番外編19 普通の仲間②
「私は、常々こう思うんだよ。ワールド・トラベラーにとって大事なものは、仲間であると」
「仲間……」
明亜は復唱する。ワールド・トラベラーを助け、肩を並べながら共に歩く存在。仲間。
恐らくそれは――隣に居るノアと、精霊たちの事を指すんだろう。京に利用されていたとはいえ、敵の立場に居た明亜には痛感させられた。
そして今の明亜にとって、それは憧れる立場だった。
「しかし、只の仲間ではない。勿論、現在のノアや精霊たちのような仲間も必要だが……違う立場の仲間も大事だ」
「違う立場というと、お前の娘のような奴か?」
「刹那はちょっと違うな。だが、候補なら何人か居る」
「もしかして、僕……だったりしますか?」
ここに残され、こうして会話を続けている意味は、もしかしたらそうなのかもしれない。うぬぼれかもしれないと思いつつも、明亜は恐る恐る問うと、シンは優しく微笑みながら「ああ。そうだ。あいつは……難しいだろうな……。そう考えると、今のところ夢東くんが一番近いかもしれない」と告げた。
「私が思うのは、普通の人間に近い思想を持つ存在だ。巻き込んだきっかけの私が言うのも変だが、今のワールド・トラベラーはもう“異常”に慣れ切ってしまっている。それは、決していい事ではないんだ」
シンが遠くの空を眺めながら呟くと、ノアは目を閉じたまま「わからないな」と続ける。
「お前は僕を“ある意味”こちら側の感覚を持つと表現した。しかし僕は異世界人だ。この世界の常識が通用しない。だから普通の人間とずれていると思うが」
「えっと、これは僕の感覚なんだけど」
ノアの問いに反応したのは、明亜だった。ノアの顔色を伺いつつ、恐る恐る思った事を口にする。
「シンさんの言葉通りなら、さっきのノアくんは壊しちゃった扉を直す事を優先しようとしたんだよね」
「……ああ。万が一、氷華に変な疑いがかかったり、あの力を公表する破目になったら迷惑になるだろう。シンかドクターに、また記憶を操作させなければいけない手間がかかる」
「そこ、なんじゃないかな」
「そこ?」
「突然扉が壊れる事は“不自然”って判断できる。皆の力は“異常”って判断できる。些細な事だけど、大事な事だと思うよ」
するとノアは何かを考え込むように「……どういう事だ?」と呟いた。まるで自分自身で自分の事が理解できない様子だ。そのままノアは「僕等の世界は……あの頃は環境自体が常識から逸脱してような世界だった。しかし“そう思える”という事は、情報として入れられていたのか、もしかしたら実験が始まる前の僕が……こんな事、今まで考えた試しがなかったな……」とぶつぶつ唱えている。
ノアの事を詳しく知らない明亜は、何と声をかけるべきか戸惑ったが、最終的にそっと見守る事にした。
なんとなく、安易に踏み込んではいけない内容という事だけは察したからだ。
――でも、ちょっとだけ寂しいな……ワールド・トラベラーの存在がひた隠しにされるのって。時にはあんな風に怪我を負いながら、彼等は世界の為に頑張っているのに。
明亜が内心で複雑そうに考えていると、今まで黙っていたシンが「世の中には、知らない方が幸せな事もある」とだけひとりごとのように呟いた。やけに重みのあるその言葉で、ノアと明亜は顔を上げる。
すっかり夕焼けに染まった空を背景に、夕焼けに溶け込むような髪を靡かせた青年は、珍しく真剣な表情で続けた。
「いい機会だ。二人には話しておこう。ノアも、考えてみるといい」
「?」
「想像してみなさい。もしも、ワールド・トラベラーの存在を今のような立場ではなく、“英雄”として知ったら。こうは思わないか? かっこいい。凄い。助けてもらいたい。最初はそうかもしれない。しかしいつか真実に辿り付く筈だ。“自分たちの知らない場所では、命の危機を伴う闘いが起こっている”事実に」
「それは……そうでしょうけど」
「そして、次第にこうなる。自分も巻き込まれたらどうしよう。怖い。関わり合いたくない。もし巻き込まれたら、自分にとっては理不尽極まりない」
まるで、フィクションの世界だ。法也が好きなヒーローものの世界と表現してもいいかもしれない。
しかし、それが現実に起こったら。例えば、もしも自分が何の力も持たない人間で、怪人に破壊された街の住人だったら。自分なら、他人ならどうするだろうか。
明亜はこう思った。
恐らく、理不尽を嘆き、巻き込まれた事を恨み――その矛先はいずれ――。
同時に、大多数のヒーローものの作品は夢を壊さない為、敢えて“そういった負の感情をリアルに描かないんだろう”とも理解した。
「…………」
「それに、“英雄”は信仰に発展する可能性も高い。信仰は時には救いになるが……一歩踏み違えると危険なものになる。判断力の欠如、思考の放棄、責任転嫁。命も軽くなってしまう」
歴史上にある凄惨な事件を思い浮かべながら、明亜は「そっか……」と納得しながら目を伏せる。ノアも、自分たちの世界の歴史や科学者たちの言動を静かに思い出していた。
「ワールド・トラベラーという存在は、神格化されてもおかしくない。シンさん――神様の前で言うのもどうかと思うけど」
「まあ私が選んだ者たちは、私を全く神格化しないから大丈夫だがな!」
まるで開き直ったように笑うシンを見ながら、明亜は「この人、それを自分で言っちゃうんだ……」と初めて呆れたような表情でツッコミを入れた。そんな明亜の態度を満足そうに見つつ、シンは話を再開する。
「こほん。話を戻そうか。まず、救世主という存在が公表されれば――人々は自ら解決できるような些細な問題でも救世主を求める事になる。不安感が募り、冷静さを失い――少しでも自分たちの不幸に繋がるような何かがあれば、救世主を糾弾するようになるだろう。人間は、とても脆い生き物だからな。恐怖心を忘れる為、怒りの感情で無意識に心を自衛している」
そういう事件の末路は、片方が殲滅、もしくは両方とも破滅――破滅までいかなくても、何かしらの被害が出る結果が大半だ。被害を最小にして鎮圧しても、両方には確実にわだかまりが残る。完全に解決するまで難しい問題だ。
「だから救世主を知らない方が人々は幸せだし、救世主にとっても知られない方が幸せだ。互いの知らないところで、互いに護られる」
「ドクターが“それ”だけ積極的な理由は、こういう事か」
ノアが言うドクター――雷電の精霊であるディアガルドは、観察力や推理力がずば抜けている策士だ。仲間たちからは参謀のように頼らている。
そんなディアガルドは、自分の推理や言動によって他人の行動を操るのは好きらしいが――雷電の力を使い、“強制的に”他人の記憶や感情を操作するのは好まない。しかし、他人からワールド・トラベラーに関する記憶を消去する際だけは、特に躊躇いがなかった。
心のどこかでノアはそれが不思議に感じていたが、あまり深く考えていなかった。だが、シンの言葉によってディアガルドの心境を理解できた気がする。
恐らくディアガルドは、シンと同じ考え方なのだろう。
そんな横で、明亜は何かを決心したように顔を上げる。その瞳は、京に操られていた頃のような虚ろなものではない。京と対峙した頃のように脅えが混ざったものでもない。
「僕も、確かに――怖い。彼等の存在を知ってしまった今、凄く怖いと思う時もある。また京の時のようになったらどうしようって、ふとした瞬間に恐怖する時もある。怖い、けど――それでも僕等は、皆と関わる道を選んだ。そして――このままじゃあ救世主ばかりが報われない。僕は、そうも思う」
明亜の強い瞳と意思を受け取ったシンは、まるで「あの時のようだ」と実感した。まだ自分がシンではなくゼンだった時。まだ太一と氷華が“普通”だった頃。太一と氷華がゼンと出会い、ワールド・トラベラーになる事を決心した――あの瞬間のようだ。
シンはふっと微笑み、明亜の将来に期待を込めるように「夢東くんは、強い子だな」と彼を称賛した。
「恐怖に負けず、少しでもそう思ってくれるならば……救世主を救う事ができるだろうな」
「僕は闘う力を持っている。この世界で喪うものもない。だから僕は恐れない。これからも変わらず、救世主を護るだけだ」
「これから僕に何ができるかわからない。それでも僕は――」
明亜は自身の胸に手を当てながら決意する。
自分は太一のような強さも、氷華のような勇気もない。自分は救世主にはなれない。
それでも、自分が救われたように、いつか彼等を――。
「救うばかりで一向に救われない救世主を救うには? それは、秘密を共有する仲間の存在だ。一方は肩を並べて共に闘う仲間。もう一方は――“普通”の立場でありながら、秘密を共有する仲間。救世主にとって“普通”を思い出させるきっかけになる存在。その存在は、例え闘うような力がなくとも――救世主にとって、とても大きな支えになっている筈だ」
闘う力は持たずとも、一般人に近い“普通”の認識を持ち、秘密を共有している立場の明亜。
強制的に消されてしまった一般人の記憶を持つ故、異世界人という“異常”過ぎる立場でありながらも、時には“普通”の観点から判断できるノア。
生い立ちや環境が“異常”だった為、“普通”を理解できない精霊たちとはまた別の立場から、ワールド・トラベラーを救う事ができるだろう。今はわからずとも、将来的には確実に――彼等のような特殊な立場の仲間が必要になる。
そう確信しながら、シンは「だから、どうか“普通”を忘れないでくれ」と子供を諭す親のように優しく微笑んだ。
◇
「そうだ、シンさん。お願いがあるんですけど……」
去り際に明亜は思い出したように呟く。その言葉で水無月家へ戻ろうとしていたノアも、一度足を度止めた。
「何だ?」
「あの例え話、法也には内緒にしてください。彼は純粋なままで居てもらいたいから」
「……そうだな。そうしよう。ノアも厳守するように」
「ああ、わかった」
そして明亜はシンやノアと別れ、ひとり帰路につく。
――「世の中には、知らない方が幸せな事もある」
シンが言っていた言葉を思い出しながら、静かに歩き始めた。
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