水天と自由の月曜日

第75話 催眠術と四人の転校生



 ――MONDAY 8:30



 太一と氷華はぽかん、と口を開けたまま呆然としていた。朝のホームルームで担任から突然宣告された転入生の紹介。しかも、よりにもよって――四人同時にである。


 この学園は約半年前――カイリ、ソラシア、アキュラス、スティール、ディアガルドの五人が同時に、しかも同じクラスに転入するという怪事件を起こしたばかりであるが、それに続いて今回も同時に四人の転入生。太一や氷華はシンの関係者かと疑うが、自分たちもカイリたちも知らない事、そしてシンが不在の今それはないだろうという結論に至った。


「このクラスに新しい仲間が増えた。皆、仲よくするんだぞ」


 そうして担任はカツカツと黒板にチョークを走らせる。初見では恐ろしい程に読みにくい名前が並んでいた。


“夢東明亜(ムトウアクア)”

“表西京羅(ヒョウニシキョウラ)”

“南条法也(ナンジョウホウヤ)”

“小野北司(オノキタツカサ)”


 キャップを被っている青年が少し前に出ると、彼は勢いよくバサッとキャップを投げ捨てる。綺麗な紫苑色に染まった癖毛と、そこから伸びている氷華のような一本の逆毛が露わになった。

 その姿にクラスの女子たちは忽ち瞳を奪われる。育ちのよさを彷彿とさせる整った顔立ちは、まるで女子なら誰しも憧れる王子様像に当てはまるものだ。しかしどこか危なさや妖艶さも兼ね備えている雰囲気で――女子たちは心の内で「まるで夢の中に居るようなミステリアス王子」と評価している。

 ふんわりと微笑み、首にかけたネクタイを揺らしながら、彼はとても優しい声色で自己紹介を始めた。


「夢東明亜です。不束者ですが、仲よくしてください。あ、僕の事は“あっくん”って気軽に呼んでね」

「「「きゃーっ!」」」


 その自己紹介によって、クラスの女子は途端に明亜に釘付けになった。今まで王子様キャラという立ち位置だったスティールは忽ち面白くなさそうに眉を潜める。

 しかし面白くないのは彼だけではなく――クラスの男子全員がスティールと同じ気分を味わっていた。


「――あいつ、僕とキャラ被るんだけど」

「まあまあ、落ち着いて」


 前の席であるディアガルドが身体を横に向けながらスティールを宥めていると、氷華の机の上に何かが降ってきた。それは明亜が今まで被っていたキャップだったようで、机の上に乗っていたハンカチ状態のノアの上にバサリと落下する。慌ててノアに被さるキャップを取り、氷華はすっと目を細めながら明亜に勢いよく投げ返した。


「返してくれてありがとう」

「……どーいたしまして」


 クラスの女子たちのように彼に釘付けになる訳ではなく、普段と変わらない様子の氷華を見て太一やノアたちは密かに心の中で安堵する。

 そんな彼等を余所に、次に檸檬色の髪の女子が一歩前へ出た。


 横に分けた前髪からばっちりと大きな瑠璃色の瞳が主張する。唇は色っぽく赤い口紅で染め上げ、にやりと吊り上げる口元がとても優美だった。女性としては高めの身長、美しい顔つきからまるでモデルのような――大人の雰囲気を醸し出した女性である。


「アタシは京羅。表西京羅よ。よろしねぇ?」

「「「きょ、京羅さま……!」」」


 そう言ってパチッとウインクをすると、次はクラスの男子が京羅に釘付けになる番だった。

 それを見て、今度はソラシアが面白くなさそうな顔をしている。今まで自分は可愛い妹系キャラとして親しまれていたが、突然現れた大人な雰囲気の綺麗系女子。大きなライバル的存在にソラシアは「むむむ……」と頭を悩ませていた。


「どうした、ソラ」

「み、皆ああいうタイプがいいのかな……やっぱり大人じゃなきゃ駄目なのかな」


 自分で尋ねたもののどう答えればいいか迷ったカイリは、彼女の兄であるスティールや女性である氷華に助け船を求める。するとスティールは「ソラシアは今のままで可愛いよ。僕の自慢の妹だからね」と力説し、氷華も「ソラは今のままでも充分魅力的だよ」と笑っていた。


「あの女、腹のボタン占め忘れてるけど寒くないのか?」

「カイリくんが意外にモテない理由が今わかりました」

「何だよ、それ」

「たぶんファッションですよ。まあ――あまり理解はできませんけど」


 続いて自己紹介をするのは、群青色の髪で目を隠した、少し小柄で暗い雰囲気の青年。前の華やかすぎる二人から比べると“冴えない真面目くん”という印象の彼は、一番前の席でさえ聞き取れるか怪しい音量で「南条……法也」と一言呟くだけだった。


「頭は派手なのに地味な奴だな」

「片目男の場合、頭は派手で中身はバカだけどね」

「アホ毛女――今日こそはぶっ殺す!」


 ガタリと椅子から立ち上がるアキュラスを太一は慌てて止めに入る。挑発した氷華は、しれっとした表情で窓の外を眺めながら「今日もいい天気だなー」と棒読みで呟いていた。


 最後に前に出るのは四人の中では一番体格のいい青年だ。学校指定のワイシャツの上から着込む長ランと、オールバックの白鼠色の髪によって、かなりの存在感を主張している。

 しかしその風貌は現代では珍しく、どこか時代錯誤のような――一昔前の不良を彷彿とさせていた。目付きの悪さと少し取っ付きにくい雰囲気を前に、クラスの男子も女子も少し脅えたような視線を向けている。そのまま彼は一言。


「小野北司。夜露死苦」

「太一、太一。あの人夜露死苦って、今の時代そうそう居ないのに堂々と言ってるよ……何者だろう……」

「タイムスリップしてきた昭和の不良」


 太一の的確な指摘に、氷華は「ああ、なるほど」と感嘆の声を漏らした。



 ◇



 ――MONDAY 12:30



 時間は流れ、昼休み。教室内は異様すぎる光景に包まれていた。


「あっくーん! 一緒にご飯食べよう?」

「私も!」

「きゃーっ、あっくん王子様みたい!」

「ふふっ……いいよ。皆で食べよう」


 クラスの女子全員、そして他のクラスの女子までが――明亜の周りを取り囲み、きゃあきゃあと黄色い歓声を上げている。それを明亜も気前よく優しい微笑みで返すものだから、女子たちの目は途端にハートマークになっていた。

 しかしその光景を異様がり、面白くない顔をする男子は居ない。何故ならば、男子は男子で同じようにほぼ全員が京羅に夢中だからだ。


「京羅様……」

「ああ、なんて美しいお方なんだ」

「何でもお申し付けください」

「うふふ、当たり前じゃない。なんてったって、アタシは表西京羅様なんだかねぇ?」


 男子は京羅の美貌に目をうっとりとさせ、完全に彼女に魅了されているようだった。



 ◇



 異様すぎる教室の空気に耐えられなくなった男女とハンカチ。いや、正確には八人。そんな彼等は、教室から逃げるようにそそくさと屋上に避難していた。バタンと扉を閉め、一同は各々に座り込んだり、フェンスに寄り掛かったりしている。


「何なんだよ、あいつ」

「男子も女子も転校生に夢中になって――居辛いったらありゃしない」


 カイリは大きく溜息を零し、太一も少し呆れたように同意の声を漏らす。そんな様子をアキュラスは黙って頷きながら苺ミルクを啜り、ソラシアは「本当だね!」と少し怒っている模様だがメロンパンを食べる手は一切止めない。


「僕が王子様キャラだったのに、あの夢東って奴キャラ被るんだよね……ムカつくなあ」


 スティールも感情のあまりぎゅうっとおにぎりを握りしめ「あ、いけない」と慌てて手の力を弱めるが、おにぎりは残念な形になっていた。そんな中、氷華は終始難しそうな顔でアイスを食べ、そんな氷華の表情を不審に思ったノアが「どうした?」と問いかける。


「ももはあり得るけど、ゆりまで“あれ”は変だと思うんだよね」


 氷華が言う「もも」と「ゆり」は、太一の次に付き合いが長い友人の事だ。気兼ねなく話せる友人で、氷華は彼女たちの好きなタイプも熟知している。

 中でも、ゆり――岩白ゆりえは、あの手の男性は「目の保養として眺めるのはいいけど付き合うのは無理」と言っていた記憶がある。ちなみに、現にスティールも同じ事を言われた経験があった。


 しかし明亜に魅了されているゆりえの姿は、そんな意思ごと無視されているように、まるで価値観ごと塗り替えられているような印象を覚えた。


「ここまでくると異常かな、って思って」


 その言葉にアキュラスが冗談半分で「なんだアホ毛、あの転校生女に妬みか?」と笑うと、氷華は「バーカ。そうじゃなくて……何か変な感じがするんだよね」とアキュラスを睨み付けていた。


「そうなんです。何かがおかしい」


 今まで黙っていたディアガルドは、ふわあっと欠伸をしながら伸びをする。その言葉に、全員の視線がディアガルドへと向けられた。


「あれは異常すぎる。信仰や崇拝と言ってもおかしくない。むしろ、催眠術の一種かもしれませんね」

「催眠術? なら彼等も只の人間じゃないって事?」

「あくまで仮定の話ですよ。人の話は最後まで聞きやがれ似非王子が」


 スティールの問いかけを一蹴したディアガルドは、続けて「それに、もう一つ気になる事が」と呟く。


「催眠術と仮定すると……何故僕等だけは無事なのでしょうか?」



 ◇



「ところで。微弱なカミの正体ってのは判明したのかしら?」

「発生源は確定した」

「でも、何者?」

「ま、ごちゃごちゃ考えても仕方ねぇ。潰せばいいだろ」

「作戦の障害になりそうな者は二人。一人は微弱な、小さなカミ……もう一人はタイヨウとでも呼んでおこうか」

「カミまがいとタイヨウねぇ」




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