第52話 誓った約束②


「そんな訳で、僕はタイチ様を賭けてヒョウカに決闘を申し込む!」

「何でそーなるの」


 氷華が冷静なツッコミを入れるが、もう誰にもリナの暴走を止められなかった。リナは「先手必勝!」と言いながら、氷華に向かって針のように鋭い蹴りを放つ。氷華は慌てて間一髪で飛び退き、即座にリナとの距離を取った。先程まで自分が立っていた場所の地面が無残に割れた事を確認し、氷華は命の危険を感じてつぅっと冷や汗を流す。


 ――直撃は危険かも……。


 その後も打撃中心の攻撃をかわしながら、氷華は「どうしたものか」と頭を悩ませ続けた。





「モテる男は辛いなぁ。ね、タイチくん?」

「いや、俺はモテる訳じゃ――」

「だけど現状を見なよ? 君を巡って可憐な乙女二人がぶつかり合ってるじゃないか。あー、俺もそのポジションになりたいね!」

「明らかに片方だけじゃん」


 リナは氷華を倒す事に必死の様子だが、対する氷華は全く反撃はせず、ひたすら攻撃をかわす一方だ。二人の様子を、レナは目を細めながらじっと観察している。


「タイチがそれなりに強いという事は理解しているが……ヒョウカの方は大丈夫なのか」

「ああ、あいつなら大丈夫だ」


 そう答えたのは太一ではなく、今までつまらなそうに口を閉ざしていたノアだった。ノアは氷華の実力を既に信じているようで、「さしずめ、リナを傷付けずに勝つ方法を考えているんだろう」と続ける。すると太一は「俺は使えないから詳しくはわかんないけど、加減が難しそうだからな~。氷華のあれは」と同意していた。


 氷華の魔術をまだ知らないレナとミラは、太一たちの会話を聞いても理解ができず、二人で目を合わせて首を傾げていた。





 ――リナちゃんを傷付けずに勝つにはどうしたらいいかな……。


 太一やノアの予想通り、氷華はリナを傷付けずに勝つ方法を模索していた。只の決闘ならば素直に負けを認めてもいいのだが、大切な相棒を賭けてならば話は別だ。そう簡単に負けるつもりはないし、寧ろ簡単じゃなくても負ける気はない。


 ――まあ、こういうのは本人の意思を一番に尊重するべきなんだけどね。


「どうしたのヒョウカ? 反撃、しない……のっ!?」

「……うーん」


 ――――バシュッ!


 氷華はリナの拳をかわしながら「『エヴァジオン』」と唱え、空間転移魔術でリナから少し距離を置く。ちなみに空間転移魔術は“自分自身”ではなく空間に干渉しているらしいので、普段通り発動は可能な様子だった。

 一方のリナは氷華が瞬間移動をしたと錯覚して「え! 何で!?」と混乱している。リナが戸惑う様子を確認しつつも、氷華は次なる魔術に備え、瞳を閉じて魔力を集中させていた。


 ――単純に負けるのってのも嫌だからね!


「リナちゃん、ちょっと防御態勢を取って。加減難しいから」

「何するつもりか、わかんないけどっ! 早くしないと僕がヒョウカをやっつけちゃうよ!?」


 楽しそうな表情で容赦なく自分に向かってくるリナを察しながら、氷華は「忠告はしたからね」と呟き、頭上に掲げた手を勢いよく振り下ろす。


「『エクレール』」


 ――――バリバリィ!


 氷華が唱えた瞬間、リナの真上から電撃が降り注いだ。直撃したリナは視界外からの攻撃に驚き、状況が理解できないように目を丸くさせながら、パタリとその場に倒れ込む。その光景を見たレナが五秒程度硬直した後、すぐにミラと共に倒れた仲間の元へと駆け寄った。


「リナ、しっかりしろ」

「大丈夫か、リナっち?」

「……お姉ちゃん……ミラ……」

「『ボン・クラージュ』」


 リナの身体が柔らかい光に包まれると同時に、何故か身体が徐々に軽くなる感覚に包まれる。氷華の未知の技に驚いたレナとミラ、そしてリナ自身は、自分を優しく包む温かな光を不思議そうに見つめていた。自身に起こった突然の雷、そしてすぐに体力が回復されていくような感覚――リナは氷華の行動が理解できず、ずっと混乱している様子だ。


「さっきの雷の分は回復した筈だから」

「…………」

「私の勝ちでいいよね?」


 ニッと勝ち誇ったような笑みを浮かべ、氷華はくるりと背を向けて歩き出すと、続けてノアと太一も彼女に続くように駆け寄る。レナは「お前の負けだ、リナ」とリナに肩を貸しながら述べ、そのまま立ち上がろうとしていたが――しかし、その真実をどうしても認められない人物が一人だけ居た。リナ本人だ。


 ――僕が負けるなんて……僕の方が、タイチ様を……僕がッ……!


 ドンッと乱暴にレナを押し退け、リナは氷華に向かって全力で拳を振り上げる。


「リナやめろ!」

「リナっち!」


 ――――バシンッ!



 氷華は時間が止まったように、その場で立ち尽くしていた。

 レナとミラの叫び声が聞こえて氷華は振り返ると、視界にはリナが自分に向かって殴り掛かる光景が飛び込む。そのスピードは人間には再現できない程に凄まじいもので、即座に「かわせない!」と判断した氷華は、咄嗟にぎゅっと目を瞑った。しかし、いくら待っても痛みは訪れない。氷華が恐る恐る目を開けると――リナの拳を太一が受け止め、自分の身体を支えるようにノアが抱き寄せていた。一方リナの方は、レナとミラが二人掛かりで取り押さえている。


「勝負は着いた筈だ、落ち着けリナ」


 リナの行動に、レナが諭すように告げた。しかし、その言葉には聞く耳を持たないように――リナは太一と氷華を茫然と見つめている。隣ではミラも呆然としながら、点滅する目元のゴーグルに手を添えていた。その行動を不審に思ったノアは、太一と氷華の姿を見つめて最悪の状態に気付く。


 太一の発信機が、リナの素早い拳を受け止めた事で吹き飛んでしまっていた。

 氷華のゴーグルは、ノアによって急に身体の態勢を崩された事で地面に落ちていた。


 最悪のタイミングで、太一と氷華が人間であるという真実にリナとミラは気付いてしまったのだ。二人は科学者に対して酷く強い恨みを持っている。人間を見ただけで科学者と判断してしまう程に理性を失い、息の根を止めるまで襲い掛かるだろう。


「そんな、嘘だろ?」

「タイチ様と、ヒョウカは……奴等の仲間なの?」


 するとリナとミラの瞳は真っ赤に変色し、ぎろりと鋭い眼光で太一と氷華を捉えていた。その行動にノアは「ヤバい!」と叫び、咄嗟に氷華の身体を抱え込む。レナも珍しく声を荒げて「タイチ、走れ!」と叫んでいた。


「えっ?」

「人間は敵、科学者は敵」

「殺してやる」


 ――――バシュンッ!


 ――――ドガッ!


 反射的に走り出し、太一は振り返ってその目を疑った。

 太一が先程まで居た場所の地面は激しく抉れ、リナは自分の足に付いた小石をつまらなそうに払っている。

 氷華が先程まで居た場所には何発もの弾丸が埋まり、ノアが彼女を抱えてかわさなければ心臓は貫かれていただろう。


 真っ赤な瞳を輝かせながら、別人のように豹変してしまったリナとミラは、人間二人に対して向き出しの殺意を込めて睨み付ける。その殺意から逃げるように、レナは太一と共に全力で走り出し、ノアも氷華を抱えながらそれに続いた。



 ◇



「はあ、はあっ……一体、何なんだ?」

「リナとミラは、人間を見ると本能的に科学者と判断してしまう。一段と科学者に憎しみを持った二人は特にな」


 廃墟の中で身を隠し、ノアは氷華の身体をそっと下ろす。氷華は「ありがとう……」と言いながらも、先程のリナとミラの豹変に酷く戸惑っている様子だった。一方のレナは冷静にサブマシンガンを構え、周囲にリナとミラが追い付いていないかの警戒を怠らない。


「俺自身が訊くのも変だけど、レナとノアはいいのか? 俺たちを助けるような真似をして」

「私はお前たちが、異なる世界からきた人間と評しているからな。実際、何もない空から降ってきた現場を目視している。理解が難しい未知の力も使用していた」

「僕も概ねレナと同意見だ。お前たちは人間でも……科学者の奴等とは違う気配を感じる」


 レナは無表情で答え、ノアも冷静に続けた。その言葉を聞いて、自分たちを信じてくれた事を嬉しく思いながら、太一と氷華は礼を述べる。


「ありがとな。レナ、ノア」

「ありがとう、二人共」



「アンドロイドの諸君」


 その時、一時の穏やかな雰囲気を壊すかの如く、遥か上空から新たな声が響き渡った。四人が鉛色の空を見上げると、戦闘機のようなものが悠然と旋回している姿が視界に飛び込む。ノアは悔しそうにぎりっと奥歯を噛み、憎しみを込めながら「奴等か」と呟いた。


「既に見当が付くかとは思うが、そちらに我々側の者が居る事にはお気付きかな?」

「「!」」

「その者の働きにより、我々は貴様等を完全に包囲する事に成功した。抵抗せずに大人しく降伏するならば今の内だ。実験体として生かしてやってもいい。しかし、抵抗を見せるようであれば――」


 その時、話の途中にも関わらずにレナは隠し武器庫から取り出したバズーカを上空に向け――容赦なく空へと放つ。


 ――――ドガァアアン!


 一片の容赦もない行動を前に、戦闘機は無残に撃ち落とされ、派手な爆発音と共に近くの旧繁華街の方面へ墜落してしまった。太一と氷華はその様子と――その所業を無表情でやってのけたレナに圧巻され、ぽかんと口を開けたまま固まっている。ノアに至っては至極真面目な顔で、レナに親指を立てながら「よくやった」と敬意を払っていた。


「いや、よくやったじゃねぇよ!」

「……うるさかったから」

「まあ確かにうるさかったけど!」


 太一がツッコミを入れる中、氷華は険しい顔で何かを考え込む。本人以外には聞こえないであろう音量だったが、ノアの聴覚は常人のそれを超えていたので、氷華がひとりで「怖い時程、冷静に」と呟いているのを聞いた。まるで自分自身に言い聞かせるように何度も唱えている様子に、ノアは「どうした?」と問いかける。


 ――ゆっくり考えてる暇はないけど、考えなしじゃ……きっと、死ぬ。


 氷華は顔を上げ、太一とレナ、ノアの顔をまっすぐ見つめた。


「私たちは科学者側なんかじゃない。科学者側はきっと、私たちの存在を利用して内部分裂を狙った」

「そうなるだろうな、さしずめ“対アンドロイド用戦闘ロボット”に内部カメラでも仕込んでいたんだろう」

「これでは……ますますリナとミラは太一と氷華を誤解してしまうだろうな」

「あーっ、科学者たち厄介な事しやがって!」


 太一は頭を掻きながら苛立ちを発散させるように叫ぶ。四人はその場で座り込み、冷静に戦況を考え始めた。現在の状況は太一たち、リナとミラ、科学者たちの三つ巴状態だ。自分たち以外のそれぞれの目的は、リナとレナは太一と氷華及び科学者たちの殲滅、科学者たちはアンドロイドたちの殲滅だろう。


 自分たちはこれからどうするべきか、氷華は必死に考えていた。科学者たちを倒し、リナとミラをかわし、全員が生き残る為には。科学者たちの思惑を打ち破る為の戦術が必要だ。


「このままリナちゃんとミラさんと私たちが対立していたら……たぶん、互いに体力を消耗した頃、科学者に纏めて殺される」

「最小限の労力で漁夫の利、邪魔者は一掃という訳か……小賢しい奴等が考えそうな戦術だ」

「だったらそれを防ぐには――リナとミラ、俺たちが殺し合うんじゃなくて、協力し合えばいいのか?」


 太一の問いに、氷華は静かに頷く。


「そう。敵が包囲しているなら、突破にだってそれなりに苦労する筈。それと同時にリナちゃんとミラさんの相手もしていたら、たぶん生き残れない」

「仮に四人で突破できたとしても、残ったリナとミラが科学者に殺されるだろうな」

「どうにか二人の誤解を解いて、全員で協力するしかないか」


 今の戦力は太一と氷華、レナ、ノアの四人。太一と氷華は人間だが、最早人間以上の戦力と換算していいだろう。更にレナの正確な射撃、ノアの超人的な身体能力もある。絶望的に戦力が足りない、という訳ではない。


 第二勢力はリナとミラは、二人だけと言っても人間を超えた身体能力を持ち合わせている。リナの超人的な体術は、太一や氷華も痛い程に理解している。レナ曰く、ミラは自分以上の射撃力を持ち合わせているらしいので、リナのサポートに徹した場合二人の力は驚異となる。


 第三勢力の科学者たちは――恐らく頭数が倍以上に存在するのだろう。しかもこの状況は科学者側にとっては一世一代の大チャンスだ。生き残っている者たち全員が決死の覚悟で向かってくるかもしれない。


 氷華はこの難解な三つ巴をどう攻略するか必死に模索していた。


 ――これは皆の命がかかってる、本当の戦争だ……もし自分が敵の立場に立った時、どう動くか……怖がってる暇はない、冷静に考えろ……水無月氷華。


 瞳を閉じ、状況を考える。真剣に思案している氷華の周りには、自然に魔力が渦巻いているようだった。氷華から溢れ出る魔力を感じ、太一は「無意識、なのか……?」と疑問に思いつつも、相棒を信じて待ち続ける。レナとノアも氷華の作戦に期待しているようで、彼女の事をじっと見つめていた。


 皆の期待を背負った氷華は、暫く考え込み、凛とした目で仲間たちを見渡す。


「凄く綱渡りだけど……まず、私たちを二分する。片方はリナちゃんとミラさんの説得。片方は敵の足止め。そして、説得後に全員で敵を叩く。状況によっては全員で撤退。凄く危険だけど、全員で生き残る為には――少ない戦力でも二分するしかないと思う」


 氷華は右手で拳を作り、パシンと左手で受け止めた。


「どうかな? 私はこの方法しか思いつかないから、他に何か策があったら教えて欲しい」

「いや、俺は氷華の作戦を信じる。よーし、いっちょやってやりますか!」


 続いて太一は腰を上げると「暴れる側でも、説得側でも……どっちでも成功させる」と宣言する。その行動に太一からの信頼を感じ、氷華は嬉しそうに顔を明るくしていた。自分が考えた作戦に真っ先に協力してくれる言動が、氷華の心を安心させている。


 ――やっぱり、太一はいつでも私の味方だ。


「俺ルール第六条。北村太一に二言はない!」

「ならば私がタイチと共に説得側へ行こう。今までの友好関係から、それが最善の人選と判断した」

「レナ……!」


 レナもその場から音もなく立ち上がった。重そうなフルオートライフルを軽々と背負い、左手には愛用のサブマシンガンが握られている。感情がないレナだったが、僅かにだが微笑んでいるように感じられた。


「私も共に闘おう。リナやミラのように“復讐”の為ではなく、“生きる”為に」

「となると、僕はお前と一緒か」

「ノア!」


 ノアもすっと立ち上がり、氷華へと視線を移す。あれから、何だかんだ言って常に着用していた――氷華からもらったハンカチを、気合いを入れ直すようにぎゅっと頭に巻き直し、じっと淀んだ空を仰いでいた。氷華はふわりとノアに笑いかけ、全員に感謝の言葉を告げる。


「ありがとう」

「ほら、何をしてる。時間はないんだろ? 早く行くぞ」

「うん!」


 最後に、氷華がぴょんっと勢いよく立ち上がった。全員で四角形を作るように立ち、互いの顔を見つめ合う。


「じゃあ、また後で!」

「誰ひとり欠ける事なく!」

「死ぬな。死んだら私が殺す」

「生きて、また会おう」


 太一、氷華、レナ、ノアが順に誓った。太一はレナの言葉に「何だよ、それ!」と笑いながらツッコミを入れている。そんな二人の背を見送りながら、氷華とノアも逆方向に向かって歩き出した。


 しかし、この場に居る全員はまだ気付いていない。普段の彼等ならば、その事実に気付けたのかもしれないが、この時の彼等は“作為的に施された妨害”によって、違和感にすら気付けていない。


 こうして、様々な想いや思惑が交錯した――生きる為の闘いが幕を開ける。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る