第129話 エピローグ①


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 中央の台座から現れた女性を見つめながら、氷華は「やっぱり……氷雪の守護精霊も居たんだね」と苦笑いを浮かべながら声を漏らした。長い睫毛と共にゆっくりと瞼を上げた氷雪の守護精霊は、氷華の姿を確認した瞬間――何故か悲しそうな表情で目を伏せてしまう。


《また“あなたが先に”きてしまったのね》


「え?」


《いいえ、何でもないわ。封印の鍵が足りなかっただけ。だからこれ以上は言えない》


 氷雪の言葉が理解できず、疑問を抱きながらも――彼女を探してきた本題を思い出し、氷華は再び口を開いた。


「あの、私……水無月氷華って言います」


《知っているわ。さっきあなたが自分で言ってたもの。私の封印を解いたのは、氷華》


「封印……やっぱりそうだったんだ」


《ええ、とても複雑な封印。私の存在ごと封印してしまうもの。簡単には解けない》


 氷雪の言葉で、氷華の中で一つの違和感が解消された。今まで氷雪の精霊の存在自体に気が付けなかったのは――憶測通り、彼女が存在ごと封印されてしまっていたからだ。カイリたち精霊であってもその真実に気が付けなかったのは、封印術が起因しているのだろう。


《私の存在に気付き、一部の封印も解く事ができた。つまり、氷華には“その権利”があるわ》


「うん」


 そして氷華はぎゅっと胸に手を当てる。ドキドキと心臓の音がうるさかった。声が震えそうになりながらも、氷雪に対してハッキリと宣言する。


「私、氷雪の精霊になりたいの」


 その言葉を聞いた氷雪は、氷華の恐怖を無理矢理隠しているような瞳をじっと見つめながら、静かに《いいの?》とだけ問いかけた。

 精霊になる事は、人間ではなくなってしまう上――何かしらの代償が必要となる。それに、肉体の死後も暫くは魂だけ束縛される運命を辿る事になるのだ。

 しかし、精霊になれば――今までのように自らの魔力だけで発動していた魔術の他に、自然の力を利用して氷雪の精霊魔法が扱えるようになる。自然があれば発動可能なので、いつでもほぼ無限に強力な精霊魔法が発動可能だろう。

 この力があれば、この先の未来で何が起こっても――対処可能かもしれない。


 氷華は既に覚悟を決めていた。太一と氷華が闘うという未来を変える為には、まずは当事者である自分が未来を変えられるくらいに強くならなければならない。そこで彼女が強くなる為に選択したのは、自分が代償を払い、氷雪の精霊となる事だった。


「私は、未来を変える為に強くならなくちゃいけないの」


《…………》


「強くなる為の方法、他にも一つだけ思い付くんだけど――やっぱり私が氷雪の精霊になった方がいいと思うんだ。そうする事によって六大精霊が揃うから。全ての属性の精霊が揃えば、きっとどんな敵にも立ち向かえる筈だから」


《あなた以外の誰かが氷雪の精霊になるという考えは?》


「きっと誰にもなれない。普通に生きてる人間は精霊の存在に気付きもしないし、更にあなたの存在に気付く人はもっと少ない。それに私並に氷雪の属性を色濃く引き継いでいる人――殆ど居ないもの」


《殆ど?》


「一人だけは思い付いちゃうんだけど、あの人をこんな危険な闘いに巻き込めない。だから……私が氷雪の精霊になりたい。例え、どんな代償を払っても」


 氷華のまっすぐな想いを聞いた氷雪は、《……何があっても、後悔しない?》とだけ尋ねる。その訊き方はどこか意味深に思えたが、氷華は苦笑いを浮かべながら「何となく感じるんだ。たぶん、次の闘いは後悔してる余裕とかないと思う」と答えた。

 今まで少しずつ感じていた胸騒ぎのような違和感。それが日に日に大きくなっていく気がした。まるで、次の闘いへのカウントダウンのように。


 氷雪は、どこか辛そうに瞳を閉じる。もしも自分がここで行動を起こせば――未来は変わるかもしれない。しかし、今の氷雪にはそれができなかった。もしも下手な行動を起こして、自分が消滅するような最悪の事態に陥ってしまったら――本当に希望がなくなってしまう。今まで少しずつ積もらせてきた雪のように儚い希望が、全て溶けてなくなってしまう。


 次の瞬間、氷雪の身体は淡く光り――そのまま水色の光が氷華を静かに包み込んだ。体内から湧き起こる膨大な魔力を実感しながら、氷華は「これが……精霊の力……」と呟く。


「力を貸してくれてありがとう」


《信じているわ。いつか、あなたたちが――あの子のように世界を救う事を》


 それだけ告げると、氷雪は何故か黙ってしまった。氷華は「難しい人だなあ」と思いながらも、重要な事を思い出して「そういえば」と再度口を開く。


「私の代償は?」


《あなたは、痛覚が敏感になる事》


「攻撃、食らわないようにしなきゃいけないね」


《ええ、これからは些細な怪我や風邪も命取りだから。気を付けて》


 そして氷雪は《あなた程の魔術師ならば、詠唱をしなくても精霊魔法を発動できるかもしれない。そして氷雪の精霊が最も得意とするのは、あなたが察していた通り封印術よ》と助言する。氷華は「詠唱破棄もできちゃうなら、闘い方によっては便利かも」と笑い、自らの胸の前でぎゅっと拳を握っていた。

 先程以上に、心臓の音はうるさい。でも、体内の新たな力を実感する。これなら、きっと――例えどんな未来が待ち受けていても、大丈夫だろう。


 ――これで、合ってるよね……。


「暫くはここで精霊魔法の練習をしよう。私はもっと強くならなくちゃ」


 こうして、この世界に新たな氷雪の精霊が生まれた。

 彼女が氷雪の精霊となった事で、未来はどうなるのか。世界はどう変わるのか。

 月へ祈るように手を組み、氷華は未来に希望を信じながら呟いた。


「待ってて、世界」





 

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