第130話 エピローグ②
シンが危惧した日が迫り、皆は徐々に修行を終えて帰還していた。それぞれ力を蓄え、高め――それは太一も例外ではなく。自他共に強くなったと認めるくらいには成長した筈だ。
身も凍るような冬空の下、太一は一人で陸見公園のベンチに腰を下ろす。空を仰げば、ふわりふわりと雪が舞っていた。
「さみっ……」
すっかり冷え込んでしまい、太一はマフラーに顔を埋めながらぶるりと身震いをする。町の装飾は日々華やかなものとなっていき、至るところでは光り輝くイルミネーションが施されていた。繁華街の方では、まるで光のトンネルのような装飾になっていて、この時期は毎年賑わいを見せる。町中を歩く人々もどこか浮足立っていて、彼等の会話に聞き耳を立ててみれば、十中八九は今日のクリスマス・イヴの話題だった。
「そろそろ、か……」
クリスマス・イヴという単語を聞いて思い出すのは、あの時のシンの発言だ。予測通りならば、そろそろ大きな闘いが起こってしまう頃合いだろう。太一はぎゅっとマフラーを握りながら「あれから俺だって強くなった……だから大丈夫」と自分に言い聞かせる。
あれから太一はノアと共に今まで訪れた世界の隅々を巡り、異界の敵たちを相手に修行に励んでいた。京との闘いの際、カイリたちがそれぞれ相手にした四凶並の怪物も、太一だけで倒せるレベルにはなっている。充分な経験値は積んだ筈だし、それなりの自信も付いていた。
しかしどうしても、不安は拭い切れない。冬の寒さの所為で、心まで弱気になっているのかもしれない。そんな風に考え、どうにか心を保ちながら、太一は小さな溜息を零した。
「って言ってみても、ここは真実の塔じゃないし――慢心してちゃ駄目だよな。何が起こるかわかんないし、慎重なくらいが――」
「ああ、これから始まるのは真実だ」
「ッ!?」
何の前触れもなく――突如響いた謎の声に、太一は勢いよくベンチを立ち上がる。その衝撃で飲んでいた珈琲の缶がカランと落ちた。即座に武器である竹刀を握ろうとするが、それより先に太一の背後で何かが蠢く。嫌な悪寒が走った。
「……誰だ……お前」
肩を触られた瞬間、突然硬直してしまった自分の身体に違和感を覚えながら、太一はどうにか口だけを動かす。振り返る事ができないので、自分の背後に居る者の正体はわからない。しかし、この声は何となく耳にした事がある気がした。それが余計に嫌な予感がする。
「もう一度訊く。誰だ」
太一が虚勢を張りながら強気に問うと、声の主は感心するように「未知の敵を前にしても動じない――流石、救世主」と笑っていた。
「リアン、とでも名乗っておこうか」
「俺に何の用だ」
「我が為に強くなった事、感謝する」
その言葉を聞いた太一は本能的に察する。
声の主が自分を利用しようとしている事。
声の主は最初から全てを企て、自分たちを泳がせていた事。
声の主が、今回の敵であるという事。
「くっそ、身体動かねえ! お前、俺を使って何をするつもりだッ!?」
「あの女でもよかったが、やはりお前の方が御し易い」
「ッ!?」
次の瞬間、太一の視界の全てが光のない真っ黒な闇に染まった。それと比例するように、頭の中は真っ白に塗り潰されていく。突然の事態に戸惑う太一だったが、次第に戸惑いすら薄れ、意識まで遠退き始めていった。
「な、んだ……これ」
――何も考えられない……頭が、真っ白に……こんな、ところで……俺はッ!
そのまま太一は力なく倒れ込む。まるで心が失われ、自分自身を喪失してくような感覚だった。
「俺、は……まだ……ッ」
太一の意識が闇に落ちると同時、リアンと名乗った人物は口の端を持ち上げる。
そして、太一とリアンはその場から忽然と姿を消してしまった。
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