World Trust Story

第135話 もう一つのプロローグ



 膨大な魔力に支配されていた空間は、静寂に包まれていた。全ての真実を映し終え、魔力が霧散する。

 霧が晴れても、真実を思い知らされても尚――水無月氷華はその場にぺたんと座り込んだまま動かなかった。否、動けなかった。


“氷雪の守護精霊”は《無理もないでしょうね》と心の内で思い、透き通るような声で《終わったわよ》と呟く。その言葉を合図にするように、“氷雪の精霊”は氷の柱からそっと姿を現した。もう隠れる意味はなくなったのか、一歩ずつ堂々と、彼女と距離を詰めていく。


 そのまま“氷雪の精霊”は彼女に見向きもせず、横を通り過ぎ――メトロノームのように一定速度で動かしていた足をやっと止めた。氷華の背後で“氷雪の精霊”は立ち尽くし、何も発する事なく、“これから起こる筈だった真実”の映像を見せられた水無月氷華の出方を慎重に伺っている。




 自分が氷雪の精霊になった事が引き金になるように、世界が動く。

 これから仲間たちは無残に死に絶え、世界は壊れる。今まで命懸けで護ってきたものは、全て簡単に壊されてしまう。

 何事も、崩壊は突然やってくる。そんな運命を変える為、自分は過去に干渉して死んだ。

 しかもその運命は、何回も何回も連鎖し、繰り返されてきた。


 思い返せば、何度も予兆はあった。


 シンがゼンだった頃に聞いた、神力石を砕いた雷の話題。あの話を聞いた時、氷華は何故か違和感を抱いていた。


 スティールと敵対していた時、彼から聞いた「人生二周目」という表現。風光の精霊となる際、記憶を代償にしたスティール。彼が自分自身の感覚を表現した言葉だったが――何故自分まで戸惑ったのだろうか。


 ディアガルドと初めて会った時は、陸見公園だった。彼の正体を探る為に魔力を集中させた時、不意にデジャヴを感じるような、不思議な現象に陥った。もしもあれが本当に、今までの運命の連鎖からくる既視感だとしたら。


 ノアと初めて会った時も、そうなのかもしれない。当時は互いの体内に宿していた神力石の欠片による共鳴現象だと思っていた。しかし思い返せば、あの時も実際に既視感を抱いた。共同戦線では、初めてとは思えない程に華麗な連携も決まった気がする。これは本当に、ノアが超人的に身体能力が高かったから――で片付けていいのだろうか。


 太一も以前、仲間たちとは異様に連携が取りやすい事をぼやいていた。本人が「スティールとか認めるのは何か悔しいけど、強いからだろうな」と続けていたので、特に気にも留めなかったが――もしかしたら。


 自分たちの記憶にないだけで、ずっと一緒に闘っていた仲間だから――だとしたら。




 ――「私たちが経験した過去も全部、現在に繋がっているって考えたら」


 ――「この仲間たちに出会う為だったなら」


 ――「私は、過去も未来も、現在だって幸せだ」


 自分自身で述べた言葉を思い出し、氷華は確信した。


 記憶にはない。でも、魂は覚えている。全部、繋がっている。


 掛け替えのない仲間たち。彼等との日常を支えに、ワールド・トラベラーの水無月氷華は闘った。何度も、何度も、何度も。


 そんな日常を取り戻す為に、ワールド・トラベラーの水無月氷華は、過去に干渉するという過ちを犯した。何度も、何度も、何度も。


 そうして繰り返された運命の連鎖は、徐々にズレが生じ、僅かな亀裂が走り――遂に真実が壊され、運命の歯車は動き始めた。


 これが、真実。揺るぎない真実が、漸く揺らいだという、真実。


 ――そうか、私は……何度も闘って、何度も間違って……何度も、皆と廻り合っていたんだ。




「時に真実は残酷だよ」


 呆然としている氷華の背後から、耳慣れた声が響く。

 氷華は薄々勘付いていた。自分が真実を知った事で、既に未来は変わり始めている。自分の運命だって変わったし、恐らくシンの世界で生きる全てのものの運命も変わった。


 もしも自分以外に、氷雪の精霊になれそうな人物が居るとすれば。

 自分並に氷雪の属性の特徴を受け継いでいるような人物は。

 思い当たる人物は、ひとりしか存在しない。

 それは――氷華が最も“闘いに巻き込みたくない人物”だった。


 そして、今まで沈黙を貫いていた氷華は口を開く。ゆっくりと振り返り、氷華の様子を観察している氷雪の守護精霊と――“現在の氷雪の精霊”の姿をまっすぐ見つめた。


「大抵、真実っていうのは残酷なものだよ。本当に残酷なのは、この運命なんじゃないかな……凍夜お兄ちゃん」


 氷華の言葉を聞いて、氷雪の精霊――水無月凍夜はにこりと微笑む。

 その後――。


「うんうん、本当は俺もそう思っていたんだ。真実を知っても尚、常に自分を保ってて、冷静に答えてみせるなんて――流石、俺の妹! 氷華はやっぱり最高の妹だよ!」

「と、凍夜お兄ちゃんだって……最高のお兄ちゃんだもん……」


 頬を染めながら答える氷華の姿を見て、愛おしくなった凍夜は彼女の身体をガシッと抱き締めた。流石に異性に抱き付かれれば赤面して恥ずかしがり、慌てふためく筈の氷華も――実兄とあっては別だ。少しだけ照れながらも、だけどどこか嬉しそうにはにかんでいる。


 一方、冷静沈着な物腰の凍夜しか知らなかった氷雪の守護精霊は、妹を前にした彼の豹変を見ながら、内心で《愛が重いわね》と冷静に評価していた。


「それで、凍夜お兄ちゃん……話してくれないかな? どうして、凍夜お兄ちゃんが氷雪の精霊になったのか」


 その一言を聞いて、凍夜はピタリと固まる。氷華の身体からそっと離れると、彼は今までとは別人のように真剣な面持ちで口を開く。


 自分が氷雪の守護精霊と契約し、真実を破壊し――数多の運命を塗り替えた経緯を。



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