第107話 救世主と仲間たちの宣誓



 暫くしてから、ソラシアは「ソラは、ね」と目を泳がせる。

 もしも気味悪がられたら。

 もしも拒絶されたら。

 ソラシアは怖かった。

 それでも、それ以上に――心から気を許している太一たちには、話しておきたいとも感じていた。


 意を決し、心の内で大丈夫だと自分を奮い立たせながら、ソラシアは「ソラはね、これでも太一よりちょっと歳上なんだよ」と俯きながら口を開く。その自白に、太一とノアは目を点にしながら呆然とするが、少し考えてから「もし、かして……」とソラシアの代償について察した。


「ソラはね、契約した時から成長してないの。だから、皆が大人になってもソラはずっとこのまま……きっと皆、不気味だよね……そうしたら、ソラは、皆と一緒に居れないのかなって……寂しくて、それで……」


 瞳に涙を溜めながら必死に言葉を紡ぐソラシアを見て、太一は口を開く。


「そんな事ないよ」


 太一から出た言葉は、ソラシアの不安に対する否定だった。小さな身体で、大きな不安を背負っていたソラシアの背丈に合わせて屈み、太一は青緑色の大きな瞳をまっすぐ見つめる。そのままソラシアを安心させるように得意気に笑い、ぽんっと優しく頭を撫でた。


「ソラだって成長してるよ。例えば、そうだな……ソラって珈琲嫌いだろ?」

「えっ、うん……」

「でも、この前初めてティラミス食った時は美味しいって言ってただろ?」

「うん……太一が作ったの、美味しかった」

「じゃあ少しでも珈琲食えるようになった。ほら、成長してる」


 ソラシアは、内心では「それは成長なのだろうか」と若干疑問に思ったが、太一の言葉に顔を上げる。


「外見の変化だけが成長じゃない。寧ろ、外見なんて重要じゃない。ソラがソラである事の方が重要だ。俺たちの仲間のソラって奴は、甘いものに目がなくて、皆を助ける為にいつも頑張ってくれてる。俺たちはソラをひとりにしないし、何があっても仲間だ」


 ソラシアは確信した。


 例え遠い未来、太一たちとの“時間のズレ”が生じてしまっても、きっと皆は自分を受け入れてくれる。

 この仲間たちと、一緒なら――どんな障害でも、乗り越えられる。


「それにきっと、氷華も同じ事言う筈――」

「太一ーッ!」


 太一に飛び付き、ソラシアはわんわんと泣き出してしまった。苦笑いを浮かべながら「ちょ、泣くなって!」と訴える太一だったが、スティールの「妹を泣かせたね、太一くん……」という殺気に表情を固めた。その言葉で、ノアは「チビが妹という事は覚えているんだな」と疑問を浮かべると、スティールは抜きかけた魔剣を鞘に収めながら「そこだけはね。記憶っていうか魂が覚えてたのかも。色々片付いた後、ちゃんとシンにも確認取ったから確かだよ。きっと僕、記憶を失う前はシスコンだったと思うんだ」と何事もなかったかのように微笑む。

 太一は「今でもの間違いだろ……」と少しだけ呆れていた。


「下手したら僕も外見が成長するか怪しい。気にするな」

「そういえばハンカチも人間じゃねえんだったな」

「自分でわかってないの? その辺の事情とか」

「実験をしていた施設は全部壊したし、科学者共は殲滅したから謎だ」

「よくよく考えてみれば、ソラたちよりノアの方が大変な人生だったかも……?」

「比べる事じゃない」


 ノアの遠回しのフォローや優しさに触れ、感激したソラシアが太一同様に飛び付こうとするが、それをノアはひょいっと避けていた。それを見たスティールは「ちょっとノアくん、そこは優しく抱き締めてあげるところでしょ」とツッコミを入れるが、ノアは面倒そうな表情で「そうすると黄色が騒ぐだろうが」と文句を言っていた。スティールは「まあ、確かに」と納得している横では、アキュラスが黙ってプリンを食べている。


「いつもの感じに戻ってきたな」

「げほっ……そうだな……」


 皆の様子を眺めつつ、太一は先程から何故か咳が目立つカイリに「さっきから辛そうだけど大丈夫か?」と言いかけるが――彼の様子を見て太一とノアはぎょっとしていた。カイリがボタボタと鮮血を垂らしながら「ああ、説明しようとしたら丁度よく出た。俺の代償はこれな」と顔面蒼白で笑っている。

 太一とノアにとっては、笑い事ではなかった。


「いや、“これ”って言われてもわからないから!」

「どういう事だ!?」

「あー……えーっと……俺って子供の頃、かなり病弱でさ。マジで死にかけてたんだよ。つまり死は免れるけど一生不治の病、みたいな。たまにサプリメントって言って飲んでた薬、あれ本当は発作抑える奴」


 太一は目を点にしながら「カイが病弱とか、嘘だろ……」と呟くと、ノアも「人は見かけによらないものだな」と遠い目をしていた。

 そんな二人の反応を不満に感じたのか、カイリは「お前等、信じてないだろ!?」と額に怒りマークを浮かべている。すると太一は「ごめんって」と笑い、すぐに真剣な表情に切り替えながら「ありがとう。大事な事、教えてくれて」と続けた。


「いつも修行に付き合ってくれてて、ありがとな。カイ」

「別に。心許なかった救世主見習いを、リハビリがてら指導してやってただけだ」


 ニヤリと笑いながら答えるカイリを見て、太一は「じゃあリハビリがてら、今後も指導頼むぜ」と続けて拳を突き出す。それに応えるように、カイリも「任せろ」と拳を突き出した。




 一通りの話を聞き終えた太一は、竹刀を握りながら「皆があんなに辛い事を抱えてたなんて、気付かなくて悪かった」と声を漏らした。


「いや、今まで明かさなかった僕等も悪いからね。太一くんは気にしないでいいよ」

「そうそう。何となく言う機会を逃しててさ」


 すると太一は安心したような表情で「あ、それならよかった」と声を漏らす。


「信用してないから今まで話してくれなかった、とかだったらどうしようと思ったぜ」


 その言葉を聞いて、精霊たちは「それはないから安心しろ」とすっきりしたような表情で笑っていた。



 ◇



 体力が全快した太一は、気合いを入れ直すように「正直、時間操作する相手にどう闘えばいいかなんて見当も付かないけど……だからって、このままじっとしている訳にはいかないよな!」と言って歩き出す。

 カイリも「まあ、何とかなるだろ」と笑みを浮かべ、隣ではスティールが「何なら、あの部下二人をとっ捕まえて訊き出してみる?」とニヤリと笑っていた。

 ソラシアは「またあのおばさんと闘うのは嫌だなあ……」と溜息を吐き、アキュラスも「訊き出すとか、そんなまどろっこしいのは苦手だ。俺は京をぶっ飛ばす方に専念するぜ」と口元を吊り上げる。


 太一はくるりと振り返り、ノアに向かって「ノア、本当に一人で大丈夫か?」と再度確認した。


「問題ない。今は奴等を捜し出して叩く方が先決だ。それに、時間稼ぎと言っていた以上、あちらから接触してくるとも思えないからな」

「じゃあ刹那とディアガルドの事、頼むぜ」

「ああ、任せろ。二人が起きたら僕も動く」


 不意に太一は「何か誓約でも立てておくか」と呟くと、声を張り上げて叫ぶ。


「京を倒した暁には、氷華を含めた全員で……そうだな、またアイスでも食べに行く!」

「それなら氷華ちゃんも喜ぶね」

「ディアの奴も売り上げに貢献できるからって賛成なんじゃねえか?」

「わあっ、じゃあソラはトリプルとかアイスクレープに挑戦してみようかな……楽しみッ!」

「次はシャーベット系にするか」

「僕はチョコだな」


 そして「じゃ、京と愉快な仲間たちをぶっ飛ばしに行きますか!」と太一が宣誓した事を合図に、五人は陸橋を走り出した。

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