第116話 過去と未来の終着



 太一や氷華たちの様子を見ながら、刹那は「仲間……」と小さく呟く。その言葉を聞いた京は「どうしてお前はそちら側に居られる、刹那!」と彼女に再度呼びかけた。翡翠色の瞳を閉じ、刹那は太一たちと出会ってからの記憶を思い返す。


 目覚めて真っ先に父の元へ向かおうとしたのだが――精霊の気配が薄れている事に気付き、異変を感じた。

 そこで異変を知らせる為、父や精霊の気配を探って自ら外の世界へ出たのだが、辿り着いた先に現れたのは只の人間たちと、風光の精霊と、人間ならざる者。

 どうしてだろうと疑問に感じながらも、刹那は一か八かで彼等に助けを求めた。


「最初は私もどうして人間がこの世界を護っているんだろうって――どうして只の人間に世界の未来を託しているんだろうって疑問に思ったよ」

「だったら、何故――」

「だけど実際に皆と接して、人間って強いんだってわかったの。たいっちゃんは「人間は弱い」って言ったけど、それはひとりぼっちの時だけ。仲間が居ると、護りたいものがあると……こんなにも強くなれるんだって私わかったよ。それってとても素敵な事。だからお父さんもきっと、彼等が生きるこの世界が大好きなんだ」


 その瞬間、刹那は「信じてるよ、皆!」と叫びながら上空へと手を翳す。広大な星空の中、花火のような光が打ち上げられた。それを打ち消すように京も手を翳そうとしたのだが――その動きは苦痛の表情と共に止まる。

 左腕に何故か鋭い痛みが突き刺さった。京は顔を歪めながら周囲を見渡すと、そこには真剣な目付きの明亜が視界に飛び込む。


「ッ!?」


 刹那の隣では、京羅、法也、司に支えられた明亜が――京に向けて最後のビー玉を放っていたのだ。


 ――――ピカァッ!


 そして周囲は強烈な光に包み込まれ、京は思わず瞳を閉じる。




 五大精霊が力を解放する傍ら、氷華も自らの力を開放しながら「太一、無属性の剣に切り替えて!」と叫んだ。無属性と言われて太一は思わず「え!?」と先程の黒い日本刀へと変形させるが、氷華の「もっと大きな形状!」という言葉に戸惑う。すると、何かを察したノアは「太一、あの時の長い刀だ!」と助言した。


 ――あれか!


 氷華が死にかけた時、太一が怒りに身を任せて発動した形状の刀。太一自身も「またあれを使う事になるとは……」と思いながら、自分の手が傷付く事も覚悟の上で力任せに刀をなぞる。


「『零の型、滅殺長刀』!」


 それを見た氷華は黙って頷き、精霊たちに「いくよ、皆!」と合図を送った。


「『氷雪よ、我が声に応えよ』」


 氷華の詠唱に反応するように、精霊たちも一気に魔力を解き放つ。氷華は五つの強大な魔力を一つに纏め上げ、尚且つ自分の魔力もそれに相乗させていた。


「『世界を織り成す六つの柱よ。星月夜の中、輝きを放て。コシュマール・デストリュクシオン』!」


 氷華が勢いよく腕を振り下ろした瞬間――太一が構える長刀に強大な魔力が収束される。全ての力を太一に預けた仲間たちは「太一!」と一斉に彼の名を呼んだ。


 京が瞼を上げた次の瞬間、目の前には光を切り裂く太一の姿が大きく映し出される。


「なッ……!」

「これでおしまいだ、バカ息子!」

「!?」


 ――――ザシュッ


 そして、京は太一の斬撃に倒れた。



 ◇



 肩から腹にかけて大きな傷を負った京は、その場で小さく息を荒げる。ここまでの重傷では、時間回帰の能力を発動する力も残っていなかった。死に向かって行く自分を自嘲するように、京は顔を押さえながら口元を吊り上げている。


「この俺が……人間なんかに、負けるなんて…………人間が、負を乗り越えられるなんて……」


 そんな京を辛そうに見つめながら、刹那は静かに彼の手を取った。


「私たちが眠っていた間に……人間は、辛い過去を受け入れて、未来を生きて……それを繰り返して……そうやって強くなったんだよ」

「…………」

「きっと私たちは、過去とか未来とかに拘り過ぎたんだ。本当に見なきゃいけないものを見失っていた。私も、京も」


 京は刹那をじっと見つめながら、悟ったように呟く。


「今、この瞬間……」


 刹那は瞳に涙を溜めながら「うん」と頷いた。彼女につられるように、京の瞳からは一筋の涙が流れ、彼自身も驚いた様子で自分の頬を撫でている。


「人間にできたんだもん、私たちにもできない筈がないよ。だから京、私たちも一緒に頑張ろうよ。過去を受け入れて、一緒に未来を生きよう」

「過去を、負を、受け入れれば……俺はまた……あいつはまた、俺を封印するに決まっている……嫌だ……あの暗い孤独は……もう嫌だッ!」


 京の心からの叫びを聞き、太一は「お前、本当は……一番怖かったんだな……」と彼の本意を察する。


 京は自分を生んだ人間たちと、自分を封印したシンを憎んでいた。だから世界を壊そうとした。

 でも本当は――誰よりの負の感情を嫌い、再び封印されて孤独になる事を恐れていた。常にシンに拘っていたような発言も、もしかしたらシンに自分を見て欲しかっただけなのかもしれない。

 氷華は「きっと彼は、誰よりもシンに認めてもらいたかった……そんな気がする」とだけ呟いた。


「違うッ! 俺はあいつに、俺を封印したあいつを……憎んで、恨んで……ッ」


 言葉では否定するものの、京の脳裏には過去の情景が蘇る。

 何も知らず、幸せに満ち溢れていた頃の自分と刹那。

 その隣で、父のように優しく微笑む――シンの姿。

 光の日々。


「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だッ! 俺はまた、あの闇に――だったら死ぬ方がマシだッ!」

「ううん、京はもう大丈夫。今の京は、あの時みたいに暴走もしない。過去にも負けない。例え相手がお父さんでも、私が封印なんてさせない。京、安心して。ずっと私が一緒だから。京だけをひとりぼっちにしないから。きっと仲間が居れば強くなれるんだよ。私も、京も」

「…………」

「とりあえず今は休んで。ゆっくりでいい。私と一緒に強くなっていこう、京」


 刹那は京を優しく抱き締めながら笑うと、彼は何も言わずに温かな光になった。その光は刹那の身体にゆっくりと吸収され、彼女は瞳を閉じながら彼の鼓動を感じるように胸に手を当てる。


「これからは一緒に生きていこうね、京」


 こうして――刹那は京と精神を共有する、過去と未来両方を統べる存在となった。



 ◇



 刹那の様子を見ながら、太一たちは「終わった――のか?」と恐る恐る問いかける。すると刹那は漆黒の長髪を揺らしながら、くるりと振り返って「うん、もう大丈夫。私も、京も」と笑ってみせた。

 その様子を見て、太一は真剣な表情で「刹那、京は――生きているのか?」と問いかける。


「うん、今は寝てる。私の中で生きてるよ」

「じゃあ、起きたら伝えておいてくれ。俺が直接言ってもいいんだけど、あいつまだ刹那以外は受け入れない気がするから」


 そう告げ、太一は「俺はお前を傷付けた。お前が世界を脅かす存在だったからだ」と続けた。


「赦してくれとは言わない。恨んでくれてもいい。俺は、お前を傷付けた罪も、お前からの恨みも――そんな負の感情も全部背負って生きていく。全部背負って、世界を救う為に闘い続けるから。そこで見ててくれ」


 京の心を救うには、人間である自分が倒す他になかった。だが、太一はそれを理由に自分を正当化しなかった。理由が何であれ、太一が京を傷付けた事に変わりない。

 その罪を背負いながら、恨まれる事も覚悟の上で、太一は救世主として京を斬った。そしてこれからも、救世主として在り続ける。


 ――「救世主は善人じゃねえ」


 太一の脳裏に、過去に投げかけられた言葉が蘇る。その言葉の意味に悩み、戸惑い――太一の中での救世主像が揺らいだ。

 全てを救う救世主に憧れた。

 でも実際、全てを救う事なんて可能なのか? 

 救世主とは何なんだろう?


 ――「だから……俺はその答えを探し続ける。それを見つけた時、俺は全てを救えるような救世主になれる気がするから」


 今回の闘いで、その答えに一歩近付いた気がした。

 ぶんっと長刀を振り払い、それを元の形状へと戻す。ぎゅっと竹刀を握ったままの手元を見つめ直しながら、太一は静かに「俺は、世界を救う為に――救世主になるって決めたから」と内心で決意を改めるように呟いた。




 一方、京が刹那の中で生きているという言葉を聞き、明亜は複雑な表情を浮かべていた。

 もしもまた、京が自分に――と不安に感じたが、ぱしんっと勢いよく自分の頬を叩き、すぐに顔を上げる。

 大丈夫、今の自分はもう京を乗り越えた。

 仲間と一緒ならば、怖くはない。

 そう思いながら明亜は自分を奮い立たせた。


 しかしその瞬間、時空の歪みにはバリバリと亀裂が入り――まるでガラスが砕けるように、空間も粉々に弾け飛ぶ。明亜は自分の所為だったらどうしようと思いながら少しだけ困惑していた。


「あっ、朝日だ」


 幻想的な雲海の中、陸見山の山頂から見える朝日を浴びながらカイリは呟くと、明亜は「いつの間にか、夜が明けちゃったみたいだね」と苦笑いを浮かべる。京の脅威から世界が護られたという実感をやっと手にした仲間たちは、氷華の「疲れたー……」という言葉を合図にその場に次々と座り込んだ。安心したディアガルドは代償の為にそのまま意識を飛ばすように眠り、徹夜が苦手なソラシアやノア、刹那もその場に倒れ込むように眠り始める。


 氷華は太一に拳を向けて「やったね、太一」と笑いかけた。太一も得意気にニッと笑いながら彼女に拳を合わせる。


「今回も任務完了だな!」


 その時、彼等の上空から「これは、一体……」と戸惑うような声が響いた。一週間聞いていなかっただけで物凄く懐かしく感じる声に、太一は「遅いんだよ」と一言だけ呟く。今しがた帰ってきたばかりのシンを見上げながら、太一たちは口元を吊り上げて声を揃えた。


「「ちょっと世界護ってました」」



 ――MONDAY 05:00


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