番外編 ワールド・トラベラーと仲間たちの新たなる日常
番外編19 普通の仲間①
自分以外に誰も居ない陸見学園の屋上に佇み、夢東明亜は口を開く。
「随分、見える景色が変わったなあ」
明亜にとって屋上は“逃げ場”だった。他人の顔色を伺いながら生きてきた明亜は、息が詰まると決まって屋上から景色を眺める癖がある。幼少期に姉と言い合いの喧嘩になった時は、自宅マンションの屋上へ。クラスメイトとの会話が弾まなかった時は、当時通っていた学校の屋上へ。
高い場所から遠くの景色を眺めていると、世界の広さを実感できる。同時に自分の小ささも実感できる。すると、胸に痞えていた悩みは自然に消えていた。
それに景色だけではなく、恐る恐る地上を見下ろしてみると、他人の小ささで「自分が神にでもなったような優越感」も覚えられる。常に人の上に立ち、他人を見下ろしていたいという欲求がある訳ではないのだが、たまに感じるくらいなら悪くない。
「線路がそれだから……海学はあっちの方向かな」
――「お前の居場所はない」
――「お前が、友人を、陥れた」
少し前まで通っていた学校を思い浮かべ、虚ろな瞳で自分を見つめるクラスメイトたちを思い出した。咄嗟に明亜はぶんぶんと首を振りながら「もう大丈夫なんだ。京の洗脳は解けた」と自分に言い聞かせる。
京の事件以降、現在に至るまで当時のクラスメイトたちとは連絡を取っていない。事件が解決してからは、一緒に住んでいる父親の洗脳は解けていた。
だから、クラスメイトたちも大丈夫の筈だ。
「頃合いを見計らって、皆にも会いに行こう。少し怖いけれど、このままじゃ僕自身が先に進めないと思うから」
京に巻き込まれる形でこの陸見学園に転入する形になってしまったが、明亜は元の学校には戻らず、このまま陸見学園に在籍する道を選んだ。
何故なら、この学園には――。
「ソラー、居るー?」
屋上の扉が開く音と共に耳慣れた声が聞こえ、明亜はびくりと肩を跳ね上げる。正に今、頭の中に思い浮かべていた人物だったので、余計に心臓に悪かった。平常心を装ってゆっくり振り返りながら、明亜は「ここには居ないよ。氷華ちゃん」と言い掛け――その場で固まった。
屋上にやってきた水無月氷華は、二の腕が赤で染まる程に流血していたからだ。明亜は慌てながら「ど、どうしたのその怪我!?」と新たな意味で驚いていると、氷華はへらへら笑いながら「さっきまで任務行ってたんだけど、ちょっと油断しちゃって。痛いからソラに治してもらおうと思って捜してたんだ」と平然に述べる。
「でもここに居ないとなると、ケーキ屋か家か――」
「水無月家だぞ。アニメを見ながらケーキを食べていたな」
氷華の言葉に反応するように、ひとりの青年が明亜たちの上空に現れた。青空を背景に、彼は文字通り浮かんでいる。
未だに慣れない様子でぎょっと目を見開かせる明亜の横で、すでに慣れてしまっている氷華は、笑顔を見せながら「あ、シン」とまるで友人に挨拶するようなノリで言った。
「任務終わったよ。片目男は陸見山でもうひと暴れしてから戻るって言ってた」
「ご苦労。とりあえず自宅へ強制送還だな。ソラシアに治してもらいなさい」
氷華の報告を聞いたシンは、そのままパチンと指を鳴らすと、氷華の足元には巨大な魔法陣が幻想的に輝く。眩い光に包まれた氷華は「じゃ、また明日ね夢東くん」と左手を振ると、光が納まると同時に消えていた。
残された明亜は暫く呆然としていたが、乾いた笑いを漏らしながら「あ、はは……やっぱり、だいぶ見える景色が変わったなあ……」と呟く。
クラスメイトとの別れ際の挨拶にしては、異常過ぎる。現実味を帯びていない。まるで世界が変わってしまったようだ。
しかし、世界は何も変わっていない。世界が変わったと錯覚する程、明亜の認識と環境だけが変えられただけだ。異常過ぎる人間関係を築き上げてしまった、と表現してもいい。
「その考え方はとても大事だぞ、夢東くん」
氷華と共に消えたのかと思っていたシンがその場に残っていた事に気付き、明亜は「えっ!?」と思わず声を上げてしまった。
この世界の創造主――簡単に言えば神の立場であるシンが、何故自分なんかと会話を続けようと思ったのか。
それよりも、まるで呼吸をするような感覚で内情を読まれてしまった気もする。
しかも、こうして一対一で話すのはどうしても緊張してしまうし――。
明亜はぐるぐると頭を悩ませながら、やっとの思いで言葉を紡ぐ。
「えっと……僕なりに考えたんですけど、よくわからなくて。その考え方って、どれの事でしょうか?」
「おお……私を敬うこの反応は久々だ。心が伴う敬語も新鮮だな。初々しいから、つい甘やかしてしまいたくなる……はっ、まさかこれが世の祖父が抱く心情なのか!? どうしよう、これでは皆に馬鹿にされてしまうな……」
「あの……?」
ひとりで謎の葛藤をしているシンの姿を見て、明亜はうろたえた。意外に愉快な人なのかもしれない。そう考える明亜の隣で、シンは顔を押さえながら「ああ、すまん。ちょっと感動してしまってな」と口を開いた。続けて「さて、次は夢東くんの疑問に答えよう」と顔を上げる。
「私が大事だと思う事は、今の夢東くんの認識だ」
「認識、ですか?」
「今、自分が見ている光景は異常と思っただろう? この考え方は、とても大事なんだ。夢東くんにとっても……そして、ワールド・トラべラーにとっても」
シンは得意気な表情で「だから、これからも夢東くんたちには」と言い掛け――。
「氷華! どこだ!?」
勢いよく屋上の扉が吹き飛ぶ音と共に怒声に近い叫びが聞こえ、明亜は再度びくりと肩を跳ね上げる。頭に思い浮かべていた人物という訳ではなかったが、突然の襲撃に近い感覚だったので心臓に悪かった。
しかも、頑丈な筈の扉がすぐ横に飛んできたのでどばっと冷や汗も噴き出した。少しずれていたら、直撃だったかもしれない。
そんな襲撃にはものともしないように、シンは冷静に「まあ落ち着きなさい、ノア」と扉を吹き飛ばした主――ノアを宥めていた。ちなみに吹き飛んできた扉はそのままフェンスを突き破り、地上へ落下――する事なく、シンの力によって空中でふわふわと止めている。大惨事にはならなかったようで、明亜はほっと胸を撫で下ろした。
「この場に居合わせてしまった夢東くんにも状況がわかるように説明しよう。ノアは偶然、陸見山へ向かう途中のアキュラスと出会い、氷華が怪我をした事を知った。アキュラスから、氷華がとりあえず陸見学園にソラシアが残っていないか捜しに行くと言っていた事を聞き、急いでここへきた。合っているな?」
「ああ」
命の危機を感じた事で一歩も動けないでいた明亜だったが、シンの説明でだいぶ状況を理解する事ができた。つまりノアは、氷華と入れ替わりのタイミングになってしまったのだ。
「安心しろ。氷華なら先程ソラシアの元へ強制送還した。今頃は傷も癒え、アイスでも食べている頃だろう」
シンの言葉を聞いたノアは、少し安心したように「そうか」と呟き、屋上を後にしようとする。
そのまま氷華の元へ向かうのだろうか。氷華とノアの間には、太一や精霊の仲間たちとはまた違う、何か特別な絆を感じられる。恐らくノアにとって氷華は大切な存在なのだろう。だったら、普段から寡黙なノアがあれだけ取り乱すのも無理はない。
明亜はそんな風に考えていたのだが、シンが「まあ、待ちなさい」とノアを引き留めた事で「えっ」と言葉を詰まらせる。
「丁度いい。ノアも私たちの話を聞いておけ。お前も“ある意味”、こちら側の感覚を持っているからな」
「だが――」
「この“雑談”に混ざるのならば、私が扉を直しておく。氷華に無駄な心配をかける事も、太一の手を煩わせる事もない」
「……わかった」
シンの言葉によって、ノアは屋上のフェンスに背を預けながら腕を組む。どうやら素直に話に混ざるつもりらしい。シンがこれから話す内容や、この場にノアも居合わせる理由まではわからなかったが、明亜は「シンさんの言葉通りなら、ノアくんは意外に周りを気にしているのかもしれない。その中心には氷華ちゃんが居る事が前提だけど」と彼への理解を深めていた。
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