第48話 改造された人間①


 氷華の魔術の影響もあり、かすり傷一つなく着地した太一は、周囲を観察するようにじっと辺りを見回した。カイが言っていた通り、この世界は科学の街という雰囲気だったが――どこか様子がおかしい。街には高層ビルがずらりと立ち並び、それは近代化を象徴している雰囲気なのだが――その中から人間の気配が全く感じられず、かなり無残に崩壊している建物も多い。まるで廃墟の無人街だ。


「ゼンも“荒廃した世界”って言ってたけど……それにしても、人がひとりも居ないっておかしいだろ……」


 警戒ながら建物の中を覗いてみても、一面には静寂の世界が広がっている。しんっと静まり返った空間の中、太一は居心地を悪く感じていた。機械だらけの中で、人間である自分の方が場違いだと否定されているような――そんな不気味さだ。

 太一は周囲を注意深く観察しながら、オフィス街だったと思われる場所をとぼとぼ歩く。時折、相棒の名を叫んでみるものの、反応する声は一切なかった。


 ――くそっ……落ちた形跡もないし……氷華、どこに行ったんだ?


「氷華!」

「生命反応確認」


 ――――ガシャン!


「!?」


 背後から聞こえる突然の物音に、太一は勢いよく振り返る。眼前に広がる、この巨大な機械が降ってきたらしい。SF映画のロボットのような存在に太一は若干興奮して目を輝かせるものの――その目はすぐに驚愕の色に変わる。機械仕掛けの巨大ロボットは、太一の方へ向き直りながら「生命反応確認、生命反応確認」とだけを機械的に繰り返し――ガシャンと大きな銃口を翳したのだ。太一は「って、これまずいだろ!」と我に返って慌て出す。


「人間認証、人間、消滅、人間、消滅」

「っ!?」


 ――――バシュンッ!


 巨大ロボットの銃口からは鋭いビームが自分に向かって伸び、太一は反射的に横に飛び退いた。どうにか直撃は免れたものの、左肩からじんわり血が滲み、太一は肩を押さえながらよろめく。何故自分が攻撃されているのかは理解できないが、このままでは危険という事は痛いくらい理解できた。


「な、何だ一体!」

「消滅、消滅、消滅」


 どうやら会話機能はないようだ。再び迫る激しい攻撃を寸前でかわしながら、太一は「そっちがその気なら!」と叫び、自身のポケットから己の武器を取り出す。木の塊を上空に勢いよく放り投げ、それをもう一度キャッチした時、それは光と共に太一愛用の竹刀へと変形していた。


「反撃行くぜ……『参の型・水波刀』」


 太一は右手の人差し指、中指、薬指の三本を立て、ゆっくり刀身をなぞる。竹刀は青白く光り出し、刀身は透明な水の刃へ変化していた。


 ――――ザシュッ!


 続けて、機械の反応を上回る程の素早い動きでロボットの懐に潜り込み、水のようにしなやかな一閃を描く。鋭い水の刀身が機体を真っ二つに切り裂き、激しい爆発と共にロボットは機能を完全停止させていた。


「カイとの修業の成果、出てるかな」


 竹刀をポケットサイズに圧縮させながら呟くと、太一は壊れてしまったロボットの残骸を眺める。人間はおろか、植物や動物等、生命が全く感じられない廃墟の街。自分を人間と言って襲う、謎のロボット。内心で「もしかしたら人間がロボットに殲滅されている世界だったらどうしよう」と考えつつ、この世界の情景がいまいち理解できない太一は不安に支配される一方だった。


「何なんだよ、ここ」


 独り言で、誰もその疑問に答える者は居ないと思っていたのだが――そんな太一の期待を裏切るように、落ち着いた声が水面に揺れる波紋のように響き渡る。


「それは、私たちの“対人間用戦闘ロボット”だ」

「!」

「動作信号を確認しにきてみれば……こんな事になっているとはな」


 太一はくるっと振り返り、自分の疑問に突然答えた声の主を見つめた。切り揃えられた髪を揺らしながら、どこか儚げな雰囲気を纏った少女が、壊れかけた建築物の上に立ち竦んでいる。少女は儚げな雰囲気からは不釣り合いすぎる行動――サブマシンガンの手入れをしていた。自分以外の人間が居る事で安心している太一は、その不自然さを敢えてスルーし、とりあえず心の中でガッツポーズをしながら少女に近付いた。


「よかった、人間が居て! なぁ、ここって――」

「私は人間ではない」

「……は?」


 突然の否定に、太一は目を丸くしながらその場に固まる。まさかその言葉に対しての否定がくるとは予想もできず、太一はその場から動けなくなった。人間にしか見えない少女に「人間ではない」と否定され、即座に思い浮かんだのはカイたち精霊の存在だっのだが――彼等と目の前の少女では、明らかに雰囲気が違う。カイやソラの方が、浮世離れしているが、どこか温かさを感じる。しかし目の前の少女からは、冷たい――というよりは、何故か感情を感じられなかった。

 少女は太一に対して興味が薄いのか、無表情な瞳を向けながら再度口を開く。


「もう一度言う。私は人間ではない」

「どう見ても人間だと思うけど」

「私は感情のないロボットだ」


 痺れを切らした太一は「……お前がそこまで言うするなら、この際もうそれでいいよ」と折れると、少女はそれ以上何も言わなくなってしまった。暫く瞬きすらせず、じっと太一を見つめた後に、「お前は不可解だ」とだけ感想を述べる。何が不可解なのかは理解できなかったが、太一は「不可解って……それより、ちょっと教えて欲しいんだけど」と口を開いた。今は不可解な理由を解決するよりも、この世界の状況を把握する事が先決だろう。


「この世界は一体どうなっている?」


 太一は非常識な事を訊いていると判断され、怪しまれてもおかしくはないと思っていたのだが、少女は特に気にする素振りは見られない。この少女だからなのか、世界がそうなのかは、まだわからない。


「この世界に迷い込んだ、異世界の人間か」


 少女は表情を変えずに問いかけると、太一は少し悩みつつも、肯定を表すように頷いた。ここで否定しては余計怪しまれるかもしれないし、少女の口ぶりを聞くに、もしかしたら異世界人は珍しくないのかもしれない。

 少しだけ間を置いた後、少女は太一に視線を向けながら「ここは、神にも見捨てられた世界だ」と口を開く。そして少女は、この世界の住人を代表するように、全く感情のこもっていない歓迎の挨拶を告げた。


「ようこそ、終わりの世界へ」



 ◇



 氷華は琥珀色の瞳をパチッと開いた。ゆっくり上体を起こしながら「あれ?」と疑問を口にする。


「私……空から……落ちて?」


 自分の身に起こった筈の事を思い出し、氷華は一瞬で顔を蒼ざめさせた。ぺたぺたと自分の身体を触り「ここあの世? 私、死んだの!?」と慌てふためく。


「まさかフォルスが言ってたあっち側? そんな、私まだ――」

「うるさい」

「――え?」


 突如響き渡る自分以外の声に、氷華は即座に声の主を捜すと――瓦礫の山の頂上に、ひとりの少年が背を向けて座っていた。氷華は恐る恐る回り込み、少年の顔を見つめる。長めの前髪をだらっと下ろしている為、表情はよくわからなかったが、自分に対する警戒心だけはぴりぴりと感じ取れた。氷華より少し年下と見受けられる少年は、年齢に似合わずに酷く落ち着いた声色で続ける。


「空から何か落ちてきたと思ったが……よりにもよって人間か」

「あなたは?」

「…………」

「あなたが、私を助けてくれたの?」

「…………」


 少年はじっと氷華を睨み付け、説明が面倒なのか、そのまま押し黙っていた。


 氷華自身の問いかけ通り、落ちていた彼女を助けたのはこの少年だ。自分の上空から降ってくる何か。最初は爆弾でも落ちてきたかと思ったが、それは人型の何かだった。少年は人間離れした腕力でそれを難なく受け止めたが、自分に落ちてきたそれ――氷華は意識を失ったままピクリとも動かない。少年は氷華が生きている人間という事を悟ると、このまま殺してしまおうかと考えたのだが――彼の中で何故か、氷華を殺すという選択肢は除外されてしまった。これが直感なのか、只の気まぐれなのかはわからない。

 少年はチッと舌打ちを零し、とりあえず氷華を放置し――現在に至る。


「あのっ!」


 氷華が目覚めた事を確認すると、少年は小金色の瞳でギロリと氷華を睨み、何も言わずに立ち去ろうとしていた。氷華は「あ、待って!」と叫んで少年を追いかけている時、氷華は初めてこの世界の不気味さに気付いた。立ち並ぶ高層ビルの殆どは窓ガラスが割れ、少しだけ見える内部も荒れ果てている。電車や車のような乗り物も横転していて、部品や燃料が周囲に散らばっていた。砂埃が舞い、灰色の空が広がる。


 まるでこの世界は、廃墟となった無法地帯だ。

 そして何より、この荒廃した世界では、生物の気配が全く感じられない。


「ねえ、あなたは一体――」

「黙れ」


 冷たく言い放ち、構わずスタスタと歩き続ける少年を、氷華は必死に追った。まだ助けてもらった礼を言えていない事と、少年から感じる何かによって――氷華は引き寄せられるように、自分を嫌がる少年の横を無理矢理歩き出す。


「ちょっと、待って! 待ってよ!」

「付いてくるな」


 氷華を拒否するような態度を見せるものの、少年は内心で「この女は何者だ? 本当に人間なのか?」と疑っていた。少年の目からすると、今も尚この世界に存在する人間は、憎き復讐対象だけの筈だ。しかし氷華は、寧ろ――只の人間には見えない。


「あなたには訊きたい事がっ」

「僕に構うな」

「やだ!」


 頑なに自分を拒否する態度を見せる少年に痺れを切らした氷華は、むっと口を尖らせる。そのまま声を荒げながら「お礼!」と叫んだ。


「?」

「助けてくれたお礼くらい言わせて」


 少年は何かを考えるように黙ると、氷華を睨み付けながら「僕じゃない」と口を濁す。その言葉を聞いた氷華は、珍しく感情的になって「そんな訳ない!」と反論していた。


「だって近くに居たのあなただけだし!」

「お前を助けたのは僕じゃない。これ以上付き纏うな」

「あなた以外に誰が居るのッ? この世界、生き物の気配がしない……!」

「…………」


 そう言って氷華は、不安そうにきょろきょろと周囲を見回す。少年はその行動をつまらなそうに眺めていたのだが――暫くして呆れたように、だけどどこか寂しそうに呟いた。


「この世界にまだ残っている人間が居るとすれば、それは僕たちの敵しか居ない」

「え?」


 氷華は少年の言葉の意味がいまいち理解できず、再度言葉の真意を尋ねる。改めて少年の顔を見つめると、歳相応とは思えない程に酷く大人びた表情をしていた。戸惑う氷華に対し、少年は冷たい目をしながら「人間は……僕等の敵だ」と憎しみを込めたように言い放つ。


「もう僕に関わるな」


 そうして少年は氷華に背を向けて再び足を動かした。少年の殺意にも似た敵意に触れ、全てを否定するような目を見て――氷華は少年を追う事ができず、氷像のようにその場で固まる。これ以上、この少年には不用意に踏み込んではいけないような――そんな感覚に陥った。


 だけど同時に、“自分はここで絶対に行動しなくてはいけない”と頭の中で警告が鳴り響き、氷華は混乱する思考を遮るようにぎゅっと瞳を閉じた。何故このような感情を抱くのかはわからない。しかし、その理由について考えている暇はない。そのまま自分の想いをぶつけるように、心の底から叫んだ。


「私は……信じてもらえないかもしれないけど! この世界にきたばかりだから、あなたの事も、この世界の事もわからない! 敵だって言われてもそんなの知らない!」


 その言葉に対し、少年はくるっと顔だけを振り向かせて氷華を見つめた。射抜かれるような視線にも氷華はぐっと堪えながら、対抗して少年の瞳を睨み付けるように見つめ返す。小金色の瞳と、琥珀色の瞳が向き合った。


「この世界に居る人間は、あなたの敵なのかもしれない。だけど、この世界の人間じゃない人間は――」

「お前に何がわかるッ!」

「何もわからないけれど! 少なくとも私はあなたの敵じゃないッ!」

「…………」

「ねえ、あなたなんでしょ? 私を救ってくれたの。だから、せめてお礼くらいは言わせて。救ってくれてありが――」


 その瞬間、氷華の背後にガシャンと何かが落ちるような大きな音が響き渡る。反射的に振り返ると、そこには巨大ロボットのような謎の機械が――銃口を向けている姿が視界に飛び込んだ。


「生命反応確認、人間認証」

「――え?」

「人間、抹殺、人間、抹殺」


 ――――バシュンッ!



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