第115話 救世主と仲間たちの到着



 ――SUNDAY 23:00


 太一と刹那の連携によって、京は徐々にだが押され始めていた。

 京が過去方向の時間操作によって、太一の行動を一手遅くしていたのだが――それに対抗するように、刹那が二手先まで未来方向へ時間操作を行う。これによって太一は常に先手を打てる状況だった。その無謀とも見える行動に対して、京は「どうして」と口を開く。


「お前、“未来方向へ時を操作する”って意味、理解してるの?」

「ああ、わかってる。お前の先手を取る為の一秒――闘いが長引けば長引く程ヤバイって事くらい」


 刹那は苦渋の表情を浮かべていた。そう、未来方向への時間操作――つまり対象者の時間を進めるという事は、その分だけ寿命が縮まる事を意味している。更に、未来が視えない刹那にとって、いつ寿命を迎えるかわからない者の未来を操作する事は、更なる恐怖を伴うだろう。

 もしかしたら、自分の力によって直接手を下す事になるかもしれない。


 しかし、太一はそれでも構わなかった。全てを受け入れた上で、世界を救う為に闘い、刹那に命を託している。


「過去とか未来とか、二の次なんだよ。一番大切なのは今だ。今を護れなきゃ、未来も過去もありはしない」

「だけど、死んだら元も子もないじゃないか!」


 京の指摘を受けても、太一は果敢に闘い続ける。上空の恒星を指さしながら、自信に満ち溢れた表情で笑っていた。


「俺は死なない。だって、俺には心強い仲間たちが居るから」


 それと同時に、京の耳には各地に召喚した筈の四凶の叫喚が耳に入る。そのまま四凶の気配は線香花火のように小さく薄れ――それは完全に消滅してしまった。


 ――四凶が、全て消えた……?


「精霊はまだわかる。でも……どうして、人間が負の象徴に打ち勝てる……?」


 動揺を隠し切れなくなった京を見ながら、太一は「刹那、もう二手先じゃなくて一手先で大丈夫だ。京の時間操作を打ち消してくれるだけでいい」と刹那に語りかけた。それは、京の先手を打たなくても問題ないという太一の意思。太一はこれから、単純に戦闘能力だけで左右される勝負を始めようとしていた。


「私もたいっちゃんの寿命を縮める事は怖かったから構わないんだけど……大丈夫?」

「ああ、もう大丈夫だ。時間操作関係なしの戦闘なら、きっと勝機はもうすぐだ。俺も無闇に寿命を縮める真似はしたくないし」


 挑発とも受け取れる言葉を聞き、京は怒りで肩を震わせながら「舐めるな人間ッ!」と強い口調で叫ぶ。京は白い粒子を結束させ、剣のような形状へと変化させると――そのまま太一に向かって振り翳した。


 ――――キィンッ!


「ッ――おっもい攻撃!」

「お前――ぶっ殺してやるよ!」


 完全に怒りの色を浮かべる京を見ながら、太一は「『捌の型 天羽々斬』!」と叫ぶ。すると彼の剣は京とは対称的に、黒き輝きを放つ見事な日本刀へと変貌を遂げた。絶対的な勝算はなくとも、太一は笑みを崩さず、その鋭い刀身を神の息子へと突き付ける。


「さあ、こっからは過去とか未来なんて関係なしの真剣勝負と行こうぜ!」



 ◇



 太一の攻撃を食い止めながら、京は「どうして……ッ!」と理解に苦しんでいた。

 人間が負の感情を乗り越えるなんて芸当、できる筈がない。

 だから自分が生まれた。

 人間が受け入れず、否定した負の感情によって、自分が生まれた。


 しかし――四凶を消滅させたとあっては、それを認めざるを得ない。京にとっては予想もできなかった事態と、何度倒されても光を喪わない太一を前にして、冷静さを欠いて声を荒げる。


「どうして人間如きが!」


 それに、今まで敵同士だった者たちが協力している事実も理解できなかった。京は頭を抱えながら「どうして、今まで敵だった者同士が簡単に手を取り合える!?」と叫ぶ。


「人間は弱いからだよ」


 すると太一は攻撃の手を止め、京をまっすぐに見つめながら口を開いた。

 壮大な絶望と苦しみを味わいながら、生きるか死ぬかの瀬戸際で精霊となった過去を持つカイリたち。

 理不尽な人体実験によってアンドロイドとなり、終わりの見えない闘いを続けていたノア。

 仲間たちを思い浮かべながら――太一は続ける。


「厳密に言えば“今はもう”人間じゃない奴等も居るが――元を辿れば皆人間だ」


 数日前までは自分たちと敵対関係にあった明亜たちも思い出しながら、太一は笑う。


「人間である俺自身が言うのも変だけど、人間って弱い上に生きる事に必死だからさ。いざ危険を目の前にすると、それを回避する為、今まで喧嘩してた奴等も協力する。そして、一度協力すると案外簡単に仲間になっちまう。……人間って単純なんだよ。でも、それが俺たちなんだ」


 瞳を閉じ、同じ境遇を歩んだ氷華を思いながら、太一は叫ぶ。


「それに、俺は救世主(ワールド・トラベラー)だ。世界を救う為だったら、俺は何だってやってやる!」




 その言葉に応えるように――太一の周りには次々とかけがえのない仲間たちが現れた。


「よっ、生きてるか太一?」

「意外とピンピンしてやがるな、つまんねえ」

「この絵柄じゃあタイヨウが主役みたいじゃねぇか……最強の主役はこの俺だッ!」


 カイリとアキュラスが皮肉を述べ、司は相変わらず場違いな発言をしている。


「お待たせ太一! 今ソラが回復するから!」

「どうやら間に合ったみたいだね」

「あら? おバカさんの司でも、今回就くべき相手は間違わなかったみたいねぇ」


 ソラシアは怪我をしている太一に駆け寄り、スティールはにこにこと笑顔を崩さなかった。京羅は司の姿を見て感心したように目を丸くしている。


「皆、無事のようだな」

「僕が寝ている間に皆さんボロボロになっていますね。いやあ、お疲れ様です」

「違うよ司! 主役はここ居るノアくん! ほら、ヒーローは遅れてやってくるって相場だし!」


 仲間たちの様子をぐるりと見渡しながらノアとディアガルドが呟いた。ちなみに法也は何故か司の発言に張り合っている。


「お待たせ、太一! ここから皆で反撃するよ!」

「捨て駒がキングを倒す――って局面も面白そうだよね」


 最後に、無事に目覚めた氷華と明亜が仲間たちに笑いかけた。




 鋭い眼光を向けながら「お前たちッ!」と怒りの表情を見せる京に対して、初陣を切ったのは司だ。彼は一歩前に出て「てめぇは、この作戦が成功すれば俺は最強の称号が得られると言ってやがったな」と続けた。


「だが、てめぇの人を捨て駒にするようなやり方は最強にかっこ悪い。それに俺が最強と認める奴等まで消されちゃ意味ねぇんだよ。だから俺は自分の力で最強になる。そしていつか俺にとっての一番の最強――兄貴を越えてやる」


 司の強い眼光を見て、京は「お前のような奴じゃ兄どころか他人にも勝てない」と否定する。しかし司は物怖じする事なく自分の意見を主張した。


「そんなのやってみなきゃわかんねぇ。それに、あいつ等を見てればわかる。俺自身もいつか最強になれる気がすんだよ」

「ふふっ、そういうまっすぐな男は好きよ。からかいつつ応援したくなっちゃう」


 そう続けながら、京羅は司の肩に肘を置く。赤面しながら慌てている司は無視して、京羅は溜息混じりに笑っていた。


「アタシは嘘を吐くのはやめない。でも、自分に嘘を吐くのはもうやめるわ。生きたいように生きる、就きたい側に就く。だからアタシはこーっち」

「認められる筈がない、お前なんて」


 京の否定に対して、京羅は瑠璃色の瞳を閉じながら「確かに、そうかもしれないわ」と少し寂しそうに呟く。しかし次に瞳が開けられた時、京羅は真剣な表情で京を見据えていた。


「でもね。自分の事を他人全員に認めさせるなんて、誰でも無理なのよ。アタシは、一握りの他人にアタシの事を認めさせられればいい」


 そのままウインクをしながら「その他人って枠にあいつ等が入っちゃったってだけ。だってあいつ等、ちょっと面白いじゃない?」とソラシアたちを見つめている。すると法也が「ボクも司や京羅の言う通りなんだよねー」と能天気に頭の後ろで腕を組みながら笑っていた。


「ボクはできれば好きなものだけに囲まれて生きたい。その好きなものが消えちゃう世界なんて、絶対に嫌だ。ノアくんたちって面白いから、一緒に居たい。助けてもらったから、助けたい」


 京が法也に反論しようとしたが、それより早く法也が「ボクも!」と珍しく声を張り上げる。すっと手を挙げながら、「自分に正直に生きたいから、ノアくんたちに協力しまーす!」とまっすぐな瞳で宣誓していた。


 その隣で、今まで黙っていた明亜は震える手を無理矢理抑え込みながら「僕は、氷華ちゃんのお陰で……やっと、悪夢から目覚める事ができたんです。ずっとひとりぼっちで怯えていた、あの悪夢から」と口を開く。


「正直に言うと、今でもあなたは怖い。だけど、僕は……現実の僕はひとりじゃなかった。もう僕は、悪夢にも現実にも立ち向かえる!」

「…………」

「だから、あなたも……早く悪夢から目覚めてください!」

「人間風情が……俺に指図するなぁぁああッ!」


 今まで傀儡のように操っていた明亜からの言葉によって激昂した京は、そのまま容赦なく光の剣を向けるのだが、それを氷華が氷の防御壁で防いだ。氷華は身体を捻って京の攻撃を受け流すと、そのままくるりと回るように走り抜け、太一に背中を預けるように並び立つ。


「ディアガルドから話は聞いたか?」

「大体。それに私も似たような事、考えてたから」

「流石だ、相棒!」


 すると太一は氷の剣へと竹刀の形状を変えた。氷華は「任せて大丈夫?」とだけ尋ねると、太一は「上等!」と言いながらくるっと剣を回す。太一と氷華は背中合わせで一瞥すると、すぐに互いの役割を果たす為に走り出した。太一は京に向かって、氷華は五大精霊の力を纏める為に。


「「皆で護りますか、この世界!」」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る