第98話 逆転と仲間たちの奪還



 ――FRIDAY 23:10



「な、によ……それ! そのありえない技ッ!」

「人間業じゃ、ねぇだろ……!」


 素早い動きで太一は竹刀を振るい、京羅が投げたナイフを風圧だけで叩き落とす。力強い斧による攻撃も飛んでくるが、モーションが大きい為に太一にとっては避ける事も容易だ。


「俺は人間だぜ――って言っても、もう只の人間ではないと思うけど」


 得意気に笑った太一は、京羅の眼前まで即座に回り込み、竹刀の柄で鳩尾を思い切り突く。京羅は「うっ!?」という低い声と共に、その場に崩れ落ちてしまった。


「なっ! 京羅!?」


 京羅が倒れた事で顔色を変えた司は、すぐに駆け寄ろうと慌て――その隙に太一は彼の後ろに立ち、首元を竹刀で叩く。急所を突かれた司も、京羅同様に呆気なくその場に沈んでしまった。

 意識をなくした二人を見て、太一は「ま、時間稼ぎはこれで充分だよな」と呟く。


 ――結構骨が折れたけど。


 攻撃が掠った事でできてしまった複数の切り傷を擦りながら、太一は「さてと、そろそろ俺も行きますか」と洞窟内へ走り出した。

「俺が行くまで持ち持ち堪えろよ、ノア!」



 ◇



 ――FRIDAY 23:30



「ジャスティスアターック!」

「…………」


 自分の攻撃を平然と避けるノアに対し、法也は苛立っていた。歯を鳴らしながら「どうしてそんな軽々避けちゃうの!? ボクは凄くかっこいい君を逮捕したいだけなのにさ!」と叫ぶ。先程からずっとそんな調子の法也に溜息を吐きながら、ノアは「避けるに決まっているじゃないか」と静かにツッコミを入れていた。


「第一、敵をかっこいいとは何なんだ」

「君のそのオーラ! 正にボクが求める理想の主人公って感じなんだよ!」

「…………」

「その物静かな言動! 抜群の体術にマシンガン捌き! これで実は孤独な身の上で、復讐の為に生きていたけれど、仲間と共闘していく事で徐々に人間らしさを取り戻していく――とかだったら最高の最高で最高じゃん!」

「…………」

「オマケに人間じゃなくて実はサイボーグとかだったら――もう、完璧! 理想! ボクが考えた物語の主人公にぴったりの存在!」

「…………」


 ――どうしよう、だいたい当ってる。


 難しい顔で黙っているノアに対し、自分の世界に入りながら目を輝かせている法也。法也が操縦するロボットに興味津津な刹那。

 明亜はひとり取り残されたように溜息を零した。まるでヒーローショーを見にきた子供の付き添いだ。


 ――この人選の所為で、緊張感の欠片もない。


 呆れたように「法也、そんな奴は軽く倒して――」と言いかけるが、背後から聞こえた声によって明亜はその場で硬直する。


「おーい、確か南条――だっけ? そこに居るノアは正にお前の理想だぞ?」

「「!」」

「え、太一さん……敵の二人を相手してたんじゃないの!?」

「ああ、そっちは片付いた」


 息を切らせながらやってきた太一に、一同は視線を集中させる。その一言で明亜は「北村、太一……ッ!」と冷や汗を浮かべながら呟くが、法也は「えぇっ、本当に!? その話詳しく!」と、とても嬉しそうに目を輝かせていた。ノアは至極面倒そうな顔をしている。


「ノアはな、実はアンドロイドで復讐に燃えていたんだが……氷華や俺たちと出会って、色々あって丸くなって、今じゃすっかり俺たちの大事な仲間だ」

「うわあああああああ!?」


 太一の余計な解説によって、ノアは頭に手を当てながら盛大な溜息を零し、一方の法也はロボットから飛び降りてノアの手をぎゅっと握る。一切迷いのない行動だった。そして、堂々と叫ぶ。


「ノアくん! ボクのヒーローになってください!」

「断るッ!」




「やってくれたね、太一くん。君のお陰で戦況は大混乱だよ」


 太一は「いやあ、これは想定外だったけど――ま、結果オーライってところかな」と余裕の笑みを浮かべる。そのまま太一は「って訳で」と続け、すうっと竹刀を向けながら「仲間を返してもらおうか」と口を開いた。


「南条はよくわからない事になっちゃったけど、残る敵はお前ひとりだ。夢東」

「……ふふっ、残念だったね……もう遅い!」


 困難な状況に立たされた明亜だったが、既に計画は最終段階に突入していた。明亜が顔を上げた瞬間、洞窟内は激しい地響きに包まれ始める。


 ―――ドドドドドッ!


「はは……あははははっ! これで僕等の勝ちだ!」


 明亜は顔を押えながら、狂喜染みた笑みで叫んだ。普段の彼からは想像もできないような、別人のような笑みで。


「遂に……遂にこの時がきた! これで……これで僕もやっと“解放される”んだ!」


 太一たちが咄嗟に最深部の広間へ向かうと、激しい音と魔力と共に――巨大な魔法陣が輝いていた。それぞれの頂点にはカイリ、ソラシア、アキュラス、スティール、ディアガルドの五大精霊たちが磔にされている。

 更に、彼等の中心部――結晶に封印されている少年の姿を見て、刹那は「あれは……京!?」と恐怖の表情に染めながら声を震わせた。


「遅かった、のか……!?」

「ああ、そうさ! これであのお方は復活する!」


「――それはどうかなッ!」


 その瞬間、その場に居ない筈の声が響き渡り、明亜は信じられないものを見るように顔を上げる。光り輝く魔法陣の向こう側――氷華はそこに佇んでいた。


「どうしてッ! どうして君がそこに居る!?」

「夢東くんは勘違いしていたんだよ。私の事を“小さなカミ”と呼んだね。何でそんな風に呼ぶのか、ずっと気になっていた」


 ――フォルスが夢の中でくれたヒント、たぶんこういう事だったんだ。


 そして明亜の背後に立つノアが「おい、術師。よく集中しろ。僕をどう感じる?」と問いかけた。明亜は咄嗟に振り返り、その姿を再確認する。

 彼の瞳には、目の前のノアが氷華と同じオーラを纏っているように見えた。

 口元を押さえながら動揺し、「……き、君が……どうして氷華ちゃんの気配を!?」と声を漏らす。


「お前が氷華の気配だと感じ取っていたのは、神力石の気配だ」


 明亜は、氷華から“この世界の神の気配に似ている、微弱なもの”を感じ取っていた。それは神の力の源である神力石の欠片が、氷華の体内に隠されていた過去があるからだ。

 そして同様に、ノアも同じ欠片を体内に保持していた事があった。


「お前たちが現れてから、僕は常に氷華と共に行動していた。だから氷華と僕の気配が同じ事に気が付かなかったんだろう。だからお前は、さっき僕がここへきた時にも「氷華だと思った」と言ったんだ」


 悔しそうに奥歯を鳴らす明亜だったが、氷華に向き直ると「だが、今の君からは何の気配も感じられない! まるで、只の人間のように! そんな君に、あのお方が復活した今……世界が護れるのか!?」と声を荒げながら問いかけた。


 一方の氷華は、穏やかな笑顔で「わかってないなあ、夢東くん」と答える。続けて「そう、今は“魔力を使い切っちゃったから”只の人間に等しいよ。回復するには、流石に時間がかかりそう。でも、世界を護る為に、事前に災いは防いでおかなきゃ」と得意気に説明した。

 そこまで言われて、やっと氷華の意図を察した明亜は「ま、さか……!」と声を震わせる。


「そんな事できる筈がない! 五大精霊の力に匹敵する力なんて!」


 その瞬間、光り輝く魔法陣の上空には――対となるように、もう一つの巨大な魔法陣が現れた。床から発せられる光り輝く魔力の粒子を吸収するかのように、上空に現れた魔法陣がみるみる内に輝きを増していく。


 ディアガルドが考案した“逆転作戦”。それは、“敵が何らかの目的で五大精霊の力を利用しようとしていると仮定した上で、その力を精霊解放に利用しよう”という作戦だった。



 ――「ディアの考えはこうだよ。この世界から半数以上の精霊が居なくなると、世界のバランスが崩れて、天変地異とかが起こっちゃう」


 ――「ああ、確か前にガキがそんな事を言っていたな」


 ――「でもその現象は見られないから、“精霊たちはこの世界で生きてはいる”。だけど魔力は感じ取れないから、魔力を吸われてるか、無理矢理使わされてるんだって」


 ――「何の目的で?」


 ――「そこまではディアもわからないって。でも、敵は五大精霊の力を集結させてるって時点で大丈夫らしいよ。それさえわかれば、敵の隙を突いて“その力を逆に利用すればいい”から」



 その後、氷華とノアが常に一緒に行動していたので敵は気配を誤認している可能性がある事、太一の魔役がばれていない事、氷華の魔術の詳細がばれていない事――それ等を利用し、今回の“逆転作戦”を実行した。仲間を奪われ不利な状況を“逆転”する為に、力の流れを“逆転”してしまう作戦を。


 二つの輝く魔法陣を確認し、氷華は両手を突き出し、一字一句丁寧に呪文を唱える。


「『氷雪よ、我が声に応えよ。世界の主柱を束縛せし力よ。月の光で邪悪を浄化し、全てを解放する力となれ』」


 氷華自ら創り上げた魔術を発動した瞬間、目が眩む程の強大な光を前に、その場に居た全員が目を閉じた。


「『シェーヌ・ア・ランヴェール』!」



 

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