第97話 反攻と反転の反射鏡
――FRIDAY 22:00
明亜は紫苑色の逆毛をピンッと立たせると「彼等がきたようだね」と呟く。その言葉に「俺が行くか」と言って真っ先に立ち上がったのは司だ。太一に負けた事で鬱憤が溜まっているようで、自慢の斧をぶんぶんと振り回していた。
「恐らく、この異質な気配はタイヨウ・北村太一。そしてトキの気配……どうやら神の申し子が彼等と接触したらしい。最後に小さなカミ……彼女だろうね」
「今回は負けないぜ。あの優男とセットだから遅れを取ったが……相手が只の人間一人だけなら問題ねぇよ」
「いや、彼を甘く見ない方がいい。北村太一は司と……京羅の二人に任せるよ」
口紅を塗り直しながら、京羅も「はぁーい」と間延びした声で続ける。最後に手鏡で髪型を確認し、「よし、今日も完璧ね」と満足そうに笑っていた。
「ま、この中じゃああんたとコンビ組むのが多いから、戦い易いし調度いいわ。北村ちゃんに見せてあげましょ? あたしたちのコンビネーション!」
「……ッ!」
京羅がウインクすると司は顔を真っ赤にしながら悶え、言葉を失う。暫くして、顔を押さえながら「今回は……絶対負けねぇ!」と意気込み、軽い足取りで歩き始めていた。その半歩後ろから、楽しそうに生き生きとした表情の京羅が続く。
賑やかな二人を、明亜は無言で見送った。
――今まで眠っていたトキの戦闘能力は低い筈。それにまだ知識も浅く、幼い存在だとあのお方から聞いている。すると、問題は……。
「残りは僕と法也で相手をする。法也、隙を見てトキを人質に取ってくれ。そうすれば必ず彼女を無力化できる」
――君の優しさは強さなんかじゃない。愚かな弱さだよ。
氷華の優しさを強さと評したディアガルドを見ながら、明亜はニヤリと笑う。広場にはディアガルドを含め、意識を失っている五人の精霊たちが五角形を描くように囚われていた。
そして、その中心には――巨大な結晶の中で謎の少年が眠っている。彼等が“あのお方”と呼び、刹那から“彼”と呼ばれた存在が。まるで死んでいるように眠っていた。
「もうすぐあのお方が復活する。そうすれば、僕は……やっと……」
◇
――FRIDAY 22:20
陸見山の奥深くまで進んでいると、少し大きめの洞窟が視界に飛び込んだ。それを見ながら、太一は「こんなところに洞窟とか、敵のアジトって言ってるようなもんだろ」と呟く。
入口を用心深く注視し、監視や罠がない事を確認すると、太一は一歩内部へ踏み出そうとして――足を止めた。前方から二人分の足音と共に「うふふ、また会ったわねぇ。北村ちゃん」と軽い声が響いた。そのまま自分の目の前に立ち塞がる二人の人影を見て、太一は「いきなり現れたか」と竹刀を握り直す。
「この前の再戦と行こうじゃねぇか」
「あんただけで、私たち二人……勝てると思ってる?」
巨大な斧を構えながら、司は太一に向かって即座に突っ込んだ。同時に京羅は羽織っていたマントを翻し、太一目掛けて鋭いナイフを投げ付ける。
「うわっ、いきなりかよ!」
斧を避け、ナイフはかわしきれないと感じた太一は咄嗟に竹刀を振るって応戦した。ガギンッと、勢いよく竹刀にナイフが突き刺さる。最初から全力の二人を見ながら、太一は「危ねー……」と本音を漏らした。
司は「そんな竹刀で俺たちの攻撃が防げると思っているのか!」と連続で斧を振るい、京羅もナイフの一本をつうっと舌で舐めながら「次はその棒じゃなくてあんたに突き刺すわよ」と太一を挑発する。
一方の太一は「あー、やっぱりそうだよなあ」と溜息を吐きながら――ここまできて隠す必要はないだろうと判断した。この場に無関係の一般人は居ない。居るのは、自分か敵のみだ。
だったら、全力で闘って、全力で倒す。
太一はそのまま「じゃあ、俺も久々に……アレ、やっちゃいますか!」と得意気に笑い、人差し指で竹刀をなぞりながら叫んだ。
「『壱の型・風神剣』!」
◇
――FRIDAY 22:30
太一が洞窟の入口を用心深く注視していた一方。
その反対側に位置する場所で、ノアは容赦なく拳を振るった。怪力で壁を打ち抜き、洞窟の入口を自ら作っていくスタイルのノアを見ながら、刹那は「す、凄いね……」と唖然としている。
「本当に隠れて行かなくて大丈夫……?」
「恐らく敵はある程度僕等の気配を察知できる。それならば戦闘は避けられない。だったらこそこそ隠れるより、堂々としている方が楽だからな」
見た目に反して随分と豪快だと刹那が考えていると、ノアから「おい、チビ」と呼ばれ、咄嗟に「えっ」と声を漏らした。
「精霊の気配はどっちかわかるか?」
「すっごく小さいけれど、たぶん右かな。そ、それより! 私はチビじゃなくて刹那って名前があ――」
「右か」
――――ドゴォッ
洞窟内部の通路に出たにも関わらず、自ら道すら作っていくスタイルのノアを見ながら、刹那は呆然としている。本当にこれでいいのだろうかと疑問と不安を覚えた。
「やりすぎると洞窟内が崩れちゃうかも!」
「崩落の音はしないから問題ない。それより、早くあいつ等のところへ――」
先の方に見える広間まで走り出そうとするが、その瞬間にガシャンッと目の前に立ち塞がるロボットと操縦士を見て、ノアは小さく舌打ちをする。
「な、何これ! ちょっとかっこいい!」
突如目の前に現れたロボットを見上げ、目を輝かせている刹那を横目に見つつ、ノアは「やはり現れたか」と身構えた。人間一人か二人くらいは座れる程度のスペースがあるコックピットが開き、見慣れてしまった敵の姿が視界に飛び込む。
「また会ったね! 今日こそは絶対に逮捕してやるッ! ……って、あれ?」
「おかしいな、氷華ちゃんだと思ったんだけど君の方か」
後ろから続けて現れる明亜を見て、ノアは「氷華じゃなくて悪かったな」と不服そうに呟いた後――ニヤリと笑った。そのまま背負っていた機関銃を構えて「氷華には会わせない!」と叫び、ノアは勢いよく引き金を引く。戦闘態勢に入ったノアを見て、刹那も巻き込まれないように後方へ下がり、敵の姿を確認した。
「まあ、いいか。君たちは氷華ちゃんへの無力化に使えるからね。大人しくしててもらうよ」
ノアと刹那を見下す明亜の瞳が怪しく輝く。
その瞳はまるで、シンの半身だったアクの瞳のように――紅色に揺らめいていた。
◇
――FRIDAY 22:50
――刹那ちゃんが言っている“彼”……世界を脅かす者。
「京、か」
氷華はひとり、刹那から聞いた話を思い浮かべていた。
精霊の力が弱まるのと比例して巨大になっていく邪悪な力の存在。その気配は、以前にシンが封印した“京(ケイ)”と呼ばれる存在の気配に酷似しているという刹那からの証言があった。
今より遥か昔、シンがこの世界に初代五大精霊と人類を創生して間もなくの頃。人間は幾度となく戦争が勃発してしまった時代があった。誕生したばかりのこの世界ですぐに人類を死滅させるわけにはいかないと感じたシンは、人々の善の感情と悪の感情を自ら吸収し、時代の均衡を保ってきたらしい。
――それが分裂しちゃって争い始めちゃったのが前回の闘いって訳だけど……。
しかし争いから発生する全ての感情を吸収し切れなくなってきた頃、新たな存在がシンの前に現れた。
それが刹那と京だ。
刹那は善、正の感情。人々の明るい未来にしたいと願う感情から生まれた。
京は悪、負の感情。人々の悲痛な過去を変えたいと願う感情から生まれた。
刹那と京を保護したシンは、我が子のように育て――二人も当時は幼子のようにゆっくりと成長する。そして世界から生み落とされた二人には、人間とは思えない特別な才能があるという事実をシンは知り、シンは自身の力の一部を二人に与えた。
未来から生まれた刹那には未来を司る力を。
過去から生まれた京には過去を司る力を。
しかし、ある時――京は今まで隠されていた自分の出生について知ってしまったらしい。
それから京は負の遺産から生まれた自分と、自分を生んだ世界に絶望した後、暴走。その頃はまだ世界が安定しておらず、シンは止む負えなく京を封印するという苦渋の選択を取った。
それから長い長い年月が経って世界が安定してきた頃、シンがゼンとアクに分裂する事件が起こる。シンに危険が迫った際、刹那は眠りに落ちるという防衛術式が強制的に発動され、刹那は今まで昏睡状態だったらしい。
そして、それから先の事は――氷華自身も巻き込まれた闘いに繋がる。
「それにしても、どうして今更になって京復活の話になったんだろう……この前までの事件で、シンの力が弱まっていたから封印も弱まって……ってところかな?」
――あれ、それに何か引っかかるな……シンは時を操る力の“一部”を授けたって事は、シン自身にも少なからず……。
頭を捻りながら考えるものの、氷華は「ま、その辺の詳しい話はシンが帰ってきたら訊こう」とその場で纏め、彼女は瞳を閉じて己の魔力を集中させた。
――さて、一発逆転のチャンスは私に懸かってるんだ……集中しろ、水無月氷華!
「いくよ! 私の、一世一代の大魔術!」
そして氷華は静かに魔力を解放し始める。溢れ落ちる強大な魔力の中、自分の気配すら溶けてなくなってしまいそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます