりで闘わせないよ。俺も一緒に闘う」
それを聞いた氷華は、顔を蒼くさせながら「だ、駄目!」と声を張り上げる。
「それは駄目だよ! 凍夜お兄ちゃんが怪我したら大変だから!」
氷華にとって、凍夜だけは“こちら側”へ巻き込みたくなかった。凍夜が傷付くような事態は避けたい。だから巻き込みたくなかったのだが――それが叶わない今、何としてでも闘いから遠ざけねばならなかった。
しかし、凍夜はそれに黙って従う筈もない。命を懸けるような闘いなら、尚更氷華をひとりにする訳にはいかなかった。
もしも氷華が死ぬ様な事になったら、凍夜にとってこの世界に生きる意味はない。
「氷華はなんて優しい子なんだろう……だけどね氷華、これだけは譲れない。俺は氷華を救う為に氷雪の精霊になったんだから」
「でも――やっぱり駄目! お兄ちゃん仕事ある!」
「年内の仕事は――大体終わらせたから大丈夫だよ」
「その顔は嘘!」
「まあ、勝手に出てきちゃったから捜索願とか出てるかもしれないけど」
「その顔は本当だ――じゃなくて! ほら、だったら凍夜お兄ちゃん今すぐ帰らなくちゃ!」
「いや、きっと氷華はその間に闘いに行く筈だ。そんなにひとりで行くっていうなら、お兄ちゃんを倒してから行きなさい」
「凍夜お兄ちゃんを危険な目に遭わせる訳にはいかないもん……行くよ、凍夜お兄ちゃんッ!」
自分の意見に頑なになっている二人は、互いの身を案じるあまり本末転倒している事に気が付かなかった。そして、氷華の魔術と凍夜の魔法がぶつかり――氷の神殿は荒れ果てる。
氷雪の守護精霊は止めるべきか迷ったが、こういうのはとことん喧嘩した方がいいと判断し、そんな二人を冷静に静観していた。
氷華に呼ばれて駆け付けたノアが到着するまで、彼等の環境破壊的兄妹喧嘩は止まらなかった。
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