第49話 改造された人間②


「なあ、あんた! ちょっ、どこに行くんだよ!」

「…………」


 太一が叫ぶと、サブマシンガンを手にした少女はピタリと足を止める。太一の前に現れた少女は、太一に「付いてこい」とだけ言うと、そのまま一切の説明なくスタスタと歩いているだけだった。太一は訳がわからないままとりあえず付いて行ったが、それ以降見事に一言も喋らない少女に痺れを切らし――こうして事情を求めて叫ぶ。


「ロボットとか終わりの世界とか……何なんだよ?」

「空から降ってきた事にも驚いたが……この世界の事も本当に知らないとはな」


 全く驚く素振りも見せず、人形のように表情を変えない少女に半分呆れつつ、太一は「異世界人だからな、自慢じゃないがこの世界の事情はわからないんだ」と、特に隠さず自分の正体を明かした。太一の言葉にも、少女は相変わらず眉一つ動かさない。


 ――やっぱりこの世界は、異世界人とか珍しくないのか……?


「…………」


 一方の少女は、太一の事を内心で不審に思いはしたが、どうにも嘘を言っているようには見えなかった。現に太一が“対人間用戦闘ロボット”と闘っていた時、彼女的には“よくわからない能力”を目撃していたし、既に“一部”の人間以外はこの世界に居る筈がない事実もある。太一がその“一部”に分類されるかもしれないとも考えたが――。


「正直、お前は姑息な手を使う“奴等”には見えない。一言で片付ければ頭が悪そうだ」

「いきなり貶された!?」

「貶したつもりはない。今までの言動からそう判断しただけだ」

「それフォローになってないから……寧ろ傷口に塩を塗り込まれてる感じだ……」


 太一は「確かに奏とか氷華の方が頭いいけど、俺だって平均以上は――」とショックを受けながら膝を抱えていた。少女は太一が落ち込んでいる様子には全く興味がないのか、一瞥すらせずに「知能が低そうな、無知。それに“よくわからない能力”も使用していた。以上の観点から、お前の存在は特異だと判断する。確かに異世界の人間ならば筋が通るだろう」と酷く冷静に述べている。


「仲間たちは人間に見境ないが、私は何とも思えないから」

「?」


 ――でも、もしかしてこの男なら……。


 いきなり現れた、異世界の人間。もしかしたら「この地獄のような現状を打破する為に現れた、神の使いなのではないか」と少女は僅かな希望を感じつつ――同時に「自分がそのような事を思うなんて、故障かもしれない」と判断していた。それにこの世界は神に見放された世界だ。今更神の使いが現れたところで、もう遅い。


 表情は一切変えず、少女は太一を見据えながら「ならば問おう。お前は……何故この世界にきたんだ」と問いかける。

 すると太一は、全てを決意したような強い瞳で即答した。


「救世主になる為」


 誰の救世主になるとは言わなかった。何の救世主になるとも言わなかった。しかし少女にとって、その言葉は確かに希望に見えて――何も感じる筈のない少女の中で「この男ならば、いずれ全てを救えるような救世主になってみせるのだろう」と思わせていた。

 真剣な顔で述べる太一を見て、それに賭けてみたくなった少女は、観念したように説明し始める。


 神に救いを求めたくなるような、救世主に縋りたくなるような――この世界の悲惨な現状を。



 ◇



「いや……やめてっ……」

「お前で九九体目だ」


 瞳に涙を溜めながら抵抗する少女に、科学者は残酷な笑みを浮かべる。それは少女を絶望させ、抵抗は悲鳴へと変化させる笑みだった。


「いやぁあああッ!!」



 この世界は、人間によって開発された科学技術が根源となる世界だ。空を飛ぶ乗用車の発明、食材を投入すると自動で調理する機械、自然を利用した惑星エネルギーの開発研究等――科学の進歩は爆発的に普及していき、その力は人々の生活の基盤となっていく。それに伴い、様々な功績が称えられた科学者は絶対的な地位と名誉を獲得し――科学者たちは人間の生活を便利にする為、多種多様な研究開発を始めた。


 しかしその行為はゆっくり確実に、この世界を蝕んでいく。科学技術を駆使した研究開発の為という名目の下、科学者たちは無駄に自然を壊していったのだ。その結果、人間以外の生物が死に、食糧難に陥り、世界は衰退の一途を辿る事となる。


 世界の為には、科学者たちの研究開発を中止させるべきと考えた人間たちによる反対運動も次第に過激化し、皮肉な事にそれすらも世界破壊の一端となっていた。今まで不動の地位を築いていた科学者たちも始めはうろたえるものの――今となっては“人間たちの為”ではなく“己の保身の為”に、横暴にも近い勢いで研究開発を続行し続ける。


 破壊と憎しみは、まるで毒のように広がり、世界をじわじわと染め上げた。次第に崩壊していく世界を見て、人口が世界の半分程になった頃――科学者を含む残された人々は、いよいよ取り返しがつかなくなったと己の過ちに気付き、絶望した。迫りくる終わりを待つ事以外、もう道は残されていない。人々は考える事すら止め始めてしまった頃――そんな終末の中で、ある者が口を開く。


「この世界の崩壊は、止める事も、遅める事も、戻す事もできない。我々にはもうどうしようもない問題だ。それならば――他の世界へ逃げればいい」



 その発言で、世界を牛耳っていた科学者たちは、己の保身と知識欲を満たす為、そして他の世界へ侵出する為――“人間を再現した機械”を作ろうと新たな研究を始めた。彼等の思想は、他の世界へ助けを求めるという考え方ではなく、軍事的に他の世界へ介入し支配しようと考えていたのだ。

 “人間を再現した機械”は次第に“ロボット”と称され、少しずつ人間の形へと近付いていく。言語システムや人工知能、様々なプログラムも同時に開発されたのだが――ロボットにも限界は存在した。科学者たちは壁に当たり苦悩するが、やはり“ロボットから完璧な人間”を作り出す事は不可能という結論に辿り着く。


 しかし、それを見計らったように、ある者は言った。


「それでは、逆ならばどうだろうか」


 この言葉をきっかけに、悪夢のような実験が始まった。

 “機械を再現した人間”を作る実験――アンドロイド開発が。



 科学者たちは人間を実験体にし、命令信号にだけ従い、機械のような精密さで動く人間を求めて研究を再開した。脳に機械が埋め込まれ、手足が付け替えられ、人間たちは悪夢のような人体実験によって命を落とす。必死に逃げる人間も、科学者の開発した軍事兵器を前に出されては抵抗する術はなかった。人体実験によって殺されるか、抵抗して殺されるかの二択しか残されていない。

 身体が壊れる、感情が欠落する、意識が戻らない――研究が繰り返され、数多の犠牲者が出ていた時、この世界である異変が起こった。

 科学者たちの前に、不思議な石が現れたのだ。


 底知れぬ力を持った石は研究され、「未知のパワーだ」とたちまち科学者たちに利用され――何人もの犠牲を出した後、遂にそれは完成した。

“機械を再現した人間”が。


「やったぞ……遂に完成したんだ!」

「人間の域を超えた身体能力、機械の如く正確な射撃。戦闘に特化した、“機械を再現した人間”――“アンドロイド”が!」

「実験は成功だ! この成功結果から、更なるアンドロイドを……そうすれば他の世界でも恐れるものはない!」


 化学者たちの狂気的な歓喜が響く中、実験体にされた少女は薄れゆく意識の中で安堵の息を漏らす。


 ――これで助かるかもしれない。騒ぎに乗じてここから脱出できれば……命だけは助かるかもしれない。


 安堵したように息を吐いてみたものの、少女は冷静に「命までは助かるかもしれない」という予測を立てただけで――他は特に何とも思えなかった。実験前に感じていた絶望や恐怖心等は一切なく、助かるかもしれないという可能性に歓喜する訳でもなく――茫然としているだけだ。そして、少女はやっと自分の身に起こった異変を理解する。


 ――そうか、私は感情がなくなったのか。

 感情が欠落した少女は、それ以外には特に何とも思えなかった。


「おお、彼が目を覚ました!」

「私がわかるか? 気分はどうだ?」


 少女は、科学者に“成功”と称えられている少年を視界に入れた。自分より少し年上に見える、だけどまだ少年と言っていいような雰囲気だ。少年から感じられる不思議な何かに魅入られ、少女はじっと視線が離せなくなる。


 しかし、少女はある事を思い出し――隣の実験台をゆっくり見つめた。彼女の双子の妹である少女と、幼馴染の少年が自分と同じように横たわっている。妹である少女は涙を流しながら「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ!」と震えながら必死に呼びかけていた。幼馴染の少年は、瞳から涙を流しながら茫然と宙を見ていたが――その瞳には光が灯っていない。


 ――大切な存在が泣いているのに……私は何とも思えない。


 その事実は確かに悲しい筈なのに、少女はそれをわかっていながら、何も感じる事ができなかった。


「なっ!?」

「何を――」


 ――――ガシャン!


 その時、実験の成功に歓喜していた筈の科学者たちが大きな悲鳴を上げる。どうやら悲鳴の原因は、成功した少年の行動にあるらしい。大きな物音と共に、成功した少年は冷酷な表情を浮かべながら科学者を見下すと――科学者の一人を乱暴に蹴り、そのままガンッと頭の上に足を下ろした。少年に踏み付けられ、科学者は「な、にを……」と苦しそうに声を漏らす。


 唯一成功した少年は、莫大な知識と戦闘プログラムに沿った驚異の身体能力、そして寿命では死なない不老の身体を手に入れた。流し込まれた知識によって、この実験の全貌を一瞬で理解し――記憶はなかったが――自分が元は普通の人間だった事まで把握する。実験の全貌と科学者の思惑をすぐさま感じ取った少年は、科学者たちに恨みを晴らす為、刃物のように鋭い殺意を向けていた。プログラムされたロボットの如く、一切の容赦はなく――酷く冷酷に彼等を蔑む。


「貴様、何……ぐぅっ!」

「お前たちは僕等に何をしたか理解しているのか? その意味も、辛さも、苦しみも」

「こ、これは……人間がよりよい生活を、する……為にっ!」

「その人間を犠牲にしてかッ!?」

「それはっ――」


 少年の問いに対して、科学者たちはぐっと反論できずに押し黙った。既に、彼等の頭には“他の世界への侵略”しか考えていない。この世界の人間を“その為の犠牲者”としか認識していなかった。


「他の世界へ行く為には軍事力が必要だ!」

「闘わなければならないといつ決まった!? 何故わかり合おうとしない!」

「他の世界の住人なんて、受け入れる筈がないだろう」

「それはお前たち自身が受け入れようとしないからだッ!」

「…………」


 少年からの指摘に言葉を失い、科学者たちは悔しそうに彼を睨み付けていた。この者たちとはわかりあえない、これ以上は時間の無駄と判断した少年は、次の瞬間――表情をピクリとも変えず、科学者の身体を思い切り蹴り飛ばす。勢いよく外壁に激突した科学者は、その場で動かなくなってしまった。彼の行動により、周りは即座に凍り付き――恐怖心だけに支配される。


「無知なお前たちに、僕が教えてやる……僕たちの苦しみを」


 そして少年は、感情の欠片なんて感じない程に冷酷な殺戮ロボットと化した。少し前までは人間だったと思わせるような素振り、今の彼からは微塵も感じられない。冷たく暗い兵器のように、その殺戮ロボットは科学者たちの息の根を次々に止めていった。



 少年はその場に居た全ての科学者を殲滅し終えると、少女たちを拘束する鎖を、紙でも破るように簡単に破壊した。少女は起き上がり、少女の妹は地面を這いながら必死に姉に泣き付く。幼馴染の少年も黙って起き上がり、光のない瞳でぼんやりと遠くを見つめていた。


「ありがとう。助けてくれて」


 少女は表情を全く変えずに口を開く。我ながら「心のこもっていない挨拶だ」と思った。


「お前たちは人間――いや、僕と同じか」

「私はどうにかこうして生きている……恐らくお前の力が近くにあったから、それに影響されて生き延びる事ができたと判断した」

「そうか」


 少年は少女たちを見る。自分と同じ境遇の元人間が生き残っていて、少年は心なしか嬉しかった。すっと目を細めた後、先程自分が殺した科学者たちを恨めしそうに睨み付ける。


「僕はこれから、この世界に巣食う残りの科学者に報復する。お前たちも付いてきたければ付いてこい」

「私は――」


 少女は迷った。既に両親たちは科学者の犠牲になり、死別している。少女自身は今となって何とも思えないが、過去は殺したい程に科学者を憎んでいた。実の妹も、幼馴染の少年も同じだった。

 生き延びたものの、これからの目的は特に何もない。望んでもいない力を手に入れ、何かを失った。ロボットのように機械の心臓がある訳でもなく、彼女は人間だった頃の心臓のまま――しかし確実に人間らしさを失い、人間以上の身体能力は手に入れてしまっている。彼女たちは“失敗したアンドロイド”となっていた。


「俺はあんたに付いて行くぜ。俺は、光を奪った奴等を――絶対に許さない」

「許さない……夢を……私の夢を、返してよッ!」


 少女の妹と幼馴染の少年は、彼に付いて行くと断言した。復讐に満ちたように真っ赤な目を輝かせながら、二人は科学者への強い恨みを晴らす事を生きる糧とする。


「お姉ちゃんも一緒に行こう? ね?」

「私は――」


 少女は思った。大切な人が泣いている時に流せない涙。顔色ひとつ変える事のできない自分。今まで何気ない日常会話から感じていた嬉しさや楽しさも、今となっては何一つ思い出せない。理解はできるが、表現はできない。


 ――それでも私は、もう一度……。


「私は感情を取り戻したい……科学者に、失った感情を取り戻す方法を訊き出す。そんなのはないのかもしれない、けど」


 少女の妹は「お姉ちゃん……」と切なそうに呟いた。幼馴染の少年は「俺も一緒に捜してやるから」と、とても優しい笑顔で少女を見つめている。唯一“成功したアンドロイド”の少年は、崩落させた研究所にくるりと背を向け、冷たい戦場を歩きながら告げた。


「――行こう」



 その後、生き残っている科学者は、少年たちを危険と評価し、抹殺する為の行動を開始した。それに敵対し、彼等は科学者たちと今も闘い続ける。


 殆どの人間は犠牲になってしまったが、僅かに残った人間たちは、彼等と科学者の抗争の間に全員違う世界へと逃げて行った。彼等が科学者たちから奪い取った転送装置を人間たちに譲り、表向きは戦闘の邪魔だからと言って避難させた。無事に逃げ延びた先で彼等が受け入れられているらしい事実が理解できない科学者たちは――意地を張っているのか、終末を迎えるだけとなったこの世界にしぶとく残り続けている。


 よって、この世界は全てから見放された世界となっていた。どこかで聞いた話では、この世界は神からも見放されてしまったらしい。確かにそれならば、異世界へ亡命でもするかのような転送装置だけ用意され、世界の放棄を促すような状況にも納得だ。もしもどこかで神が見ていたとすれば――こんな悲惨な現状になる前に何かしらの希望を作り出し、何とかしてこの破滅を止めた事だろう。

 昔はこの世界の理不尽さに神を呪いもしたが、ここまでの現状になってしまっては、今となっては何とも思わなかった。


 荒廃した世界で、唯一生き残っている人間は科学者関係の者たち。それ以外は、アンドロイドである自分たちだけだ。その二組織が対立し、殺し合う――神も仏もない地獄のような戦場。


 それが、この世界の現状だった。


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