第106話 救世主と精霊の代償


 ――SATURDAY 9:30


 朝日も完全に昇り、直射日光が目に堪えるようになってきた頃――太一たちは部隊を二つに分ける事にした。京たちを捜索する班はアキュラス、スティール、ディアガルド。

 河川付近で居残り、体力回復に専念するのは太一、ソラシア、ノア、そして刹那。

 また、敵の襲撃を危惧し、いざという時に彼等を護る為、カイリもこの場で待機している。

 ひとまず午後になるまではこのメンバーで行動する事になった。


 太一が近くのコンビニで買ってきたおにぎりを食べながら、「とりあえず捜索班が一旦戻ってくるまでゆっくりするか」と呟き、ごろんと地べたに寝転ぶ。カイリは「食べた後に寝ると亀になるぞ」と間違った警告をしていた。


「食べた後は牛。それに、“食べながら”だからいいだろ」

「そういう問題かよ」


 カイリが溜息を吐く隣では、刹那やソラシアが眠り、ノアも少しだけ離れた陸橋に背を預けながらうとうととしている。

 ちなみに、ノアの腕には未だに気を失った法也が張り付いていた。


「お子様組に徹夜は耐えられなかったか……」

「闘いながらだったし、しょうがないだろ。それよりカイは?」

「俺は徹夜得意だから。日頃から鍛えておいて正解だったぜ」

「鍛えるってか、ゲームやってるだけじゃん」


 太一は空いている方の手で「お前はこんな奴に育っちゃ駄目だぞ、刹那」と言いながら、寝ている刹那の頭を撫でる。その様子を見たからか、何かを思い出したカイリは、徐におにぎりを食べる手を止めて「そういえば、太一」と再び口を開いた。


「お前は京とサシで闘ったんだよな」

「ん、ああ。勝てなかったけど」

「負けた、じゃなくて?」

「俺は負けたなんて思ってないから」


 そう言い張る太一に対して、カイリはぷっと小さく吹き出す。世界を救う闘いが始まってから、精霊の中でも太一の近くに居る事が一番多かったカイリは「相変わらずの負けず嫌いだよな」と肩を竦ませていた。そのまま真剣な表情で「で、何か勝ち目は見つかった?」と問う。


「勝ち目っていうか、正直何もわからない」

「どういう事?」

「俺の攻撃、一回も当たらなかったから」


 救世主として鍛錬を積み、仲間と共にアクをも倒したあの太一の攻撃が、一撃も入らない。それは流石に拙いだろうと感じ、カイリは「マジかよ……」と呆然としていた。


「俺の攻撃、全部かわされちゃってさ。絶対斬ったって思ったのに、あいつ目の前から消えてて。気が付いたら背後に居るんだよ。しかも何故か俺の剣まで変形前の竹刀に戻っちゃってるし、正直打つ手なしって感じだった。まあ次は絶対一発くらい入れてやるけど」

「…………」


 その言葉にどこか引っかかりを覚えたカイリは、うーんと顎に手を添えながら難しい顔をしている。しかし数十秒後、真顔になって「やっぱ俺には無理」と考えるのを放棄してしまった。


「何かわかりそうか?」

「いや、何て言うか……その逆?」

「逆……?」

「全くわからない。空気操ったり、俺たちに自分自身をぶつけたり、太一が言ったように攻撃を消す紛いの事をしてみせたり……」


 カイリは盛大に溜息を零しながら「攻撃パターンに共通性が見出せないんだよなー」とぼやく。

 ゲームなら何度も挑戦して、攻略パターンを導くところだが、現実はそうはいかない。コンティニューなしの一回きりだ。だからこそ、慎重にならなくては。


「あーあ、やっぱ現実の方はディアガルドに任せるしかないな」


 そんなカイリの何気ない呟きに対し、「呼びましたか?」という声が響く。顔を上げれば、女性に見間違いそうな程の美人が、自分の顔を覗き込んでいた。本人に言うと怒られるので、絶対に口に出しては言えないが。捜索班の帰還を確認しながら、カイリは「ああ、もう交代の時間か」と納得し、残りのおにぎりを急いで口に放り込んだ。



 ◇



 刹那は未だに眠り続けているものの――再び氷華以外の全員が揃った状況で、太一は京と闘った状況をディアガルドに説明する。暫くしてディアガルドが発した言葉は、「スティール、五秒で杏仁豆腐を買ってきてください」だった。


「えっ、どうして僕が?」

「それくらい余裕でしょう。ちょっと糖分が欲しいんですよ。はい、スタート。一、二……」


 スティールは「まあ、今日くらいはしょうがないか」と項垂れながら溜息を吐くと、びゅんっと旋風が巻き起こる。そこから丁度五秒、再び旋風と共に彼は帰還した。片手にはしっかり杏仁豆腐を持ちながら。


「ジャスト五秒ですね。よくできました」

「まったく……五秒って言われたから、勝手に持ってきて勝手にお金置いてきちゃったよ。あの可愛い女性店員さんと、楽しく世間話でもしたいところだったのになあ」


 息一つ乱さずに笑っているスティールを見て、太一は「やっぱり風の精霊の名は伊達じゃない」と改めて実感した。一方のディアガルドは、真剣な表情で杏仁豆腐を食べながら「さて、太一くん。一つ気になる事があります」と太一に問う。


「太一くんは京からどんな攻撃を受けました? 血を流していたくらいです。何かの斬撃辺りでしょうか?」

「いや、凄い勢いでふっ飛ばされてさ。何回も地面とか山に激突させられた。頭からいった時に切れたっぽくて血が出たけど――正直言って、全身の打身の方が痛かったかな」


 ディアガルドは眼鏡のフレームに手を当てながら「うん、だいたいわかってきましたよ」と呟くと、甘い菓子パンを頬張っていたアキュラスとソラシアは「マジか!」「本当!?」と続けて声を荒げた。寝起きで少し機嫌の悪いノアは「うるさい」とだけ声を発し、静かにゼリー状のジュースを飲んでいる。


「時間がないので結論から言うと、京の能力は恐らく時間回帰です」

「時間回帰?」

「ええ、太一くんが斬った手ごたえを感じたのにも関わらず、攻撃が全てかわされているという違和感。太一くん自身か、はたまた京自身かはわかりませんが――どちらかの時間を戻しているんでしょう」

「あ、そうか! だから俺の剣まで竹刀に戻されていたのか!?」

「確かに、刹那ちゃんが未来で、京が過去を司るって言ってたし……その線が一番しっくりくるかも」

「流石ディアだな」

「後は最初の空気操作、僕等の周囲の空気だけを一時的に空気がない状態の過去まで戻した……そして僕等が闘ったのは、自分たちの過去…………繋がって、きました……よ……」


 活路が見出せたかもしれないという間際だったが、何故かディアガルドの身体はぐらりと傾き、太一は「ディアガルド!?」と慌てて駆け寄った。辛そうな表情で頭を押さえながら、ディアガルドは「……大丈夫、です」と冷や汗を流して微笑む。


「大丈夫って言う奴は、大抵大丈夫じゃないだろッ! ソラ、ディアガルドを回復し――」

「違うんです、太一くん……本当に……大丈夫、ですから……」


 心配する太一を無理矢理制止し、ディアガルドは真剣な表情のままで「どうやら、僕はここまでです……後の事……頼めますか?」とアキュラスとスティールに視線を送った。


「ああ、任せろ。ディアの事はスティールが説明する」

「ちょっとアキュラス、勝手に何言ってるんだよ……ま、安心して。何なら半日以上寝ておけば?」


 アキュラスが頷き、スティールが提案する声を聞きながら、ディアガルドは安心したように瞳を閉じる。


「そうですね……今日は乗り切って、最終決戦は、明日になると……皆さんを信じて……今から……一日分、眠って……おきま、す……か……」


 次の瞬間――ディアガルドはその場にドサリと倒れ込んでしまった。まるで電池が切れたように突然倒れてしまったディアガルドを見て、太一とノアは慌てるが、スティールは「眠ってるだけだから大丈夫だよ」と助言する。ディアガルドの身体を抱えながら、未だに目覚めない刹那の隣に倒すと、スティールは真剣な表情で立ち上がった。

 そして、スティールが今から何を話そうとしているのかを悟ったカイリは、「太一。前に「精霊になる為には代償がある」って言ったよな」と静かに会話を切り出した。


「ディアはさ、一日の半分を眠るって代償で、雷電の守護精霊と契約したんだ」


 言われてみれば、確かに思い当たる節はある。ディアガルドは欠伸をしている事が多かったし、居眠りしている場面も多々見られた。

 本人は「僕にとっては遠い昔に学んだ内容なので」と言って授業中も寝ていたが、それが代償の為に寝ている意味合いも含まれていたとしたら――否、ディアガルドの事だから、きっとそうだ。


 太一は冷や汗を流し、口元を押さえながら「もしかして、よく居眠りしてるのはその為だったのか……」と呟くと、スティールは何も言わずに黙って頷いた。ディアガルドがアガルとして潜入していた際にも心当たりがあるのか、ノアも「そうだったのか……」と少し驚いたように声を漏らす。


「この際だからさ、僕も教えておくよ。僕の代償は“精霊になる以前の、全部の記憶の消滅”。人物は勿論、喋り方や一般常識も全部だから、その時の僕は赤子同然だった。だけど、まあ……アキュラスやディアのお陰でどうにかここまで育った訳だし、僕の代償に関しては、今はなくなったと言ってもいいんじゃないかな」


 辛そうに笑ってみせるスティールに対し、太一は「そう、だったのか」と少し戸惑うように呟いた。

 思い返せば、スティールはよく言葉の意味を誤認していたり、言葉が出てこなかったりする場面が目立っていた。その理由と繋がった気がする。

 単純に無知なのか、それとも国籍の違いからとでも思っていた太一だったが、自分の方がスティールに対して無知だったのだと、考えを改める事にした。


「俺もまあ、代償とは感じてねえけど」


 続けて切り出したアキュラスは、フルーツ牛乳を啜りながら「俺は右目。だけどアクと会った時、こっちの目に細工してもらったから、別に今は丁度いいハンデ程度にしか思ってねえよ」とぶっきら棒に説明する。長い前髪で隠された右目に視線を送りながら、ノアは複雑そうな表情で「見えないのか?」と目を細めた。もしかしたら、昔の仲間を思い出しているのかもしれない。

 しかしアキュラスは、そんなノアの表情を気にする様子もなく、平然と続ける。


「現在は全く見えねえ。けど、危機察知能力を極限まで引き上げてもらうっつー細工してもらったからな、ちょっと先の未来は視える。ま、すっげえ疲れるから滅多に使わねえけど」


 本人は軽い感じに言うものの、その“細工”をしてもらう以前はどうだったのだろうか。きっと、慣れるまでは歩く事すら困難だった筈だ。

 そんな中、アキュラスはどうやって生きていたのだろうか。彼を支えてくれるような、家族のような存在が居たのだろうか。でも、アキュラスからは特に――家族の話題を聞いた事がない。

 太一は何も言えずに目を伏せた。


「そう考えると、僕等二人の代償はあまり重くないかもね」

「最初に乗り切っちまえばいい、って感じだったからな」


 アキュラスとスティールがそう頷き合うと、今まで黙っているカイリとソラシアにゆっくり視線を向けた。それに続くように、太一とノアも二人に視線を移す。


「僕等はディアの流れで話したけど、二人はどうする?」

「ま、これに関しては自分で決めろよ。特にチビ」


 その言葉に対し、ソラシアはびくりと肩を跳ね上げる。話の流れから、この件に関しては精霊たち自らが決心して話す事を待つしかないと何となく察した太一とノアは、緊張した面持ちで押し黙っていた。


 

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