第131話 エピローグ③
シンは「せっかくのクリスマスなのに会議とは……」と溜息を吐きながらぼやく。一年で一回しか訪れない祭日だ。本当は人間たちのように、刹那や仲間たちと共に楽しく過ごしたかったのだが――奇しくも神連合の会議と被ってしまった。
――と言っても、行方不明の太一が気になってそんな騒ぎではないが……。
太一が行方不明。それを理由に逃げてしまおうかとも考えたのだが、こういう時に限ってリーダー格の古株――メルクルに釘を刺されてしまった為、シンは渋々ながらも参加していた。
「とりあえずここは全部承認して早めに終わらせよう」
「って言っても、それは内容次第だろ。変な内容に承認したら後々面倒だぜ」
「うわっ、お前にそんなまともな事を言われる日がくるなんてな」
「俺たちもいい大人だ。お前もちょっとは落ち着いた方がいい」
暇を持て余したシンが、同期のマルスと共に雑談をしていた丁度その時、時計の針が八を指す。それと同時にシンたちの周りの空間がぐにゃりと歪み、七人の人影が現れた。その中、中央で拘束された人物がシンに対して一瞥し――そのまま口で弧を描く。いつになく不気味な表情を見据えつつ、シンは「こんな状況でも随分と余裕だな、プルート」と静かに口を開いた。
「早いな、シン……いや、この場では“テール”か」
この中でも一番の老翁が口を開き、落ち着いた声色を響かせる。シンはその老翁がいけ好かないのか、疎ましそうな表情で「急ぎの用事があって」と短く述べた。
「ヴェニス、テール、マルス、ジュピィ、サテル、ユラ、チューン……プルート。そして我がメルクル。あの二人以外は全て揃ったな」
「では、会議を始めましょう」
「題目は、大罪人プルートの処罰について」
十一の世界から成る神連合のリーダー格――メルクルと名乗る老翁がこの会議を取り仕切る。シンも本名の“テール”として、いつになく真剣な面持ちで会議に出席していた。普段は各々の世界の近状や文化、時には自慢話等で――定期的な報告会のような感じになるのだが、今回の招集はいつもと違う。内容が内容だけに、全員に緊張感が走る。
会議の内容は、“自分の世界を破壊へ追い込んだ上、永久的に中立を宣言した世界へ攻撃した”罪を犯したプルートの処罰を確定するものだ。過去に前例がない重すぎる罪状故に、前回の会議だけでは纏まらず、ひとまず神連合における地位――神権剥奪という応急処置を取っていた。しかし今回は最終的な処罰を決定し、裁きを下す。
唯一神である者が、自ら世界の破壊へ加担した。更には他の世界への攻撃。プルートが犯した罪は相当重く、前例がないにしろ死罪は確定的。神界からの追放、完全消滅の可能性だってある。それにも関わらず、プルートはまるで何か逆転の秘策でも用意している如く――怪しく不気味な笑みを浮かべ続けていた。
「プルートよ、何故自分の世界を滅ぼした」
「不必要になったからだ」
「何故ソレイユとリューヌに手を出した?」
「全てを無に帰したい。その初手には、ずっと逃げ続けるあの者たちが相応しい」
「やはり、お主は……」
「おい、もう問い質してもしょうがねえだろ」
「賛成。これじゃ時間の無駄」
「やはり、完全消滅かしら」
「神界で飼い殺す案はどうでしょうか」
メルクルの最後の尋問を前にしても泰然自若とした様子のプルートを前に、一同は痺れを切らして判決を煽る。しかし今まで沈黙を貫いていたシンは、プルートの真意を探るようにずっと見据えながら「……封印でよくないか」とだけ呟いた。その言葉を聞いた他の神たちは「青すぎる若造が」「温いですよ先輩」と呆れ果てる。シンと親しいマルスは「相変わらずのお人好しだぜ」と言いつつも、どこか楽しそうに笑っていた。
「しかし、犠牲となった者たちはそれで報われるのか?」
「テールの肩を持つ訳じゃないが、考え方によっては完全消滅より永久封印の方がキツくないか?」
「そう言われちゃうと……確かに一理あるかも」
「完全封印の場合、各世界から力を終結させれば全員に何かない限りは解けないだろうしな」
「ソレイユとリューヌにも協力を要請すれば?」
「あの人たちは永久中立。無理」
「って言っても、彼等もプルートに攻撃されたのよ。それにも関わらず黙ってる訳ないわ、流石にね」
「静粛にせよ。立場上この場に居ないにせよ、彼等を無視する訳にもいかぬ。一応、会話は試みるが――」
メルクルが瞳を閉じながら、欠席の二人へ呼びかける態勢に入る。その間、ヴェニスは「彼等の返答次第、処罰はすぐに決行されるだろう。何か言い残す事は?」と鋭い眼光で問いかけた。しかしプルートは相変わらず口元を吊り上げたままで、笑みを堪えるように肩を震わせている。処刑を前に気でも動転したのかと思ったチューンが、「何がおかしい?」と問いかけようと口を開いた瞬間だった。
――――ザシュッ!
チューンの身体に衝撃が走る。
「何が……おか……し…………?」
問いの代わりに口から出てきたのは、赤く染まった鮮血だった。
「チューン!?」
何かに背後から身体を貫かれたチューンは、再びごぽりと血を吐き出す。チューンを貫いたのは魔力が込められた剣のようで、それが引き抜かれたと同時にチューンはどさりと倒れ込む。そのままチューンの身体は光と共に消滅し、辺りは戦慄していた。
神々によって作り出された空間への侵入。
神の暗殺。
起こってはならない――否、起こる筈のない二つの事件が一度に発生し、神という立場であってしても一同は困惑していた。メルクルは視線だけで人を殺せそうな程の鋭い眼光で「何者だ」と殺気を込めて言い放つ。
チューンが消滅した背後、闇の中から現れたのは、ひとりの青年だった。彼は気配を殺して神の背後を取り、何の躊躇いもなく神を殺した。当然のようにやってのけたが、一般的な人間ではそんな真似は絶対に不可能だ。只者な訳はない。青年はメルクルの殺気に臆する事なく、寧ろ何も感じていないように――一歩ずつ近付いて行った。冥界の闇を纏ったような青年は、遂にその姿を露わにする。
「貴様……チューンを!」
「名乗れ! どこの世界の者だッ!?」
しかし、一部の神たちにはその青年に見覚えがあった。シンは呆然としながら「ど、どう……して……何故お前が……ここに、居るんだ……」と震える声で呟く。その傍ら、一切の狂いもなく、目論見通りに展開が進み続け、遂に耐えられなくなったプルートは声を上げて笑い出した。
「相変わらず甘いな、テールは!」
神を殺した張本人である青年の肩をポンッと叩き、プルートが怪しい瞳で問いかける。
「チューンを殺したこの男は、テールの管轄らしいが……さて、どうする?」
そこには、光を失った目で沈黙している青年――北村太一が立ち尽くしていた。
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