第113話 反撃と四凶の消失
――SUNDAY 12:00
「よし、完成!」
氷華は氷雪系魔術の力で、明亜が操るビー玉を中心に埋め込んだ氷槍を作り出していた。切っ先は本物の槍のように固く鋭くなっているので、氷だからといって簡単に壊れる事はない。氷華曰く、貫いた対象物を少しの間だけ凍らせる力も込めておいたらしい。
「って訳で、夢東くん後は頼んだ!」
「えっ、いきなり!?」
「だってビー玉をあんな風に飛ばせるのは夢東くんだもん。きっとこれも、ビー玉と同じように凄い勢いで投げれるよ」
そのまま問答無用で押し付けられてしまった氷槍を握り、夢東はふうっと息を吐いて身構える。そして、槍投げの代表選手になった自分をイメージしながら思い切り氷槍を投げ飛ばした。明亜のイメージ通り、氷槍はビュンッと凄まじいスピードで――まるで弾丸のような速さで怪物目がけて飛び、そのまま胴体付近にグサリと突き刺さる。
「いくよ、『氷雪よ、我が声に応えよ。邪に染まりし氷塊を砕き、心月に光を照らせ』!」
明亜が投げた氷槍によって怪物の動きが止まっている隙に、氷華は魔力を解放すると、追撃とも言わんばかりに怪物の巨躯が更に凍り付いていく。怪物は抵抗しようともがいていたものの、氷華の追撃で完全に動きが止まり、大きな氷像と化した。獰猛で異端な怪物であっても、氷像と成り果てたその姿は、美しささえ覚える。
「『イスベルグ・ランス』」
氷華が唱えた刹那――突き刺さっていた氷槍が怪物の身体を貫いた。氷華と明亜の連携によって、怪物は叫喚する暇すらなく、完全に活動を停止する。傷口からは紫色の体液がだらだらと流れ落ち、氷像を彩っていた。
「終わった……のかな?」
「たぶん、ね。一応粉々にしておく?」
氷像と化した怪物の姿を見ながら、明亜は「この氷、そう溶ける気配ないし……氷が怪物を“封印”してくれてるから、大丈夫だと思う」と助言する。氷華も氷像を見上げていると、異変に気付いて「あ、ちょっと待って。何か光ってる」と驚くように声を漏らした。
「怪物が、消えていく?」
完全に息の根が止まった怪物は、光と共にその場から消え始める。暫くすると紫色に染まった氷塊だけが残されていて、氷華は「光になった……」と呆然としていた。氷華にとっても、この現象は不可解だったらしい。
そのまま光は明亜の身体に吸収されていき――氷華は思わず「夢東くん、大丈夫?」と戸惑った。しかし実際に戸惑っているのは明亜自身も同じだ。
「うん、大丈夫っていうより――寧ろ身体が軽くなったかも。何て言うか、胸のモヤモヤが消えた感じ」
特に違和感なく、笑顔を見せる明亜に安心しながら、氷華は緊張の糸が途切れたようにぺたりと座り込む。
「どうやらこの場は切り抜けたみたいだね……助かったよ夢東くん」
「それはこっちの台詞だよ、氷華ちゃん。僕を悪夢から目覚めさせてくれた……君は、僕にとっての救世主みたいな存在だ」
今までのような笑みではなく、心の底から嬉しそうに――穏やかに微笑む明亜を見ながら、氷華は得意気に口元を吊り上げてピースサインをしてみせた。
「だって私、ワールド・トラベラーだからね!」
◇
――SUNDAY 14:10
自らの攻撃でバラバラになった怪物を眺め、カイリは「さて、この残骸をどうするか……」と呟く。
流石にもう生きてはいないだろう。そう思って水鏡を解いた瞬間――何やらただならぬ殺気を感じ、勢いよくその傍から身を引く。
――――シュンッ!
「なぁっ!?」
バラバラになった手の部位がまるで意思を持っているかのように浮かび、カイリ目掛けて鋭い爪で襲ってきたのだ。それに呼応する如く――怪物の足や頭等、他の部位も宙に浮かび上がり、ひとりでに動き出す。自分に向かってくる怪物の頭部を力任せに殴り飛ばした司は「おい水野郎、これはどういう事だ!」と叫んでいた。だが、カイリ自身もその答を知る由はない。
「んなもん知るか!」
「数が増えて、逆に厄介じゃねぇか!」
「くっそ――胴体バラバラじゃ駄目って事は……粉砕レベルじゃないと無理なのか!?」
――粉砕ってなると精霊魔法……っても、避けるので精一杯! 詠唱に集中する暇なんてないし!
「がはあぁっ!」
そんな事を考えていると、カイリの横で勢いよく司が噴き飛ばされていた。複数方向からの衝撃波を避けきれず、全身の至るところからドクドクと血を流して蹲っている。
――このままだとこいつも危ない……!
自分と司をぐるりと囲むように水の防御壁を張ると、カイリは「大丈夫か!?」と司に向かって呼びかけた。乱れた前髪の合間から流れる血を乱暴に拭いながら、司は「最強の俺は……こんなところで、無様に死なない!」と虚勢を張るのだが、カイリから見ても司は重傷だった。回復術があればいいのだが、生憎カイリの精霊魔法はその術を持っていない。
――強がってはいるが……早いところソラに治癒術かけてもらわないとヤバいな……。
「防御中は攻撃できない、防御を解いたらこいつが危ない。何か手を打たないとゲームオーバーかよ……」
「足手纏いは最強にかっこ悪い!」
そう言いながら、司は壊れた斧を構えて防御壁の中を飛び出してしまい――カイリは慌てて「馬鹿野郎!」と叫び、司を止めようと手を伸ばす。
そして、怪物の攻撃が司へ集中しようとした刹那――。
「こんなのに手こずるなんて情けねえな、カイリ!」
――――ボワァッ!
分裂した怪物の部位全てが、激しい火柱を上げて燃えた。
加勢したアキュラスの力によって、怪物は黒い煙を纏いながら完全燃焼される。黒い煙とは別に現れた光の粒子が、司の身体に吸収されていく謎の現象を見て、カイリは思わず目を見開かせながら驚いていた。
「おい、今のって……」
「わからねぇ……だが、最強に身体が軽くなったような感じだな……」
ぐるぐると腕を回している司を不審に思いつつ、アキュラスは「無事みたいじゃねえか」と口を開く。カイリは「案外しぶといのが取り柄でね」と苦笑いを浮かべていた。
「でもマジで今回は助かった。ありがとな、アキュラス」
「おう。貸しにしといてやるぜ」
内心で「やっぱりそうなるのか」と思いながら溜息を零すカイリだったが、アキュラスの「それで、こいつって敵じゃなかったのかよ?」という問いで我に返る。
「ってかチビと一緒じゃねえのか……」
ここでソラシアの話題が出てくると思わなかったカイリだったが、溜息混じりでぼやくアキュラスが全身傷だらけな様子を見て、ぎょっと目を丸くさせながら言葉をなくす。
太一やスティールと共に京に立ち向かい、返り討ちにされてしまっていたアキュラスは、つい先程意識が戻った。しかし太一どころかスティールもその場から消えていたので、アキュラスはとりあえず近場から彷徨っていたところ、カイリたちを発見し加勢したのだ。
状況を把握していないアキュラスに対し、カイリは「ああ、こいつは一時的に協力――」と言いかけるのだが、それを遮るように司が「てめぇは――火野郎!」と声を張り上げる。
「あ?」
「一目見た時から勘付いていたが……てめぇは俺と同族だ! ずっと勝負してみたいと考えていた!」
全身から血を流しながらも、喜々として訴える司を見て、アキュラスはほんの少しだけ考えた。
正直、今は結構な怪我をしている自覚があるので、勝負は後回しにしたい。
しかし、目の前の司も割と結構な怪我をしている。
ならば、相手も条件は同じである。
「へえ。奇遇だな、俺もてめえとはどこか似ていると思っていたぜ。売られた喧嘩は全部買ってやる……きなッ!」
結局アキュラスは、司の喧嘩を受ける事にした。出会って数秒で殴り合いを始めてしまうアキュラスと司を見て、カイリは「同族っていうか、それ只のバカ同士だから」と静かにツッコミを入れた。
――いきなりバカとバカが拳で語り合い始めたんだけど……俺、このまま置いて行っていいかな……。
そんな事を考えながら、カイリは「まあ、今はそんな事言ってる場合じゃないか」と自問自答を終える。喜々としながら喧嘩を続けるアキュラスと司に向かって「ほら、さっさと他の奴等と合流するぞ。二人とも怪我してんだから」と言い放ち、カイリは二人の間に割って入るのだった。
◇
――SUNDAY 15:20
京羅の機転でどうにか怪物を倒し、安心した表情で校舎の階段を下りていたソラシアと京羅だったが――中庭を歩いていた頃に異変は起こった。先程倒した筈の怪物が、再び二人の前へ現れたのだ。ソラシアは「な、何で!?」と叫び、京羅は「嘘でしょ……!」と顔を引き吊らせて呟く。
「ちょっと、さっきのアレは何よ! 死んだ振りだったのぉ!?」
「おっ、おばさん! 女は度胸もう一回!」
「無理無理! 二回目は無理よ!」
そう否定しつつも――立ち向かうしかなかった京羅は、細身の剣を抜くが、先程とは打って変わって攻撃は簡単に弾かれてしまった。実際、先程より怪物の身体が硬化していたのだ。京羅は冷や汗を流しながら「学習能力はあるみたいねッ!」と距離を置く。
「おチビちゃんの技で何とかならないの!?」
「ソラは闘うよりサポートする方が得意なんだもん!」
するとソラシアは「『地祇よ……我が契約の下、力を示せ』」と精霊魔法の詠唱を始めた。
「『きらきら、しゃららーん』!」
「あら……なんか、身体から力が溢れ出て……?」
「おばさんの身体能力を上げたよ! 今なら勝てるかも!」
すかさず草むらの影に隠れたソラシアに呆れながら、京羅は「って言われても、このサーベルじゃどこまで通るか!」と叫んで駆け出した。
「こんな怪物じゃ、どこが急所かわからないけどッ!」
――――ザシュッ!
京羅は怪物の脇の下にある目玉に狙いを定め、鋭い突きを決めた。黄色い体液を飛散させながら激しく暴れ狂う怪物の様子を見て、ソラシアは「終わった!?」と期待に目を輝かせる。一方の京羅は、攻撃が効いているようで安堵したものの「これでも死なないなんて、本当に化け物ね」と内心でかなり焦っていた。
――流石にこのまま長引かれると厄介かも……。
「今のは急所を突くいい攻撃だったけど……フルーレじゃ無理だろうね」
その時、上空から耳慣れた声が聞こえ、ソラシアと京羅はほぼ同時に顔を上げる。
そこには爽やかな笑みを浮かべたスティールが、太陽を背に佇んでいた。
「ティル兄!」
「げっ――」
スティールの姿にソラシアは歓喜し、京羅は徐に嫌そうな顔をする。颯爽と校舎の屋上から飛び降りながら、スティールは身体をくるっと捻った。それに反応するように、スティールが持つ魔剣が輝きを増している。
「『風光よ。我が契約の下、力を示せ』」
精霊魔法を詠唱をしながら、スティールは目にも留まらぬ速さで空中を自在に動き回り、怪物に激しい斬撃を浴びせ続けた。あまりの衝撃によって、陸見学園の校舎には無数の傷が入り始める。
「『穿て。烈風刃影』!」
最後の一撃と言わんばかりの鋭い一閃を浴びせると、怪物は粒子レベルに砕け散って塵と化した。同時に陸見学園の校舎も盛大な破壊音を立てながら崩れ始める。
スティールは「やり過ぎちゃった……」と悪戯っぽい笑みを浮かべると、ソラシアだけは目を輝かせながら「凄いよティル兄!」とぴょんぴょん飛び跳ねながら喜びを表している。
――どっちが化け物よ……。
内心でそんな事を考えていると、粒子となった怪物はそのまま光を纏いながら京羅の身体へと吸収されていく。その謎の現象に京羅自身も戸惑っていたが、何故か胸の痞えが取れたような感覚になり、本人も理解ができないように首を傾げていた。
「ソラシア、大丈夫だったかい? こいつに変な事はされてない?」
「うん、大丈夫だよ!」
「ちょ、ちょっとあんた……そこは変な事されたかじゃなくて、怪我してないかとかでしょ!」
「ソラシアは地祇の力があるし、ちょっとした怪我くらいすぐに回復できるからね。問題は可愛い妹が君と一晩一緒だった事だよ」
京羅は「アタシに対してそんな言い方をする方がおかしいし」と不貞腐れるが、スティールはより一層瞳を鋭くさせながら「いや、僕はおかしくないと思うけど?」と反論する。スティールの言葉の真意が理解できず、京羅は目を丸くさせながら首を傾げた。そんな京羅に対して優位に立ったスティールは、自信満々で見下すような笑みを浮かべている。
「寧ろ……“おかしいのは君の方”じゃない?」
「!」
堂々と言い放ったスティールを見て、京羅は確信した。確信してしまった。スティールは自分の“秘密”に気付いている事を。
「あんた――絶対にぶっ殺す!」
「ほらほら、いつもみたいな口調で話さないと皆にバレちゃうよ」
「……あんた、ぜーったいッ! この京羅様が息の根止めてあげるわぁ!」
◇
――SUNDAY 17:30
ノアたちが相手をした怪物も、他の場所と同様だった。普通ならば瀕死の状態まで追い込んだ筈だったが、怪物は不死鳥の如く再度起き上がってきたのだ。腕や脚を逆方向に曲げながらも生命を維持している様子を見て、ノアは「仕方がない……」と冷静に身構える。
――――ザシュッ!
怪物に対し、ノアは容赦しなかった。腕や脚等の全身骨折でも死なない事がわかると、ノアはすかさず怪物の首筋目掛けて踵落としを繰り出す。そのまま怪物の頭部を落とすノアを見ながら、法也は「ノ、ノアくんってば何て残虐な」と顔を蒼くて呟いた。
「僕は敵に情けをかけないからな。それに、人型でないだけやり易い」
「え、じゃあボクに情けをかけてくれたのは――もしかしてボクの事!?」
「それはない! 断じてッ! 絶対にッ!」
即座に反論するノアに対し、法也は「ちぇっ」と苦笑いを浮かべる。頭の後ろで腕を組みながら「ま、肯定されたらされたで困っちゃうからいいけどー」と続けていると、ノアは盛大な誤解を防ぐ為に「お前は僕に助けを求めた。その時点で戦意は喪失していると判断したからだ」と補足説明する。
「流石に、戦意を喪失した相手とは闘えない」
――――バリバリィッ!
その瞬間――ノアと法也の目の前に、激しい落雷が巻き起こった。
「おかしいですね。それなら真実の塔では敵だった僕に、どうして情けをかけたんでしょうか?」
手首に纏う電気を鬱陶しそうに払い、代償の時間を終えたディアガルドはにこりと微笑む。ノアは口を吊り上げながら「あの時はドクターも本気じゃなかっただろう――それに、あの時は敵でも過去は仲間だったからだ」と続けた。
欠伸をしているものの、すっきりした様子のディアガルドを見て、ノアは「本当に眠っていただけで、もう大丈夫なんだろう」と確信する。
「それにしても随分遅かったな」
「今日の残りをフルに闘う為ですよ。それで、戦況は?」
「各地で闘いが起こっている。僕等もドクターが黒焦げにした怪物に手こずっていたところだったが――」
寝起きのディアガルドの放った雷によって完全消滅した怪物を横目に、ノアは肩を竦める。そのまま怪物が光の粒子となって法也の身体に吸収されていく謎の現象に、ノアは怪しむようにすっと目を細めた。
「今のは?」
「ボクもわからない――だけど何だか身体が楽になったかな。こう、色々と軽くなった感じ?」
法也の感覚的な説明に頭を悩ませるノアだったが、ディアガルドの一言で身体を石像のように固める。
何故か、ディアガルドの言葉には殺気が混じっていた。
「それで、どちらですか?」
「え?」
「ノアくんか南条くん。どちらですか?」
そう言いながら自分の顔を指さすディアガルドを見て、ノアと法也はぶるりと背筋を凍らせる。不自然な程に酷く穏やかに微笑むディアガルドを見ながら、ノアは今まで生きてきた中で二番目に死を覚悟した。
ちなみに一度目は本当に死にかけた時で、奇しくもその際もディアガルドが関わっている。
「こいつだ」
「ち、違うよ――えーっと、ノアくんがやれって言ったから!」
「僕はそんな事は言ってな――」
互いに自分ではないと主張し合っている二人を見ながら、ディアガルドは笑顔を崩さずに口だけ動かした。
「てめえ等二人共、ちょっとそこに座れ」
「「……はい」」
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